第30話 海鮮のカマ炙りと、メスティン塩ラーメン

 今日も、串焼きをいただく。

 

 肉メインだった昨日と違い、今日は海鮮が中心だ。


 ホタテを串に刺す。


 エビもちゃんとワタを取って、串を打つ。


 イカの身と耳を、太めの串へ。これは、「おやじ」という料理らしい。お祭りの定番だ。

 もちろん、ゲソもおいしくいただこう。

 マヨ七味醤油でいただくぞ。

 

 メインはどちらかというと、メザシだ。


「いすゞさん、わたしは、これが食べてみたかったんです」


 待ちきれないのか、桃亜ももあが仕事を引き上げてこちらにやってきた。


「あたしもイワシには、あまりお目にかかれないな」


 貧乏メシメニューの代表だったのに、今やイワシは高級魚として君臨している。ほぼ食卓に、並ばなくなった。


「その昔、自分の朝食はメザシと一汁一菜で済ませて、部下には板前を呼んでお寿司を振る舞っていたという社長さんがいたそうです」


「すごいな。そんな倹約家だから、成功したんだろうな」


「人のためになにかをするのが、お好きだったようです」


「商売人の鑑だな」


 メザシを串に刺すあたしを見ながら、桃亜がソワソワしている。


「あ、あとは、あれだ」


 あたしは、ブリのアラを冷蔵庫から出す。


「アラでいいんですか?」


「魚ってのは、アラが一番いいんだよ」


 骨に近いところが、一番レアでうまい。

 ジイサマから学んだことだ。

 実際ジイサマも、魚は骨周りをしゃぶるのが一番好きである。あたしたち若い世代のようにたんまり食えない、ってのもあるんだろうけど。


「アラを細かくして、網にドーンすると、うまいぞー」


「楽しみです」


「うん。楽しみと言ったら、今日は海鮮だけじゃないから」


 あたしは、メスティンも用意した。


「このメスティンで、なにかするんですね?」


「なにをするかはお楽しみだ」


 仕込みが終わったので、コタツテーブルに炙りコンロを用意する。


「イカは、爆発するかもな」

 

 破裂が怖いので、イカだけはフライパンで焼くことにした。


「後は、焼いておいてくれ」


「どれくらい、焼けばいいのでしょう?」


「好きなのを、好きなだけ焼いておいて」


「はい」


 桃亜が、適当に具材を網へ。

 

「下ごしらえが済んだアラも、入れちゃっていいですか?」


 待ち遠しいのか、桃亜がアラとメザシのどちらを網に置くか迷っている。


「じゃあ、アラから脂を出そう」


 フライパンにフタをしてイカを焼きながら、桃亜に指示を出す。

 

「はいっ。投下します」


 しっとり脂を出すために、アラを先に焼き始めた。


 いい感じに、脂が出始める。


「いいな、アラは……うわっ。やっぱりか!」


 イカが、ポンと言い出す。想像通り、爆発したか。


「おお、怖い!」


 連発で弾けるイカに怯えつつも、どうにか料理が完成した。


「食おう!」


「いただきます!」


 自分でゴハンをよそい、桃亜がアラに手を出す。


「これは……アラは想像以上でした」


「メシに合うだろ?」


「はい。とんでもない深みですね」


 あたしも食べてみる。


 桃亜の顔がほころんだ理由が、わかった気がした。


「うんめええええ」


 これは、人をダメにする味である。


「骨ばかりだから脂なんて、って思っていました。ここまで身が、プリプリなんですね?」


「アラがうまいってのは、今や魚好きは誰でも知ってるからな。取り合いになるぜ」


「わかります」


 エビやホタテも、いい感じになっている。


 酒飲みならホタテを貝殻ごと焼いて、プクーって開いた身をいただいて、殻に酒をぶち込むんだろうな。


「いよいよ、メザシです」


「やっちまいな」


 メザシを焼いて、香の物といっしょにコメの中へ。


 しかし、一瞬で動きが止まる。あまりにもうますぎて。


「時代劇だと、これを四〇秒で食べちゃうんですよね。さすがにわたしにはムリです。食べるだけなら可能ですが、味わいたいです」


 桃亜が、わっしわっしとメザシとタクアンを噛みしめる。


 あたしも、同じ動きになった。


「だよなあ。これを四〇秒で胃袋に詰め込むのは、もったいなすぎる」

 

 時間をかけてメザシを噛み締め、ようやく声を出す。


「海鮮の網焼きも、最高でしたね」


「待ちな。シメがあるから」


 桃亜のメスティンで、袋麺を茹でた。

 魚のアラを、あらかじめ煮詰めた汁を使って。


「塩ラーメンですか?」


「うん。海鮮と言ったら、シメは塩ラーメンかなって」


 茹でたアラの、骨を取り出す。


 ラーメンを鉢に移して、できあがり。


「一応、骨は取ってあるけど、気を付けてな」

 

「はい。いただきます」


 卵やモヤシなどのトッピングのない、アラだけでダシを取った塩ラーメンである。


「んふふっ」

 

 桃亜が微笑んだことで、成功したことを確信した。

 

「寒い季節に効くだろ?」


「はいっ。これ、黙り込んじゃいますね」


「だろ?」


 あたしも黙々と、ラーメンをすする。


 ラーメンをすする音だけが、しばらくシンクロしていた。

 

「これに、ご飯入れちゃっていいですか?」


「どうぞどうぞ。あたしもやろっと」


 ラーメンのスープにメシを投下して、おじやにしておいしくいただく。


「ほおおおおお」


 桃亜が、大きくため息をついた。


「ごちそうさまでした」


「うまかったなあ……」


 吐息に近いささやき声が、湯気とともに溶ける。

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