第3話 聖剣の反逆

「ベルティーユ!!」

「ア、ラン……」

「待ってろ、すぐに治す! 光よ、力を貸したまえ。傷を癒せ!」


 倒れるベルティーユを支えて治癒魔法を唱える。

 だが、唱えてもベルティーユの腹の傷は塞がらない。


「な、んで……」

『はは! 魔王たる我を消すのだ、聖女も一緒だ!』


 消えかけの魔王が狂喜を上げて叫ぶ。


「アラン、僕も治癒魔法をかける!」

『無駄だ、それは最後の力を使った呪いだ。聖女は死ぬのだ。ふははは──』


 笑い声を上げていた魔王は、完全に砂になって消滅した。


「安心しろ、必ず助けるから」

「……うん……」


 息が荒いベルティーユに治癒魔法をかけ続ける。リンデンもいれば傷も早く塞がるはずだ。

 治癒魔法をかけてると、ベルティーユの側に落ちていた聖剣が、ゆらり、と動き出す。

 そして宙を浮いたと思えばベルティーユの心臓に剣先を向けて振り下ろした。


「何やってるんだ!」


 ベルティーユを引き寄せると聖剣が石畳にぶつかりカキンと鳴る。


「まさか、ベルティーユを敵と……?」

「はぁ!? なんで!?」

「……魔王は呪いをかけたと言っていた。それが原因としたら……」


 リンデンの推測に血の気が引く。そして、最悪の展開を想像する。

 敵と認定した聖剣が、聖女を生かすのか――?


 神殿の講義では聖剣は聖女に危害を加えないと教えられた。

 だが、現に聖剣は聖女であるベルティーユの心臓に剣先を向けていた。


「僕が結界を張る。アラン、ベルティーユの治癒を任せる!」

「任せろ!」


 結界は俺よりリンデンの方が優れている。

 リンデンが結界を張っている内に解呪してみせる。


「保てよ、ベルティーユ……!」

「私も……治癒魔法かける……」


 荒い呼吸でベルティーユが自身に治癒魔法をかける。膨大な魔力を持つベルティーユも治癒に加われば傷も早く塞がるはずだ。

 予想通り、ベルティーユも治癒魔法をかけると傷が塞がっていくが、いつもと比べると遅いのは、魔王の呪いのせいか。

 

 思案していると結界からピキッと音がして目を見開く。――結界にヒビが入っている。

 リンデンを見ると結界を破ろうと聖剣が暴れ、維持できずに結界が壊れる。


「光よ、力を貸したまえ。光の矢で敵を攻撃せよ!」


 リンデンが即座に光の矢が十数本生み出して操り、三方向から攻撃する。

 だが聖剣はそれをすべて避けて空気の衝撃波を放ち、リンデンが壁に激突する。


「リンデン!!」


 壁にめり込んで気を失ったのか反応がなく、リンデンの額から一筋の血が垂れる。

 

 リンデンは優秀な光魔法の使い手だ。

 だがそのリンデンも聖剣の前では歯が立たないのは、それだけ力の差があるということ。

 ゆらり、と聖剣がこちらに向く。苦戦を強いられるのは明らかだ。

 それでも、逃げるわけにはいかない。


「やってやるよ。かかって来い!」

「アラン……もういいわ」


 剣を構えるもベルティーユの静かな声に凝視する。


「リンデンを連れて逃げて」

「は……?」

「呪われたのは私だけ……。二人は見逃してくれるはず。だから逃げて」


 逃げろと言うがそんなの到底受け入れられるわけない。


「そんなことできるわけないだろう!?」

「逃げなさい。命令よ」


 腹を抑えながらも、毅然とした様子で命じる。

 気を失っているリンデンの命を救うのならここで逃げた方がいい。

 だが、そうしたらベルティーユはどうなる?


「……俺が聖剣を止める」

「何言ってるの……? やめて!」

「いいからお前は自分の解呪を考えろ」


 静かにこちらの様子を見ていた聖剣に笑ってみせる。

 聖剣の暴走を止めて、リンデンもベルティーユも救ってみせる。


「頑張ってくれよ、相棒」


 使い慣れ親しんだ魔剣を構え直す。

 聖剣が剣先を俺に向けて突撃してくるので光魔法で強化した魔剣で受け止め、剣撃が始まる。

 鉄と鉄がぶつかり合う音が廃城内に響き渡る。


「おい気付けよ! それとも視力が落ちたってか!? このバカ剣……!!」


 悪態を吐くが、聖剣は俺の言葉を無視して攻撃を続ける。

 重い剣撃を最大限逸らして威力を弱めて大きく後ろに下がって肩で息をする。


「はっ、さすがは聖剣様だな!」


 数少ない俺の攻撃をすべて避け、高速で攻撃し続けて防戦するのに精一杯の状況に追い込まれている。


 それでも、逃げるわけにはいかない。逃げたら、この聖剣は間違いなくベルティーユを殺す。

 後ろに下がって聖剣と距離を置くと後ろから弱った声が聞こえる。

 

「アラン……もういい。もう戦わなくていいから……」

「俺のことはいいから自分の解呪に専念しろ、ベルティーユ!」


 呪いで弱っているのに、俺の身を案じるベルティーユに苛立ちが募る。

 そして額にこびりついた汗を手で拭うと剣先を聖剣に向ける。


「ベルティーユは殺させない。かかってこいよ、邪剣」


 意地の悪い笑みで挑発すると、聖剣がゆっくりと剣先を上に向けて黄金の粒子を纏い始め、頬を引きつる。おいおい、攻撃性能上げるんじゃねーよ……!


 黄金の粒子はこれまでの遠征と旅で何度も見てきた。

 その粒子を纏って戦えば弱い魔物なら一振りで百体を瞬殺し、巨大な魔物も一撃で絶命させたのを幾度も目にしたから。


「はは、これは光栄だ。本気で向かってくるなんてな」


 引きつりながらも笑うと聖剣が黄金の粒子を纏いながら一回転して俺に向かってくる。

 可能な限り威力を弱めて受け止めるも石畳が音を鳴ってヒビが入るのが分かる。

 苦しい。重い。様々な思いが浮かびながら聖剣の攻撃に耐える。

 

「……っ、認めるわけいかないんだ」


 十年以上、ずっと近くで見て来た。

 真面目で身分関係なく礼儀正しく、聖女の仕事を頑張るベルティーユを。

 実は辛党だって知っている。神殿内に咲く花を育てることが好きなことも。

 本当は遠征だって怖がっていたことも、全部知っている。

 それでも、それを隠してあいつは世界のために戦ってきた。

 それなのに、どうして殺されないといけないんだ。

 

 抵抗する俺に、聖剣はさらに力を加えてきて、踏ん張ることができず石畳にめり込む。


「がっ……」


 肺が痛い。口の中から血の味がする。全身が痛い。

 これまで味わったことない痛みに動けないでいると、目の前に影ができる。


「私を殺せばいい。でも、アランとリンデンは殺さないで」


 ベルティーユが、俺を守るように聖剣の前に立つ。


「ベ、ル……」

「……ありがとう、アラン。私を守ろうとしてくれて」


 振り返ったベルティーユは十年前、息を呑んだ時と同じくらい──美しかった。


「さようなら」


 微笑んで死を受け入れるベルティーユを見て、自身に治癒魔法をかけて手を伸ばす。


「ふざ、けるな」

「……え」


 ベルティーユを刺そうとしていた聖剣を両手で掴む。


「言っただろう。ベルティーユは殺させないって!」


 大量の魔力を使って自身に強化魔法をかけ──聖剣をへし折る。

 すると折られた聖剣は、力を失くしたように崩れ落ちた。


「アラン……。せ、聖剣を折るって何してるの!?」

「この程度で完全に壊れるわけないだろう。どうせ再生するに決まってる。ま、折られてざまぁだけど」

「それだけじゃない……! こんな無茶して……!」

「そうだな。──なぁ、ベルティーユ。俺、たった今、良いこと思いついたんだ」

 

 怒鳴るベルティーユの手を掴んで最後の魔力を使う。

 詠唱すると俺たちを囲むように魔法陣が浮かび上がる。


「この陣は……。ま、待って!」


 さすが真面目なベルティーユ。すぐに分かったようだ。

 だが、これで君を助けられる。


「俺はもう無理だ。だから俺がお前の呪いを請け負えばいい」

「私はそんなの望んでない!」

「俺は、それを望んでいる」


 笑うとベルティーユが黄金の瞳から涙が零れる。

 ベルティーユの呪いが俺に移ったら聖剣が復活しても大丈夫だろう。──そう思うと、ひどく安心して。

 そして、こんな状況で自分の気持ちに気付いてしまった。


「バカだな、俺」

「アラン……? アランっ!!」


 ベルティーユが泣きながら呼びかけるが反応できない。

 そして、意識を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る