第四章 隣の優等生は、バーベキューを焼きたいっ

第18話 幼なじみ ノノ

 夏休みを迎える。


 とはいえ、あたしたちの表情は暗かった。


 期末試験の成績が、悪かったからではない。


 まさかの台風で、臨海学校のメイン行事が一切がっさい流れてしまったからだ。


 行事は、すべて屋内のもの。博物館巡りや、社会科見学でお茶を濁すことに。


 楽しみだったバーベキューも花火もなし。キャンプどころかグランピングさえ、できなかった。観光客の安全を考慮して、事務局がコテージを封鎖してしまったためだ。


 結局、ホテルで授業を受けるだけにとどまった。


「なんか、今年はあんまりだったな……」


「散々でしたね……」


 あたしもだが、桃亜ももあも帰りのバスの中でショゲている。


 とはいえ、今年の一年はまだマシらしい。


 流行病のせいで、三年間ずっと臨海学校どころか修学旅行もなかった学年もある。


「そう考えたら、生徒が集まれただけで十分かもな」


「はい。いすゞさん。プラスに考えましょう」

 


 このもやもやは、食事にぶつけるしかない。


 終業の後、さっそくモールへ繰り出した。


 今日は、夕飯を作らない。モールで、どか食いする。


「宿のゴハンも、物足りなかったもんな」


 メニューを選びながら、あたしは桃亜に話しかけた。


「学校側が気を利かせて、懐石料理とか出たんですけどね」


 旅費が余った分、懐石などの豪華メニューでお茶を濁していたのが、なんとも。


「マジで、食い足りなかった」


「育ち盛りの子どもに、刺し身盛り合わせを、お皿に各種類一切れとか。どういう判断なんでしょう?」


 懐石なんて、オトナの食い物だ。味は二の次で、もっとガバガバ食いたいのである。肉も魚も、安いもので十分だ。


「だよなあ。あれだったら、ウチの海鮮祭りの方が断然よかった!」


「あれ、すごかったですね! 朝からぜいたくに海鮮丼とか、初めて食べました!」


 父や祖父が、釣ってきたての魚を、刺し身にしてあたしらに振る舞ってくれた。それも早朝の六時に。


「朝早かったのに、それが逆に食欲を促進してくれましたよ」


「だよなあ! あれこそぜいたくな海鮮ってやつだよ!」

 

 さすがにイクラとウニは、買ってきたものだったが。


「しかも、その後に『仲居さん体験やろうぜ』って、急遽キマったのはなんだったんだよ?」


 豪華な料理を食べられる代わりに、一日旅館のお手伝いをすることになったのだ。これがキツいこと、キツいこと。いくらやることがないからといって、あんまりだった。


「誰だよ、あんなの提案したのは!? 絶対、旅費の節約だったろ。あれ!」


「もし名乗り出ようものなら、一生イジられる運命ですね」


 桃亜でさえ、グチを漏らすほどである。

 

 そのくらい、キツさがハンパなかった。


 やはり料理は、作ってもらうに限るのだ。


 さて、メニューを選ぶとしよう。

 

 あたしは、一キロのドッサリステーキを。

 桃亜は唐揚げ定食の特盛を、野菜天ぷらの盛り合わせとともにいただく。


「ああ、これがほしかった! これが最高!」


 ステーキが、硬い! ミシミシする! だが、これがいい! 歯ごたえがあって、あたしは好きだ。というか、こういう肉がほしい。無償に、カッチカチの肉を噛みたい気分だった。


 噛むだけなら、スーパーの安い唐揚げでもいい。

 けれど、こういったステーキにかぶりつくのも、オツなものである。


 モールの食事なんて、こういうのでいいのだ。


 あたしは、こういうものを食べに来た。


「モールの唐揚げって、ハズレを引いたことがありませんね」


「だよな。どこ行っても、どこを食ってもうまい」


 唐揚げは、裏切らない。最高である。


「あ~。いすゞじゃん」


 髪の長いギャルが、あたしに声をかけてきた。


「おう、ノノ」


 彼女は「野能原ののはら ゆい」というのだが、みんなからはノノと呼ばれている。


「ちゃんと話したことなかったよね? ウチ、野能原 ゆい。いすゞと幼なじみ。ノノでいいよ。よろしくね」


細江ほそえ 桃亜ももあです。よろしく」


 ぎこちなく、桃亜がノノとあいさつをかわす。

 

「お前、中学時代さ、下の名前をもじってあだ名を付けられたことがあったよな」


「あったね~。すぐにやめさせたけど」


「人気読者モデルの妹の方」と同じあだ名を付けられて、「なんかヤだ」と名字で呼ばせている。

 まあ、名字があだ名になっているママドルギャルタレントもいるのだが。


「二人は、お夕飯?」


「そんな感じ。ノノは、今日も甘味食べ歩き?」


「そうそう。モールの外に、フードトラックが停まってて」


 答えながら、ノノは抹茶アイスを舐める。


「いすゞさん、今日も、というのは?」


「ああ、ノノの趣味はスイーツを食べ歩くことなんよ」


 あたしが教えてあげると、桃亜が「ああ」とうなずく。


「たしかに野能原さん、SAでもずっとアイスを舐めていましたね?」


「よく見てるねー。細江ほそえちん」


「ちん?」


「まあまあ。あそこのユズアイス、食べてみたかったんよ。バイク仲間の間でも、人気でさ」

 

 ノノはバイク好きで、バイトの金はすべてバイクにつぎ込む。


「お邪魔みたいなら、消えるけど?」


「いえいえ。どうぞどうぞ。いっしょにいらしてください」


「あんがと。じゃあさ、出会ったついでで、水着を買いに行かん?」


「水着ですか?」


「そそ。今度みんなでさ、海の家でバイトしようぜって話しててさ。細江ちんも、遊びにおいでよ」

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