第19話 生まれ変わろうとする彼にできる事【side希美】

 私は、本当は何に狂っていたのか。


 その答えは簡単だった。


 彼が推察したとおり、自分の肉体と精神を守るために、刺激が強くて乱暴なセックスに狂って従順になるしかなかったのだ。

 

 それは、愛する人に同じか、それ以上の強い刺激を与えてもらうことで、これでもかと言うほど理解できる。


 相手のことなど微塵も思いやっていないゲスのセックスなど比較の対象にすらならない最高がそこにある。


「アッ君、好きッ、好き、大好き、愛してるっ♡」


「希美ッ、俺もだ。俺も愛してる」



 そうなんだ。


 それこそが絶対的な"真実"なんだ。


 最高の快楽を味わうためには、肉体の大きさより、精の強さより、互いが互いの方を向き合って想いを伝えること。


 ぶつけ合って、気持ちを融合させること。


 それこそが最高の快楽をもたらすセックススパイス。


 そのことに気がついた私が、今度は彼の苦しみを取り払うお手伝いをしなくちゃいけない。


 大きな愛に応えるために、私は強くならなくちゃいけないんだ。


「ああ……凄い、こんなに満たされてる……」


「大丈夫か希美」

「うん、凄く、良かった。ねえ、今日も、お願い」

「ああっ、いくぞ」


 優しく髪を撫でてくれる慈愛に満ちた瞳に満たされながら、私は今日も彼に懇願する。


「イギッ、んんんんっ……ッ!」


 昭久君の口が開き、首筋にガブリと歯を立てた。


 首筋に、胸の上に、脇腹に、太ももに。


 昭久君の歯が皮膚にめり込んでいく。

 前回のセックスもその前のセックスも、私は自分の身体に彼の所有物である証を刻んでもらっていた。


 血がにじむほどに強く歯がめり込み、私の体は傷だらけになっていく。


 破壊衝動とは違う。破滅願望とも違う。


 所有証明欲求とでも呼ぶべき彼の衝動的行動が始まりだった。


 あの贖罪の日、彼の怒りを全身で受け止めるにはどうしたらいいか。

 その答えがこれだった。


 彼と私の希望が一致した結果、私は彼に刻まれる事を喜び、彼も私に刻みつけることで怒りの矛先を納めていく。


 ぶつけられる事で私の罪は許されていく。


 決して一生涯許されてはいけないし、許してもらえたことは受け入れても、忘れることは決してあってはならない。



 彼が別の誰かを好きになったら、その時はいさぎよく身を引こう。


 本当はすぐにでも姿を消した方が、彼の為になるのかもしれない。


 彼が幸せになれるように、全力でお手伝いをしようと。

 私が邪魔ならすぐに姿を消そうとも。


 彼が幸せになるための条件が、私がいなくなる事であるなら、喜んでそれを受け入れようと。


 しかし彼はそれを全力で否定するように歯形を付け、私はそのことにどうしようもなく満たされ、幸福を味わい安心感を得ていた。


 私に出来る事は、許してもらおうと媚びることでも、開き直って幸せを享受することでもない。


 彼のもたらす感情を一身に引き受けて、愛も憎しみも全部共有することなんだ。


 愛してもらえることと、憎しみは表裏一体なのだから。


 ◇◇◇


 それから数ヶ月。


 レイプ魔の男に社会的制裁を加え、高額の慰謝料を請求することに成功。


 慰謝料をもらい、私と同じ立場の人たちに連絡を取って被害者の会を設立し、余罪の追及と共に警察に突き出すことに成功した。



 あの日、私をあの男に売り渡した友人に謝罪され、裁判は自分が戦うから早く日常に戻って平和に暮らしてほしいと言われた。


 だけど、私は考え続けていた。昭久君の信頼を、本当の意味で取り戻す為には、流れに身を任せているだけじゃ駄目なんだと。


 裁判をするにあたって、彼女は全て自分に任せてほしいと言ってきた。


 私はすぐに昭久君に相談し、自分も一緒に戦うべきかもしれないことを告げる。


 昭久君を裏切ってしまった原因は、私が流されてあの男に情を移してしまったことにある。


 だったら自分自身が裁判の先頭に立って引導を渡さなければ、彼に信用してもらう資格は得られないのではないかと思う。


 昭久君は、私の戦う意思を尊重してくれた。


 何が正解なのか、どんな判断をすれば間違えないのか、いまだに答えは分からない。


 だけど、消極的に自分の気持ちだけで行動することは、今までの私と何も変わらないから。


 だから私は彼に相談する。そのうえで自分で判断する。


 全ては昭久君との未来のために。彼が望んでくれた二人の未来に、前を向いて進んでいくために。


 私は自分自身であの男に決着を付けなくちゃならない。


 まだ裁判は終わってないが、恐らく20年以上は刑務所から出ることは敵わず、仮に出てきても待っているのが借金地獄。


 相手方の奥さんの実家が権力者であり、たぶん途中で出されて遠洋漁業の船に乗せられることになると後日談で聞いた。


 悪い仲間ともども、日本に帰ってくることは永遠にないだろうとのこと。


 昭久君が聞いた話では、漁業の契約期間が終わったら、次は海外の特殊風俗で男娼として売られるとかなんとか。


 恐らく刑務所で刑に服すより、一層ハッキリした生き地獄を味わうことになるらしい。


 社会的地位を失い、家族を失い、男性としての機能も失い、人間としての尊厳も失った。


 これからの人生を人間らしく生きていくことは絶対に不可能。


 それは昭久君の溜飲を下げる一助になってくれたらと思う。


 正直、ざまあ見ろと思った。そんな資格はないと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。


 咎人とがびと側である私には、何も言う権利はないし、むしろそっち側になってしかるべきだった。


 同じだけの地獄を味わってしかるべきであるほど、私だって罪深い。


 だけれど、彼はそれを望まない。私をそばに置くという選択をしてくれた。


 彼と共に今後の人生を歩むこと。それだけが許されていく唯一の道なのだから。



 ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。


 まず私たちがやったことは性病検査。

 レイプ直後に既にしていたことではあるが、改めて本格的な検査をしっかりと行った。


 実は昭久君が入院した時、あの男のやってきた事を考えるとしっかりした検査は必要だと、次の日には行動を起こしていた。


 頭が混乱してすぐには思いつかなかったが、昭久君の冷静な判断でそれを提言してもらえた。


 幸いにして二人とも何の問題もなく、それから定期的に検査を繰り返したが、悪い結果がもたらされることはなかった。


 次に家族に報告するかどうか。


 うちの両親はどんな反応が返ってくるかは分からないが、昭久君のお父さんは浮気や不倫を心底嫌悪している方だと聞いた。


 わざわざ本当のことを言って、家族を苦しめるようなことは言うべきではない。


 正直に伝えることが誠意であっても、真実を告げることがその人の為になるとは限らない。


 伝えることで、昭久君の父さんは私を嫌悪するだろう。


 もちろん、真逆のこともいえる。全てを正直に伝え、彼のお父さんがどれだけ私を罵っても、全ての罵詈雑言に耐えて許しをもらえるまで説得を続けるべきだ。


 何年かかっても何年かかっても。


 どれだけの苦しみを味わうことになっても、耐えて耐えて、許しを得られるまで根気よく誠意を尽くすべきでもあるだろう。


 しかし、真実は伝えず、自分の中で飲み込み続けることも誠意だと思う。


 伝えれば昭久君とお父さんの関係が悪くなるかもしれないし、自分達は伝えることでスッキリしても、無用な苦しみを与えてしまう。


 どちらも一長一短。どちらも正解だし、どちらも不正解。


 これは二人で相談して、やはり真実を正直に伝えておく方がいいと判断した。


 もしもどこかのタイミングで人伝に真実が伝わった時のことを考えたら、その時に両親や彼の家族がどれだけ傷付くかを想像するのが恐ろしい。


 ことが起こった今というタイミングで全ての真実を伝え、誠意を尽くすべきだという結論に至った。


 ◇◇◇


 私は昭久君の実家に赴き、結婚報告の前に彼のお義父さんに事の経緯を順番に説明した。


 昭久君には隣の部屋で待機してもらい、私は一人でお義父さんになる方に真実を伝えた。


 自己弁護はせず、事実をありのままに。


 すると、お義父さんは棚からお酒を取り出し、私に瓶を渡してきた。


 彼の手にはコップが握られ、彼は怒っているのかどうか分からない表情でそれを差し出した。


 私はすぐに酒瓶を傾け、お義父さんのカップに酒を注ぐ。


「息子の嫁さんになるひとにお酌をしてもらうのが夢だったんだ」


 低くてしゃがれた声で、そう言った。


 お義父さんはしばらく無言で酒をあおり、私の方は見ずに窓から外を眺めていた。


「そうか……希美ちゃんも辛かったんだろう。自分から他の男になびいたアイツとは違う。昭久を大切にしてやってくれ」


「お、とう、さん……」


「照れくさいな。だが、悪くない。過ちは、時間をかけて償いなさい。誰に何を言われても、相手のためになることを常に考えて行動すればいい。そうすれば罪はいずれ許されていく」


 起こしてしまった事実は一生消えない。


 では、罪が許されるタイミングとはいつなのか。


 それは、忘れないことであると、彼はいう。


「君は自分のことしか考えていなかった。だから間違えた。だけど、そこに気が付いたからこそ、今ここにいるんだろう?」


「お義父さん……」


「これからも間違えるだろう。失敗もするだろう。だけど、自分のことだけ考えて出て行ったうちの元嫁とは違う。君は、自分が間違えたことに気が付いたんだからな」


「……はいっ……はいっ。ありがとうございます……」


「ちゃんと幸せになりなさい。時々こっちに来て、晩酌に付き合ってくれると嬉しい」


「はいっ、是非」


 まだ許されたわけじゃない。

 私は彼の家族と、自分の家族の全面的な支援のもと、裁判で戦っていくことができた。


 これが罪の清算になっているのか、それはこれからの行動で示していくしかないだろう。

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