第8話 それでもスカイフィッシュは夜を泳ぐ

 このようにしてシーラカンスが空を飛ぶことの全貌は解明された。私、黒瀬ロクとしても十分に満足、いや納得できるものであったが、中田かなはそうでもなかったようだ。

 後日、我々南高ミステリー研究部の3名は競泳の関東大会会場へと足を運んでいた。なんやかんやと応援席にもぐりこみ、黄色い歓声と野太い応援の中で泳いだ野崎先輩を見届ける。結果は宣言通りの1位であったが、ぶっちぎっていたわけでもない。接戦を見事に勝ち抜いた順位だった。

 私と中田は、ワイワイと喜び踊り野崎先輩を囲う輪の中にまざる山田先輩の姿を眺めながめていた。野崎先輩が少しトイレに行くと言って水泳部員の輪から離れたところ、中田がゆっくりとその後ろをつけていった。こいつはそういうところがある。こっそりと人を尾行してなんでもかんでも知ろうとしたりするのだ。女子トイレの中にまで入るのかと思っていたら、そうでもなく穏当に出待ちをしているようだった。

 すっきりした顔で野崎先輩が出てきた。ハンカチを持っていないのか手をぶるぶると震わせている。音もたてずに近づいていた中田はポケットからハンカチをとりだし野崎先輩へと差し出した。

「どうぞ」

「お、ありがとー!」

 野崎先輩は何も疑問を持つことなく中田からハンカチを借り、ごしごしと手を拭いた。

「ええっと、そう! 中田かなちゃんだ!」

「そうです。中田です。今日は1位おめでとうございます」

「いやいやあ! みんなの応援のおかげ。ほんとに」

「オカ研の方々も応援に来てましたね」

「うん。選手紹介のときみんなの声が聞こえてさ、すっごいうれしかった。あそこも私の青春ってやつだったからね」

「いい人たちですね」

「うん、ほんとだ。ハンカチありがとね」

 野崎先輩はピンク色のハンカチを中田に返した。中田は受け取りポケットにしまった。

「ひとつ質問してもいいですか?」

「ん? なんかあったっけ? あ、選手としての心得とかか!」

「いえ、スカイフィッシュが飛んだ日のことです。野崎先輩はあれがオカ研の人たちのやったことだと最初から知ってましたよね?」

 中田はそう言ってじっと野崎先輩を見つめた。野崎先輩はすこし動きを止めてから、驚いたようにじろじろと中田を観察した。

「どうしてそう思ったの?」

「男子更衣室に閉じ込められたときすぐに助けを呼ばなかったからです」

「あ、あ~……」

「ふつースマホを持っていれば学校の事務室なり、友人になり連絡ができたはず。それをせず助けを来るのを待っていた。どうしてか。それは助けが来ると知っていたからです。違いませんか?」

「ぐぅう……」と野崎先輩は唸った。それから上目遣いで中田を見て言った。「誰にも言わない?」

「言いません。ただの個人的な興味なんで」と中田は優しく笑った。

「いやぁ、まさかなあバレちゃうなんて。うん、知ってたよ。あんなのするのみんなしかいないかなって。あとスカイフィッシュにうってつけの夜だっけ? そういうのに似た題名の本の話しずちゃんがしてたしさ。あ、これしずちゃんが考えたやつだって。それで行ってみたら、シーラカンスが飛んでるんだもん。さすがにびっくらこいたね。誰かがやってるってわかってても驚く量は変わらないなって知った。で、あれって結構大がかりなやつでしょ。みんな私のことおもってさやってくれたんだ。すっごい、ほんとにすっごいうれしかった」

「それを言わないんですか?」

「言わないよ。だってわたしもオカ研だもん」

「……、なるほど」

「ね、中田さんって鋭いね。山田ちゃんの後輩だから油断してたけど、まさかバレちゃうなんてな」

「輪の外にいるからわかることもあるんです。……、オカ研の方々がこっちに来たみたいですね」

 中田はやってくる人だかりを見ていった。林を筆頭に、高木、後藤、そしてあの夜被服室にいた女子生徒たちが野崎先輩のほうへと向かって来ていた。野崎先輩は破顔一笑しその集団のもとへと駆けていく。中田はそのあと追わずに私のほうへとてくてくと歩いてきた。

「助けをよばないってのは確かにそうだったな」と私は感心した。

「黒瀬くんは善意というものを知らないからしょうがないね」

「なんだよ、トゲがあるな」

「文化祭のことはわすれてないから」と中田は私をにらんだ。

「いやいやいや、あれオレ関係ないし。オレも巻き込まれただけなんだって」

「今は謎が解けて機嫌いいからそういうことにしておくけど。夏休みが退屈だったらちょっと考えちゃうな」

「じゃあどっか行くか?」

「行かない。明後日からおばあちゃんちいくもん」

「あ、そう」

「もう夏だね」

 汗をぬぐった中田はそう言って夕暮れを見た。私もオレンジ色の空の中で、来る真夏に思いをはせた。

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