第20話 揺るがぬ決意【side希美】


 昭久君のお父様に、事の経緯を正直に伝え、私達は憂いなく前に進むことができるようになった。


 もちろんまだ許されたわけじゃない。

 許していただけるチャンスをもらったに過ぎないから、もう大丈夫なんて思い上がってはいけない。


 私達の日常は、事件の後も比較的順調に過ぎていった。


 過ちを起こしてしまった自分が、昭久君の信用を取り戻すための努力を常に考えるのは当然のことだけど、それが彼の負担になってもいけない。



 裁判も続いている。周りの人達の協力を仰ぎながら、少しずつ前進しているように思う。


 もしかしたら、この行動は無意味かもしれない。


 友人の彼女が言ったように、犯罪者に意識を裂く時間をそうそうに終わらせてしまうのが正解なのかもしれない。


 生活の全てを昭久君のために注ぐことこそ、私に課せられた贖罪として正しい行動であるという人もいるだろう。


 それは確かに正しいと思うし、実際そうするべきと考えた時期もあった。


 裁判にかまけているヒマがあるなら、裏切った恋人の為に時間を使えと叱られる可能性もあった。


 過去を清算するといいながら、単なる自己満足の独りよがりに酔っているだけとも言える。


 

 だからこそ、昭久君の負担にならないように、私自身が強くならなくてはならない。


 私の行動が仮に不正解であるならば、それを知っている人が傍から見れば、さぞ滑稽に映るだろう。


 道化だ。ピエロだ。自己満足だ。独りよがりだ、と。


 だけど、裁判所であの男と目の前で対峙した時、やっぱり自分から最前線に立ってよかったと思った。



 目の前にいるのは見る影もないほど痩せ細ってやつれきったあの男。


 屈強な体も、強面で鋭い眼光も、まるで消え失せてしまっている。


 だけど、目の前にすると、感情が動きそうになる。

 

 以前は勇気に満ちあふれて何の感慨も湧かなくなっていた。


 それが時間が経過して、実際に目の前で対峙することで、その気持ちを再認識できた。


 はっきりと、堂々と、この男によって人生を壊された人達も一緒に前を向けるように。


 私は戦った。勇気を持って、戦い抜いた。



◇◇◇


 

 私はあの男を乗り越えたことを再認識した。同時に、一刻も早くこんなことは終わらせて、前向くのになんの憂いもない状態を作り上げようと、決意を新たにすることができた。


 だけどどうしても解決しないこともあった。


 その中でももっとも大きな問題が、昭久君の男性機能が急に不全に陥った時のことだ。


 それまで出来ていた事が急に出来なくなり、私はいよいよ役目を終えて別れるべき時が来たのかもと覚悟を決める。


 だけど、それで落ち込んでいたのでは今までの私と変わらない。


 私はあらゆる手を尽くして奉仕をした。その理由が分かっていたから。


 あの日から、彼は自分の苦しんでいる姿を決して私に見せようとはしなかった。




 私は知っている。いまだに蔓延はびこっているあの男の幻影が彼を苦しめていることを。


 私が一時的にとはいえ、別の男を選んでしまった事で生じた劣等感と嫌悪感に苦しみ、私が眠った後に嘔吐を繰り返していたことを。


 本当はこんなけがらわしい体なんて抱きたくないだろうに、それを打ち消すくらい、強く強く私を愛してくれる気持ちで抱きしめる。


『愛してる』


 その言葉が心からの本心であるとわかり、同時に自らに掛けた誓いでもあることが分かる。


 だから私は彼に提案した。

 その激しい感情をぶつけるような行為そのもので私を罰してほしいと。


 八つ当たりでもいい。憂さ晴らしでもいい。


 昭久君の気持ちが少しでも晴れるなら。


 もしも私が相手なのが原因であるなら、他の女性と……と言いかけて、やめた。


 それは彼の決意を踏みにじることになる。


 あの日、私がいいんだと言ってくれた昭久君の想いを、私のエゴで侮辱するなんて許されない。


 だからこそ、昭久君の心に溜まっている激情を、この体にぶつけることを提案した。


 セックスができない期間、私は縄で縛られたり折檻で叩かれたり、道具で攻め抜かれたり、お尻を抉られたり、アブノーマルなプレイに挑戦し続けた。


 それはあの日、昭久君しか知らない私を作り上げる努力をすると誓った私ができる、精一杯に知恵を絞った末の結論だった。


 首輪を付け、卑猥な衣装に身を包んで彼の前に跪き、

こうべを垂れながら口上を述べて奉仕する。


【私は貴方様の従順な奴隷です】と。


【決して逆らわず、裏切らず、どのような行為も受け入れます】と。


【絶対に思考を放棄せず、自ら考え、心を込めてご奉仕いたします】と。


 結果として、これが私達の新しい、それもあの男が与えてきた以上の快楽を生み出す性癖となった。


 彼は望まなかったが、私はその激情をいさめるためなら身体に穴を開けられたって構わないとすら思った。


 彼の所有物である証を刻んでほしいとすら。


 結局、綺麗な身体のままでいてほしいという願いを受け入れ、その代わり幾度も歯形を刻んでもらった。


 私は彼から大いに学んだこと。それは自分のことより、他人の幸せを常に考えてくれる昭久君の心意気を、もっと自分に昇華させたい。


 彼がしたいと思う事は、どんなことにでも応えたかった。


 そして、私は知っている。

 あの日を境に、昭久君が死に物狂いで体を鍛えていることを。


 昭久君の体は、多分平均的な成人男性より少しほっそりしている。



 学生時代から運動もそこまで得意じゃなかった。

 

 そのことに不満を持ったことは一度もなかったけど、体の大きくて屈強な男に犯された私を、彼の中で本当の意味で取り戻すには、相手の男より劣った場所があってはいけない。


 

 身長はもうどうしようもないとしても、後から変えられるところは全部変えて、その男を超えてみせると。


 どんなことがあっても私を守れるように、と。


 力強くそう言ってくれた昭久君は、とっても格好良かった。


 努力して努力して努力して……。


 努力して努力して努力して努力して努力して……。


 途方もなく鍛え続けてたくましくなった彼の肉体に、私は見るだけでメスの本能が疼くようになる。


 腹筋が割れ、胸板が厚くなり、二の腕はみるみるうちに逞しくなっていった。


 でもそれは、単なる条件に過ぎないことを、私は理解している。


 他の誰でもない。あの男でもない。


 昭久君だから嬉しい。"逞しい男"ではなく、"逞しくなった昭久君"だからこそ、私の女は限りなく疼く。


 体の条件ではなく、大好きな人が努力し続ける姿にときめきを覚えずにはいられなかった。




 私は佐久間昭久君という彼氏に不満を持ったことは、それまでの人生で一度としてなかった。



 荒事も得意じゃない。あの日のように声を荒げて怒鳴り散らした事など、それまで一回もみたことがなかった。


 優しくて、思いやりがあって、一生懸命で、私のことを一番に考えてくれる。


 私にとっては世界一かっこいい彼氏。本当に私なんかには勿体無い人だった。


 裏切ってもなお、悔しさと憎しみを飲み込んで私を愛してくれた、とってもとっても強い人。


 彼をもっとも傷つけてしまったのは、一番分かってなきゃいけなかったその魅力に、近すぎて分からなくなってしまったことだと思う。


 こんなに優しくて強い人がそばにいてくれたのに、私は表向きの幸せを失うことを恐れ、問題を先送りにし、あげくに裏切ってしまった。


 そんな彼は努力し続けた。


 それまでの自分を払拭するかのように、努力し続けた。


 だけどどうしようもない事が一つだけあった。


 物理的に届かない子宮の奥の領域。


 私が自ら近づけば互いに届く事は出来るけど、やはり彼の中ではそれでも解決していないんだ。


 私が変えられてしまったから。


 幻とはいえ、肉体の条件を昭久君より優先させた理由にしてしまったから。



 だけど、やっぱり昭久君はとっても強い人だった。


「大きくする手術だけど、やっぱりやめとくよ」

「どうして?」


「俺の中で本当の意味で希美を取り戻すためには、自分の力だけでやらないと意味が無い。体は鍛えれば強くできるし、訓練すれば精力も上がる」


 体を鍛えるのは、弱い心を払拭するため。

 自信を付けたいからだと。


 目的はあの男より強くなることじゃない。過去の自分を乗り越えること。


 弱さを乗り越えることだと。


 じゃあもっと体の大きな、屈強な男が現れたら? 陰茎の大きな男だったら?


 問題の本質はそこじゃない。例えそんな男が現れたって、絶対に揺らがない強い心を作るための訓練だと、彼は力強くそう言った。


「だけど手術で大きくするのは努力じゃない。それで希美を上書きしたって、俺はずっと野郎の影におびえなきゃいけない気がするからさ」


 それはきっと、彼自身の問題だったからこその選択なのだろう。


 もしも私が、サイズの差に狂ったことを克服できずに物足りなさを感じてしまったら、彼は迷うことなく陰茎を大きくする選択をしたに違いない。


 


 人のためなら躊躇いなく決断ができる。

 それが昭久君の強さだった。


 だけど、私はもう満たされている。サイズの差なんて何の障害にもならないことを、彼自身が証明してくれた。


 だから今の彼の悩みは、そのことを自分の中で飲み込むことのできない、自らの弱さに打ち勝つことにこそあるのだと思う。


「うん。やっぱりアッ君は強い人だよ。私は、そういうアッ君だから大好き♡ 私はずっと大満足だけど、アッ君の中に居るあいつを追い出すためだもんね」


「ああ。情けないけど、まだ俺の中じゃ取り戻せてる気がしないんだ。だから、ちゃんと自分の劣等感と向き合えるようになるまで、もう少し頑張ってみる。いま手術を受けたら、逃げ出すのと同じだ」


 そう言って笑う昭久君の笑顔は、決意の炎に包まれている気がした。


 そして、彼はやり遂げた。


 それから更に数ヶ月が経って、彼のセックスはますます強く、巧みに、そして愛に溢れたものになっていった。


 彼の表情にかつてのような焦燥感は微塵も残っていない。


 私の体の隅々まで知り尽くし、人差し指一本、陰茎のひと突き、腰の円運動だけでも簡単にイカせる事ができてしまうほど、彼の手練手管は巧みなものになっていた。


 昭久君は、名実ともにあの男を超えていると思う。


 それはどのように証明できるのだろうか?


 多分だけど、大きさによって快感をこじ開けたあの男より、物理的に届かない肉体をものともせずに、私を屈服させてそれ以上の快感を与えられる昭久君こそ、本当の意味で優れているのだと思う。


 動きの一つ一つに私に対する深い理解と厚い信頼。


 そして溢れんばかりの愛が込められているのが分かり、それはいまだに進化し続けている。



 どんどん知識と実力を身につけていく彼の調教は、私を昭久君の姿を思い浮かべるだけで濡れそぼる完璧なメスへと進化させてくれた。


 女の構造を熟知していたレイプ魔の幻影に打ち勝つために、色々な事を試し、学び、そして習得していった。


 前戯にたっぷりと時間を掛け、ジワジワと慣らし、私が自らの意志で彼を懇願するまで決して挿入しない。


 "佐久間希美"という女の全てを知り尽くした事で、もう私は昭久君でしか感じないほどにされていった。


 他の男で試さなくても分かる。私の体は、完全完璧に夫である昭久君専用に改造してもらえた。


 現に他の男を思い浮かべても、そばに寄っても、会社で昭久君より大きな体躯を持った男性に口説かれても、記憶に残ったあの男との行為を思い出してすら、私の心も体もミリ単位で揺らがなくなった。


 まるで興味が湧かないのだ。この世界で最高の存在を知っているから。


 何よりも、彼の自信に満ち満ちた表情こそが、私のメスを疼かせて心を委ねる要因となっている。



 本当に本当に、彼は頼もしくなった。


 優しさと、逞しさと、限りない愛。


 それら全部を使った最高のセックスが出来るようになった彼には、既にあの男の幻影は微塵も残っていなかった。


 それはセックスに限った話じゃない。

 この人について行けば、絶対に大丈夫という頼もしさを感じさせてくれる。


 私の全てを委ねて愛し合っていける。


 どんな相手が現れたとしても、二人の仲を切り裂こうとしても、困難に心が揺れたとしても、それを二人で乗り越えていこうと誓い合う事ができた事が、何よりも私を安心させてくれた。


 もしも将来、今回と同じような目に遭ったとしても、私も絶対に揺らがないと決心を強めた。


 私も、もっともっと努力しなくちゃ。

 苦しみを乗り越えて愛してくれた彼に応える為に、できることは全部やりたい。

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