第4話 母の伝言
不意に聞こえて来た足音を警戒し、瑞飛はいつでも身を隠せるよう姿勢を低くした。しかしそれは杞憂であった、とすぐに知ることになる。
「瑞飛……っ」
「走矢、無事だったか」
「ああ。だけど……」
「瑞飛、竜玉が姫を連れて逃げましたか?」
凛とした声に、瑞飛は思わず姿勢を正す。声の主が誰か、わかったからだ。
「桐子様! お体は……」
「今は、それを気にしている暇はありません」
「――っ」
普段よりも、幾分か険しい表情の桐子。声色は落ち着いているが、わずかに呼吸に乱れがある。
(桐子様、かなり厳しいんだな)
厳しいのは、言葉ではない。桐子自身の状態だ。声が平静なためわかりにくいが、術師としての気が揺れている。
瑞飛がじっと見つめたために、桐子はふっと微笑んだ。
「……気付いていますね、瑞飛」
「……はい」
「ならば、走矢と共に娘に伝えて。……母は眠ります。この邸の地下には龍脈の溜まり場があり、都の守りの要ですから。正体不明の敵などに、奪われ壊されるわけにはいきません」
「わかりました」
何故眠るのか、尋ねたかった。けれどそんな時は残されていない。
「北の方様、旦那様はご無事ですか?」
「ええ。旦那様には、話せる限りのことを話しました。いつかこういう時が来るとわかっていましたから、事前にお話はしていたのですけれど」
「……なら、俺たちは行きます。行こう、走矢」
「わかった。……桐子様、またお会いしましょう」
「ええ、必ず。いつか。――行きなさい!」
桐子の言葉に背中を押され、瑞飛と走矢は壊れかけた邸を飛び出す。彼らが邸地を出た瞬間、桐子の力が爆発する。
爆発とはいえ、音はない。静かに邸全体を覆い隠す結界を張ったのだ。更に外から見れば、蜘蛛が侵入する前の何も壊れていない邸に見えるよう目くらましを施す。ここまで完璧に行うことが出来るのは、桐子が当代一の術師の一人であるからに他ならない。
竜玉のものよりも強固な結界を創り上げると、桐子は肩で息をつく。これで、もう邸は何物にも壊されない。龍脈の溜まり場は、守り通さねばならないのだから。
(ここは、裏鬼門の方角にある。都深くに入り込んだ魔をここで食い止め、帝に近付けさせないための砦。後は、私は眠れば、結界はより強固になる。……あの
桐子の胸の思い浮かぶのは、力を目覚めさせていない一人の娘のこと。化人たちが傍にいる限りは良いが、これからは彼女自身も戦わなければならなくなる。
(それでも、あの子にはこれから出逢いがある。……必ずや、あの娘を助ける出逢いになりましょう。いえ、これは既にあったものでしょうか)
先の時で訪れる出来事を時折瞼の裏に映す力を持つ桐子は、自らの寝室の横の部屋へと入る。そこには普段、誰一人として入ることを許してこなかった。その理由が、とあるものを誰にも使わせないためである。
床には、描かれた
「――どうか、娘たちの歩む道筋が良いものへと繋がりますよう」
結ばれた印が発動し、桐子は座ったまま微動だにしなくなった。彼女が眠って力の保持に全てを傾けた結果、深く深く眠り続けなければならないから。
桐子が眠りについたことは、すぐに化人たちに伝わった。
❀❀❀
同じ頃、揚羽は竜玉によって連れて来られた竜玉たちの隠れ家に足を踏み入れていた。毎日使われるわけではないが、竜玉たちの出入りがあるためかほこりをかぶっているものはほとんどない。
「ここが、貴方たちの……」
「そう、隠れ家だよ。ここで、瑞飛と竜玉を待とう」
「わかった」
揚羽は素直に頷き、ぐるりと隠れ家と称された小さな邸を見回した。
二人が今いるのは、邸の複数あるうちの1つの部屋。
なくても構わないのだが、あれば中の様子を外に漏らさずに済む。
(竜玉は周囲の警戒がてら、何処かへ行ってしまった。邸の中なら何処に行っても良いと言ってくれたけれど、わたしはあの時のような正体不明の巨大な生き物や妖がやって来たら、流石に怖い)
ぶるっと身を震わせた後、揚羽は神経を研ぎ澄ます。どうやらこの辺りに、力の強い魔はいないようだった。
ほっとしたところに、竜玉が戻って来る。そして、彼は少し険しい顔で揚羽を見つめて口を開いた。
「今、特に不安な要素はないよ。だけど、瑞飛と走矢はまだみたいだ」
「わかった。……母上たち、無事かな」
「桐子さまならば、大丈夫です。きっと、必ず」
「うん」
揚羽が顔を上げたその時、遠くで幾つかの足音がした。やがて邸の中へと入って来たその気配を振り返り、揚羽はほっと息を吐く。離れ離れになっていた、瑞飛と走矢たちだ。
「姫さん、竜玉。ただいま」
「ただいま帰りました。姫様、竜玉。ご無事ですか?」
「お帰り、二人共」
「お帰り。……どうだった?」
何が、とは聞かない。竜玉に問われ、瑞飛と走矢は顔を見合わせる。そして、桐子から託された伝言を揚羽たちに正確に伝えた。
「――母上」
拳を握り締め、泣くのを我慢する揚羽。何度も深い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いていく。
母が眠る前に行ったことのその意味を、瑞飛たちから教わらなければならない。揚羽はまだ、何も知らなかったから。
「三人共、教えて欲しい。わたしがすべきこと、母上たちがしたこと、これからわたしが担うべき役割のことも」
「姫様……」
真剣な揚羽に、瑞飛たちは顔を見合わせた後に頷いた。
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