悪童爺さん

黒羽カラス

第1話 爺さんはカメラマン

 昨晩に雨が降ったらしい。カーテンを開けると朝陽を浴びた椿がまとった滴できらびやかに見えた。ホウレン草や白菜も輝きを纏っている。

 眺めていると急に懐かしさを覚えた。大きな身体を丸めてカメラを構える爺さんの姿が頭に浮かぶ。光り輝く禿頭とくとうと自信に満ち溢れた笑顔が特徴で、とにかく豪快な人物であった。


 小学生の頃、私は東京に住んでいた。爺さんの家は兵庫県でとても遠く、纏まった休みのある夏休みに行くのが常だった。

「よくきたね」

 呼び鈴を鳴らすと爺さんが笑顔で出迎えてくれた。左手に霧吹きを持ち、首からカメラをぶら下げた定番の格好であった。

 その奇妙な組み合わせは子供でもわかる。疑問が顔に出ていたようで爺さんはニンマリと笑った。

「僕についてくればわかるよ」

 年齢に反して口調が若い。大きな友達のような感覚で付いて回った。

 家は木造の平屋建てでこじんまりとしていた。が、庭は相当に広かった。柿の木や桜に竹林、家の屋根よりも高い泰山木が無秩序に植えられていた。深く息を吸い込むと小さな森の中にいるような気分になれた。

 その庭をうろうろしていると爺さんが前触れなく足を止めた。視線の先には白い花が咲いていた。すかさず霧吹きで水を掛ける。長いレンズを取り付けた一眼レフカメラでシャッターを切った。何枚も接写して満足そうに顔を上げた。

「朝露に光る可憐な花の写真が撮れたよ」

「それってなんかずるくない? 今はお昼だし」

「創意工夫と言って欲しいね」

 得意げな顔で次々と霧吹きを使って草花を写真に収めた。同じ行動の繰り返しに子供である私は急速に興味を失い、木の幹に引っ付いていたセミの抜け殻を指で弄り始めた。

 その時、爺さんはとんでもないことを口走る。

「僕はね。UFОの写真を撮ったことがあるんだよ」

「本当に!? じゃあ、見せてよ」

「まだ現像してないから今度きた時になるね」

「絶対だよ! 約束だからね!」

 爺さんは笑って頷いた。それを楽しみにして、毎年、夏になると爺さんの家に訪れた。恒例のようにUFОの話を持ち出すと笑ってはぐらかされた。

「フィルムの置き場所がわからなくて写真に出来てないんだ」

「探してはいるんだけど見つからなくて。来年の楽しみに取っておいてよ」

 二年が過ぎてようやく理解した。孫の興味を引く為のウソであると。それ以降、私からUFОの話をすることはなくなった。

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