第16話 神の眷属

 瑞飛の突風が妖の顔面を襲い、妖は悲鳴を上げた。抵抗し暴れる妖はその太い脚を振り回し、鋭い爪で瑞飛たちを捕えようとする。


「くっ」

「瑞飛!」

「大丈夫、次だ」


 獣の爪が瑞飛の二の腕の肌を裂き、血が噴き出す。それを前にして走矢が咄嗟に手を伸ばすが、当の瑞飛に言われてその手を拳にして獣に向かって放った。


「躱された!」

「まだ……だよっ」


 空を切った拳に舌打ちした走矢の背を飛び越えて、竜玉が細く長い糸のようにした水流を操る。水流は獣の後ろ脚を縛り付け、地面に括った。


 ――ギャウッ!?


 焦れば焦るほど、獣の足は地面から離れられない。

 暴れる獣に、走矢が「これで終わりだ」と拳を叩き込んだ。


 ――グッ……ギャァァァァッ!


 断末魔の叫び声を上げ、獣の姿は黒い霧となって霧散した。


「……やった」


 立ち上がり、走矢がほっと息をつく。主たちの無事を確かめようと振り返った直後、誰かが彼に抱きついた。


「うわっ!?」

「勝ったぁ!」

「姫さん!?」


 主である揚羽に抱きつかれ、走矢は目を丸くする。助けを求めて視線を彷徨わせれば、瑞飛と彼を手当てする竜玉と目が合った。


「……」

「諦めろ、走矢」

「うん。頑張って」

「お前、ら……っ」


 何故か応援された走矢は、瑞飛たちの隣で自分たちを見守っている柊も見る。すると彼は、少し困った顔で笑った。


「ずっと、君たちのことを案じていたんだ。ほっとしたんだと思うから、受け入れてあげてくれ」

「……お前もかよ」


 はぁ。ため息をついて、走矢は揚羽の背中をぽんぽんとたたく。妹を見るような優しい目で、走矢は主に声をかけた。


「怖かったか? もう大丈夫だぞ」

「こ、怖くなんてないから! ……三人が怪我しないか、ハラハラしていただけだから」

「怪我ぐらいはするだろうが、全員ここにいるんだから良いだろ。……ほら、神様が笑ってんぞ」

「――!」


 走矢の一言が効いたのか、揚羽が真っ赤な顔をして彼から離れる。振り向けば、先ほどまで怯えた顔をしていた青年が、くすくすと声もなく笑っていた。


 ――主と従者の仲が良いのだな。


「うっ……。わたしは、みんなに助けられてばかりです。でも、貴方を救えてよかった」


 青年の言葉に照れてしまい、揚羽はそっと視線を外す。けれどすぐに気を取り直すと、青年に向かって笑いかけた。

 すると青年も頷いてみせ、改めてと腰を折る。


 ――助かった、礼を言う。


「……何故、貴方のような方がこんな所に? 失礼ですが、貴方はもっと……別の場所にいるべき方ではないですか?」


 困惑顔で青年に尋ねたのは、竜玉に傷を洗ってもらっていた瑞飛。彼と同様、竜玉と走矢も頷いた。


「……ねえ、そんなに凄い方なの?」

「姫さんたちは知らなくて当然だ。オレたちも初めてだからな」

「一体、貴方は……」


 ひそひそと走矢に尋ねる揚羽と、隣に立つ青年を見上げ眉を寄せる柊。

 五人の様子に、青年は穏やかに微笑んでから口を開く。


 ――我が名は、音花おとはな。そこの子どもが引き継いだ横笛を、かつて所持していた。神と呼ばれるのは慣れないが……まあ、そういうモノであると思ってくれて構わない。


 相変わらず音花の声は直接頭に響く。上品な雰囲気をまとったまま、彼はそっと柊の持つ横笛に触れた。


 ――実は、この世を見て回るのが好きでね。その途中、この横笛の音色を聴いて……今の持ち主を知ったんだ。今宵再び音色を耳にしたから寄ってみたんだが、どうも質の悪いモノに見付かってしまってね。お前たちには助けられた、感謝する。


「……なんか、俺の笛で危ない目に合わせてしまったみたいだな。申し訳ない」


 自分が吹き奏でたことで、音花を怯えさせる結果を招いた。それを柊は悔いたが、音花はふるふると首を横に振る。


 ――とんでもない。危ない目には確かに合ったが……こんな風にを大切にしてもらえていることを確かめられたのだ。


「……我が、眷属」


 ――そう。我は笛を、笛の音を司るモノ。こんなに大切に受け継がれているのだ、喜ばないわけがあるまい。


 くすくすと笑った音花は、横笛を握り締める柊の頭を撫でた。


 ――これからも、眷属を宜しく頼む。……それから、そちらの者たち。


「わたしたち?」


 首を傾げる揚羽に、音花は頷く。そして、ちらりと柊を見やってから目を細めた。


 ――どうやらこの者の定めは、お前たちと共にあるらしい。横笛がそう言っている。そこの娘の数奇な定めを、そして化人たちの力の助けになりたいと。


「え……」

「わたしたちと?」

「……やはり、そうか」

「瑞飛?」


 きょとんとする柊と揚羽に対し、瑞飛は「何となくですが」と前置きをした。


「何となくですが、わかっていました。……そもそも、自分の主に対してこんなことを言うにもどうかと思いますが」

「良いよ、言って」

「……では。おかしいとは思っていたんです。貴族らしからぬというおれたちからすればどうでも良い理由で、姫様は多くの人から嫌われています。そんな姫様に興味を持つのは、物好きな女好きくらいだと思っていました」

「瑞飛、流石に言い過ぎ……」


 思わず話を遮った竜玉に、瑞飛は「すまない。でも、ここからなんだ」と目を伏せる。走矢も言いたいことはありそうだったが、先を無言で先を促した。


「ですが、その物好きが彼を連れて来た。その後も、ことある毎に縁がありました。……まさか、横笛の力が働いていたとは」

「というか、引き寄せられた定めってやつか。嘘みたいな話だが、今までのことを考えると納得がいく」


 ニッを笑った走矢が、さてと揚羽と柊を見比べる。


「で。どうする?」

「どうするって?」

「おそらく、そいつの持つ横笛は相当な力を隠している。今後放っておけば、妖に見付けられる可能性はかなり高い」

「……そ、そんなになのか?」


 驚き目を見張る柊に、音花は「そうだな」と追い打ちをかける。


 ――おそらく、その笛を手に入れ力を使うことが出来れば……かなりの力を強めることが出来るだろう。我が力を受け継いだ、とも言うべき代物だからな。


「それを早く言ってくれ!」

「……この神様、かなり楽しんでるな」


 思わず叫んだ柊と、面白そうにころころ笑う音花を見比べ、竜玉は肩を竦めた。

 一連を目にして、揚羽は笑い出す。目じりに涙を浮かべるほど笑うと、ようやく言葉を口にした。


「――あぁ、もう。こんなに不思議で面白い縁があるなんて。でも、わたしが勝手に決めて良いものでもないでしょ?」


 貴方はどうなの。揚羽に問われ、柊は「俺?」と目を瞬かせる。


「どうって……」

「その横笛を持つ限り、貴方は妖に狙われるかもしれない。わたしたちも、都にはびこるあだ成す妖は調伏する役目がある。……貴方を守ることも出来る。勿論、絶対にという保証は出来ないけれど」

「俺は……」


 選択をゆだねられ、柊は自問自答した。そして、判断を待つ揚羽たちを真正面から見つめて言葉を紡ぐ。


「――俺も、きみたちの定めに同行させてくれ」

「決まり、だね」


 一つの定めの進む道が決まり、神は満足げに笑って姿を消した。

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