第38話 武息の本気
「何……」
目の前が突然暗くなり、揚羽はぽかんと瞬きした。すぐに黒い影が移動し、自分が柊に押し倒されていたことに気付く。夜の雨に濡れた青年の顔は、妙に艶めかしく、揚羽は胸の奥がギュッと締まるのを感じた。
「すまない、二の君。怪我はないか?」
「あ……だ、大丈夫」
「そっか」
「……っ」
ほっと息をつき、柊は表情を引き締め立ち上がる。彼の一挙手一投足が気になり、揚羽は己に困惑していた。
そんな揚羽を現実に引き戻したのは、唐突に聞こえてきた男の嗤い声。
「はっはっは! 流石は神の愛し子。完璧に見切っていたな」
「……武息」
「えっ」
心底楽しそうな声に、柊は苦々しい表情を向ける。
揚羽も顔を上げれば、闇の中で何故か濡れずに立っている男の姿がある。雨が彼を避けているのだ。
更に武息のもとへ、ざあっと何かが集まっていく。よくよく見れば、それらは柊たちが倒した鴉が姿を変えたものだった。
「……やはり、その鴉はお前の」
「その通りだよ、神の愛し子。姫が蝶ならば、その天敵を放てば良いとさっさと気付けば良かったのだが」
肩を竦める武息のもとに集まった黒い光たちは、ゆっくりと再び鴉へと戻る。その大きさはよく見る鴉と同じで、武息の肩に止まってばかりと嘴を開いた。
「アルジ、サマ。シトメ、ラレナカッタ、ゴメンナサイ」
「構わん。お前がよく効くことは、よくわかった。……それに、ここからが本番なのだからな」
「――っ!」
武息の言葉に、瑞飛たちは戦闘体勢を取る。その中で柊は、立ち向かおうとする揚羽の肩を掴んでいた。
「姫、駄目だ」
「柊どの? 離して、わたしは……」
「まだ、顔が青白い。……ここで待っていて」
「ひい、らぎどの?」
何をする気なの。揚羽がそう口にするよりも早く、柊が手にしていた横笛を口元にあてる。そこから流れた短い旋律が終わると共に、揚羽は透明な壁に四方を囲まれていた。
揚羽が囲まれて出られないことに気付いた時、既に柊は彼女の傍を離れている。
「えっ……柊どの!? 出して!」
揚羽は壁を叩き、訴える。しかし柊が首を縦に振ることはなく、振り向きもしない。
(ごめん、二の君。生きていたら、幾らでも叱られるから)
柊も、揚羽の声が聞こえていなかったわけではない。しかし武息の周りには、鴉が群れを作っていた。あの一体だけで巨大鴉の構成要素を使い切れるはずもなく、黒い塊となって武息の背に控えている。
それらを目にし、柊はごくんと喉を鳴らす。それから、自分を見つめる走矢と目を合わせた。
「柊」
「走矢、怒るかい?」
「いや。お前がやらなければ、オレたちがやっていただろうから。文句はない」
「……そうか」
肩を竦め、柊は横笛を唇に触れさせる。気付けば、彼の傍には瑞飛と竜玉もいた。
「二人共……」
「奴は本気だ。こっちも本気でないと、やられる」
「雨の中で不利だけど……僕にとっては関係ないね」
鯉の化人である竜玉は、雨の時こそ本領発揮だと微笑んだ。
柊は、自分を取り囲むように立つ三人に「ありがとう」と呟く。それから息を吸い込み、守るためだけでなく戦うための旋律を奏でる。
「……ほぅ、なかなか面白い。これは、楽しい時になりそうだ」
薄く微笑む武息の目の前で、地面から半透明の柊の枝と葉が無数に生えてくる。ヒイラギが生えた中心には柊がいて、真っ直ぐに武息を睨み付けていた。
「ここで、お前を倒す」
「やってみろ。お前たちを叩きのめせば、姫を奪うことが出来るのだから……安いものだ」
「……舐められたものだな」
数え切れない鴉に取り囲まれた武息は、その力を一切隠していなかった。瘴気を帯びた力の波動は、風となって柊たちに吹き付ける。体の軽い竜玉は、特に踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいそうだった。
瑞飛に支えられて耐える竜玉を鼻で笑い、武息はちらりと閉じ込められたままの揚羽に目をやる。彼女を取り囲む透明な壁には、今ヒイラギが絡み付いていた。
「……成程。あのヒイラギには、結界をより強める力があるようだな。簡単には、あれを壊すことは出来ないか」
「決して、お前を彼女に近付けさせない。後で怒られるだろうけどな」
一瞬だけ揚羽を見た柊は、少し困った顔で微笑む。そして、自在に操るヒイラギの枝に手を添え、小さく「行くぞ」と自分を鼓舞した。
「一網打尽にしてくれるわ!」
武息の気迫を受け、弾けるように鴉たちが宙を舞う。乱舞し、降り続く雨が遮られるほどの数の黒い塊が飛び回る。
しかし、その数に圧倒されている暇はない。早速突っ込んで来た鴉を走矢が蹴り飛ばしたのを皮切りに、瑞飛と竜玉もそれぞれの力を駆使して戦う。
「はあっ!」
「くっ」
「こっちだ!」
「任せろ」
竜玉の水流が飛ぶ鴉を射落とし、走矢が協力してとどめを刺す。瑞飛は飛び回って自分に鴉を引き付け、引き付けられ一か所に集まった鴉をヒイラギの枝ががんじがらめにして、握り潰した。
創り出したヒイラギを使いこなす柊を見て、瑞飛はぽつんと呟く。
「……あの燕だけじゃないってことか」
「むしろ、この方が戦いやすい気すらするよ。……早く、終わらせないとだね」
「ああ」
頷き、瑞飛が一帯を一掃するほどの疾風を翼で生み出す。風圧で形を保持出来なくなり、鴉たちはほうほうの体で逃げるか、風のない場所まで行くと舞い戻ってくる。
終わりの見えない戦いの中、柊は何とか武息を止めようと全力を傾けた。
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