第22話 お祭りの夜
今日はオフ。
正規のバイトさんが入ってくれるので、海の家のバイトはナシ。
「もしもし母ちゃん? 明日帰るんだけど、そっちはどう? おお。いいなそれ」
ウチの大衆食堂の方は、お客さんが毎日のように魚を持ってきてくれているらしい。そのため、ほぼ毎日海産物が食える状態なんだとか。食堂でも家でも、おさかな天国だという。
「いすゞさん、ご家族にデンワですか?」
洗顔から戻ってきた
「おん。いい感じに過ごしてるって」
「いいですね。ウチの両親も、仕事が閑散期なので、羽根を伸ばしています」
桃亜の両親は、欧州を旅行中らしい。
先週は、桃亜もいっしょに旅をしていたという。
「わたしの場合は、国内旅行ですが」
山奥の温泉で、くつろいでいたとか。
「それもいいよなあ。今度いっしょに行きたいな」
「いいですね。計画しましょう」
ともかく、今日はお祭りだ。
「浴衣はレンタルできるから、今から行こうぜ」
あたしは桃亜たちを連れて、浴衣を借りに行った。
「水着選びより、大変ですね」
「こんなの、フィーリングだよぉ」
ノノは迷わず、夜景と花火柄の浴衣を選ぶ。
桃亜もフィーリングが合ったのか、ピンク地の朝顔柄にした。
あたしはひまわり柄で決める。
他の女子たちも、浴衣を選んだ。
あとは、祭りが始まる夕方まで遊ぶ。
バイトしていた海の家を、客として利用する背徳感よ。
「このポークカレーともお別れなんですね」
「ラーメンも、捨てがたかったよな」
この昔ながらの中華そばは、たしかにウチでも出せる。
しかし、海の家でしか得られない高揚感ってのもあると思うんだ。
「気を取り直して、今日は祭りに集中するぞ」
「はい。いすゞさん」
夕方になった。
みんなで軽くシャワーを浴びて砂を落とし、浴衣に着替える。
「その浴衣、ホントに似合ってますよね。いすゞさん」
「マジマジ。いすゞってタッパもあるから、ひまわりがより成長しているみたいに見えるんだよね」
あんまり、体型を褒めないでほしいな。思っているより、ハズい。
「食いまくるぞ、今日は!」
恥じらいを隠すように、あたしは屋台を回る。
いつの間にか、桃亜が抱えきれないほどの屋台メシを手に持っていた。
焼きそば、たこ焼き、綿菓子まで。串焼きも、手の指に挟み尽くしている。
「欲張りすぎでしょうか? あれもこれもと思ったら、こんなふうに」
お祭りマジックだよなあ。ついつい買ってしまう。
「まあまあ」
他の女子たちには楽しんでもらって、あたしは桃亜と座れる屋台まで移動した。
まずはコーラで乾杯を。
祭りといったらラムネなんだろうけど、爆発させて浴衣を汚してしまうといけない。自分で浴衣を買えるようになったら、思い切り爆発させてやる。
「うまい。インド式炭酸もうまかったけど、コーラの安心感は半端ない」
「ですね。お料理もいただきましょう」
テーブルに、大量の屋台メシを並べた。
この席に座るため、モツ煮とおでんも追加している。
ウチのテーブルだけ、すごいことになってるな。
他の席は、酒のツマミ程度ばかりなのに。この席だけ、ガッツリ食事だ。
「いすゞさんの手料理とは違いますが、これはこれで、楽しみです」
「あたしも腹が減っているから、食おう食おう」
「こちらは、みなさんでシェアしましょう」
たこ焼きとお好み焼きは、自分たちで食べる分だけに留めた。残りは、みんなで花火を見ながら食べる用に、とっておく。
「いただきます……おお、これですよ。お祭り感が一気にアップしました」
ハフハフいいながら、桃亜がたこ焼きを頬張る。
「うまい。タコパとはまた違う趣があるよな」
「あれはあれで、パーティ感があるんですよ。本格的なたこ焼きは、プロに作ってもらったおいしさがありますから」
「お好み焼きも、中に焼きそばが入っているタイプと、そうじゃないタイプを買ってきたんだな」
「どれにするか迷ってしまって」
いっそ、両方買おうと。貪欲な桃亜らしい選択だ。
ここで一旦、デザートを挟む。綿菓子がしぼみそうなので。
「綿菓子なんて小学生以来だけど、今は流行ってるんだよな?」
「ゲーミングPCみたいなカラーリングの綿菓子が、人気みたいですね」
「あと、くっそでかいんだよな」
「はい。どうやって作っているのか、動画もありますね。ですが、自分でやってみてもああはなりません」
「綿菓子機、あんの?」
「実家には」
しかし、やり方を学んでも、すぐ作れるようなものでもないらしい。
綿菓子の次は、ベビーカステラだ。
「わたし、お祭りといったら、必ずベビーカステラを食べるようにしているんです」
「うん。わかる。ベビーカステラの味で、祭りのクオリティが測れるってことがあるよな」
「おいしいベビーカステラに巡り合うと、それだけで祭りに来てよかったって思えます」
ノノたちが戻ってきたので、花火大会が見られるスポットへと向かう。
「冷めてしまっていますが、たこ焼きをどうぞ」
「ありがとーっ! みんなで食べよーっ」
途中で人数分のドリンクを買って、取っておいてもらった席で飲む。
一発目が打ち上がった。
オーソドックスなものから、キャラクターモノまで、花火の幅が広い。
花火が打ち上がる度に、ギャルたちが盛り上がる。
その光景を、桃亜はまるで子どもの成長を見守る母親のような穏やかさで見守っていた。
あたしはその姿を見て、「きれいだなあ」と思わず口走る。
(第四章 おしまい)
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