第34話 釣りと焼き魚と焼き芋
午前中から、登山である。
山を越えた先に、渓流釣りのできるスポットがあるのだ。
「はあはあ、ひい」
さすがに疲れも溜まってきたのか、ギャル集団も会話が少ない。
標高は低く、そこまで険しくはないのだが、いかんせん距離が長い。
空気はうまいけど、同じ光景ばかりで飽きる。
現代っ子なあたしたちからすると、まだこの景色を楽しめる領域にはいなかった。
「いすゞさん、少し休みましょう」
「そうだな」
桃亜がリュックからアソートを出して、みんなに分ける。
「小分けのアソートが、こんなところでも役立つとは」
「うまいよねー」
小分けされていないグミだと、手で直接食う必要があった。山登りで汚れた手でグミを触るのは、抵抗がある。
包みで分けられている菓子類のほうが、重宝されるのだ。
「釣り場までもう少しだから、ファイト」
あたしはみんなを鼓舞するが、やはり元気はない。
ようやく、釣り場に到着した。
「お腹が空きましたね」
「魚釣りの後にメシだから、ガマンだな」
「はい」
渓流釣りのレクチャーを受けて、糸を投げる。
「よかった、エサがイクラで~。虫だったら、投げてたよ~」
エサのイクラを針に刺しながら、ノノがボヤく。
「あたしもだわ。ムカデとかだったら追い払えるんだけどな」
「さすが、食堂の娘だね~」
「衛生面は、死活問題だからな」
触ることができるというより、触れないといけないのだ。
「普段は虫を使うそうですよ」
女子に配慮して、この合宿では虫を使わないらしい。
「釣れないね~」
「シーズンが終わりかけだからか?」
ギャルたちは、早々に飽き始めている。体験なので、そこまで熱心にやることでもないからな。
「常に竿を垂らしておけば、いつかチャンスは来ます。投資といっしょですよ。ダメだったら、スポットを変えればいいだけなので」
桃亜はひとり、前向きだ。心を落ち着かせて、竿を垂らしている。
「おおおおお! かかりました!」
「来た!?」
冷静に竿を信じていたからか、桃亜の竿が反応した。
「どどど、どうすれば!」
しかし、さっきまでの落ち着きはどこへやら。桃亜は突然のことでパニクっている。
「待ってろ、桃亜!」
あたしは自分の竿を置いて、桃亜の腰に腕を回す。
「暴れています! これじゃ、獲物が逃げてしまうかも!」
「おっおっ、落ち着け!」
二人で息を合わせて、竿を持ち上げた。
糸に引かれながら、魚が暴れ出す。
「いけた! 釣れた! うわあああ!」
のけぞりすぎて、あたしと桃亜は川に背中から突っ込んでしまう。
「大丈夫ですか、いすゞさん!」
「大丈夫! それより、魚は!?」
竿が川に落ちてしまっている。魚は絶望的か?
「獲ったよ~」
機転を利かせたノノが、網で桃亜の魚をキャッチしてくれていた。
「よかったなぁ。桃亜!」
「それより、いすゞさん! わたしをかばったせいで、水浸しじゃないですか!」
桃亜がバスタオルを、あたしの頭にかけてくれる。ゴシゴシと、あたしを拭いてくれた。
「大丈夫だって。それより、思っていたより小さいな」
魚は、網でピチピチと跳ねる。
「たしかに、小さいですね」
右往左往した割に、釣れた魚は小さかった。
他の生徒は残念ながら、釣れた人がめちゃ少ない。やっぱり、慣れていないとだめみたいだ。
あたしも、釣れなかった一人である。
「海釣りに行くんでしたら、釣りなんて得意なのでは?」
「実はあたし、船が苦手なんだよ。だから、釣りの時は留守番してる」
昼食として用意してもらった魚を、焚き火で焼いてもらう。時代劇やファンタジーでよく見る、串焼きだ。
これは、うまそう。
誰も釣れないことを想定していたため、「釣れた魚に限定して焼く」ルールにはしていない。
「いただきます」
「桃亜が自分で釣った魚だ。味わってくれ」
焚き火に身体を預けながら、あたしは桃亜を見守る。
「はい……おいしい! 小さいですけど、ちゃんと味がしてます!」
自分で獲った魚をその場で食うという、貴重な体験をした。
「いいな。あたしも一口……ハックショイ!」
魚にかぶりつこうとしたが、くしゃみが出る。
「ホントに大丈夫ですか、いすゞさん!?」
「平気だって。あったまってるから。うん。魚もうまい」
塩加減が、たまらなくうまかった。桃亜の家で炙った魚もうまかったが、こちらも甲乙つけがたい。アウトドアの魔力もあって、全身ポカポカする。
「具合が悪くなったら、言うんですよ」
担任の先生から、温かいお茶をもらう。
「ありがとうございます。平気なんで大丈夫ですよ」
おやつは、焼き芋が振る舞われた。
「おおおお、うまっ!」
ホクホクの焼き芋を堪能して、登山の疲れが吹っ飛んだ。
「ちゃんとした焼き芋って、初めて食べた気がします」
「だな。スーパーでもたまに見かけるけど、シットリしてるんだよな」
ここまで形のいい焼き芋って、あまりお目にかかれない。
コイツは、家では作れないかもなぁ。
帰り支度を免除され、あたしは大事にされた。
「ハックショイ!」
まだ、くしゃみが止まらない。
「今日は、わたしのおうちで泊まってください」
「いいよ。カゼをひいてたら、うつしちまう」
「構いません。わたしのせいなんで」
翌朝、あたしはカゼで、結局学校を休むことに。
(第六章 おしまい)
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