14【黒塚菊織】

第45話


   【黒塚菊織くろつかひおり


 ようやく産まれ出る事が出来たんです。

 姉と共に、このまま海を行ける所までいこうと思いました。

 眩しいくらいの朝日は私たちの門出を祝福してくれている様です。

 私たちはうねる海流に身を任せます。

 このまま何処まで行けるかは運命だけが知るのかもしれません。

 それでよいのです。

 ああ、清々しい。

 遮蔽物の無い海の上で、私たちは陽射しの白銀に呑まれてゆく……

 あの日、小さな船でこの大海原へと繰り出した唯さんの様に、私たちも――

 うんと伸びをしていると、背後から男の声に呼び掛けられました。

 けれどもここは海上で、背後に誰が居るはずもありません。

 私はその声の主を狐狸妖怪こりようかいの類とも考えてみたのですが、時刻はまだ日が昇ってすぐでした。こんなに早くから妖怪とは現れるものなのでしょうか。

「海食洞門を利用するとは恐れ入ったね。だけど僕はこの島の事をくまなく調べたと言ったろう? 島の北側へと通じるトンネルは、何もキミの利用した一つだけとは限らない」

 妖怪は尚も気さくに、私に語り掛けてくる様でした。

 なので私は手にした姉と共に振り返りました。

 そこには、手漕ぎの船に立ち尽くした白沢さんがいました。

 どうやら私たちの逃走経路を既に見越していたらしい白沢さんは、虫喰崖に幾つかあるトンネルのどれかに、私たちと同じ様に手漕ぎの船を一隻係留させていた様なのです。そして潮の流れに導かれるままここまで来た。

「驚きました」

 そうは言ってみたが、私はおかしくなってうふふと笑ってしまいました。

「白沢さん、伊邪那美いざなみ信仰とは何なのです。私たちは幼少期からあの崖の洞穴を遊び場にしていましたが、そんなもの何処にもありませんでしたよ」

「団十郎さんの憑き物を落とすにはそう言うしか無かったんだよ」

 長閑な海は落ち着いていて、向こうの海面に魚を咥えて飛び去っていく海鳥が見えました。

 青空を漂うわた雲が一つ、ゆっくりとしています。

「それで、白沢さんは私を連れ戻すのですか?」

 そう聞くと、白沢さんはゆるりと首を横に振りました。

「僕の仕事は謎を解く事だ。裁く事じゃない」

「では何を?」

 純粋にそう問い掛けてみると、すぐに怪奇探偵からの返答がありました。

「キミは?」

 そう問われ、私は思わず息を漏らしました。

 そして嬉しいともなく、悲しいともなく表情に迷いながら、

 蒼穹に上る入道雲を見上げたのです。

「人を呪わば穴二つ……他人を呪えば必ずその報いがあると、白沢さんはそうおっしゃいましたね」

「ああ、キミは呪いを使用した」

「墓穴は二つ。既に満ちています」

「……」

「だから私は自由なのです、白沢せんせい」

 可愛く笑って見せられたでしょうか。

 私は……初めて好きになれた人に向かって。

 ――島へと迫る無数のサイレン……。

 私はただ宛てもなく海原羊水を彷徨う。

 後にはもう、白沢さんは続いて来ませんでした。

 私が嘘をついたのは、まだ少し夢を見ていたかったからでした。

 海を漂いながら胸の内を見下ろす――

 夏の陽気にあてられて、肉はもう崩れ始めていました。

 ――さようなら。

 とはもう、姉は言わなかった。


   了

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胎児の夢 渦目のらりく @riku0924

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