第25話 礼節が、人を、作る

 あたしたちが文化祭の助っ人でやる題目は、『ロミオとジュリエット』だ。定番のお芝居である。

 

 上がり症対策として、桃亜ももあは人前で演技をする練習をした。

 ノノたちギャル軍団の前で芝居をしたり、あたしの家族の前で演技をしてもらったりなど。


 演劇部からアドバイスを受けつつ、なんとか舞台に上がれるくらいには、緊張しなくなった。


 通し稽古も終えて、後は本番を待つばかり。


 と思っていたのだが、演劇部からの反応はイマイチ。なんだか、納得がいっていないご様子だ。 


「どうも、しっくりこないわね」


佐々木ささき先輩が、腕を組む。


「でも、これ以上ムリは言えないわ」


 演劇部の間でも、口論になっている。


「どうしたんだ? 素人芝居のほうが、ウケがいいってわけじゃないのか?」


「いや、そういうわけじゃないのよ」


 どうも先輩によると、桃亜はキャラをなぞっているだけに見えているらしい。


「わたしも、それは思っていました。演者さんに吹き替えてもらっているだけに、わたしの演技力の乏しさがより浮き出てしまっているのです」


「そこまで、気にすることか?」


 あたしたちは、どこまでいっても助っ人だ。お芝居に入れ込まなくてもいいはず。


「ごめんなさい。素人のあなたたちに、キャラクターの内面まで演技しろとは言えないわ。これは私たち、演劇部のエゴなの」


「ですが、やるならパーフェクトにやってみたいと?」


 桃亜の問いかけに、佐々木先輩が「そうなのよぉ」と肩を落とす。


「ただでさえ、主役が抜けちゃったでしょ? その子が嫉妬するくらいのものを作ってやるって、心の中では意気んじゃってて」


 とはいえ、これは佐々木先輩自身もエゴと認めている。


「あなたたちに望むことではないわ」


「そういいますが、わたしもヒロインの役どころに戸惑っています。どうやって、キャラクターを自分のものにすればいいのか」


 桃亜も頭を悩ませる。


「姫様の生活環境とか、お聞かせ願えませんか?」


 妙な質問を、桃亜が佐々木さんに投げかけた。


「そんなことを聞いて、どうするんだ。桃亜?」


「映画のセリフにもあるじゃないですか。礼節が、人を、作る、と」


 たしかに。


「人格を形成するのは、礼節や生活環境です。人間の性格は、遺伝子が半分影響すると言われていますが、人格は環境によって左右されます」


 人は、本来の環境が貧しくとも、富裕層に育てられたら、富裕層っぽく育つという。

 逆にスラムに済んだら、本人の性格に関係なく犯罪に手を染める確率がアップするらしい。


「ですから、一四世紀の貴族事情や、キャピュレット家の経済事情がわかれば、ジュリエットの人格形成に役立つと思うのです」


「そうね。ジュリエットの経済状況なんて、考えたこともなかったわ!」


「教皇派と皇帝派に分かれていたとありますが、具体的には」


「そうねえ……」


 佐々木先輩は、ロミオとジュリエットの背景を、事細かに説明をする。


「ロミジュリはルネサンス期の作品で、一四世紀のイタリアを描いているの。だけど著者であるシェイクスピアって、一六世紀の人物なの。しかもこのお話は、シェイクスピアのオリジナルじゃなくって、元ネタがあるのよ」


「そうなんですね。面白いです」



 その後、あたしは桃亜とともに、フレンチを食べに行った。

 テーブルマナーを、ある程度知るために。まあ、安いランチコースだけど。


 あたしはタキシードを、桃亜はブルーのドレスをレンタルした。


「どうでしょう?」


「ドレスコード的には、ちょうどいいはずなんだよなあ」


 ディナーになると、もっと立派なドレスのほうがいいんだろう。とはいえ、さらに大人の同伴も必要だ。


 ひとまず、これで妥協。


 それにしても、めっちゃうまい。


「あたし、【牛肉の赤ワイン煮込み】なんて、人生で一生食わないと思っていた」


 せいぜいラーメンのチャーシューを、正月にハムの代わりに食うくらいだった。


「手が込んでいて、おいしいです。おそらくルネサンス期とは乖離するのでしょうけど、お金持ちのお食事ってこんな感じってのは、掴めた気がします」


 とはいえ、食べた気がしない。


「帰りにさぁ、ピザ屋に寄らん?」


豪華な衣装から普段着に着替えて、あたしはボソッと桃亜に提案した。

 

「わかります。参りましょう」


 二人でピザ屋に入って、メガを頼む。


 あたしが手掴みでピザを食べている脇で、桃亜はナイフとフォークを使っている。


「知っていましたか? 本場イタリアでは、こうやってピザを食べる人もいるんですよ」


 全然知らなかった。


 だが、イタリアでは普通のことらしい。


 手で食べようが、食器を使おうが構わないという。


 持ち帰りだって、OKだ。

 

「しっかし、あたしたち、こんなんで礼節が身につくのかねえ?」


「とはいいますが、きっと当時のイタリア人も、物足りなかったと思いますよ? だからピザが国民食になったのでしょうし」


「そういう問題かねえ?」


「きっとそうです。でなければ、こんなにピザがおいしくなるわけがありません」


 そういって、桃亜はチーズをうにょ~んと伸ばす。

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