10【織部志野】

第35話

   【織部志野おりべしの


 団十郎よ。

 いつからお前は狂っていた?

 お前がに魅入られたのはいつだ?

 ――しかし、私もまた狂っていたのではないか?

 いつからか信仰に飼い慣らされ、盲目的に全てを享受する様になっていた。全ては神の思し召しであるとの一言に、疑う事さえ不敬であると、信仰を狂信していたのではなかったか。

 あの御神体を目にしたその日から、私の中で絶対的であった信仰に対する疑念が湧き上がってしまったのだ。

 初めは愚かしい事だと思った。

 けれどあの時感じた疑念は日毎に私の内で膨れ上がり、いつまでも立ち退く事も無く、その存在感を増しながら、私の信仰の前に立ち塞がり続けた。

 そして、ある時にふと思ったのだ。

 皮肉にもそれはまるで天啓を得たかの様な感覚でもあった。

 ――私達はずっと何を信仰していたのだ、と。

 私はどうしてしまったのだ。

 私の信じた神は、信仰は何処に消えた?

 まるで長く悪い夢から醒めたかの様だ。

 私は夢の住人だったのだ。目醒めた瞬間に全てが泡沫に消えてしまった。

 団十郎よ。

 とは何だ? とは何だ?

 長く放任していた疑念が、マガツコの姿を目にしたあの日に、私の内で膨れ上がったのだ。


 


 ――あの日、お前は母体と共にこの診療所に転がり込んで来た。

 擬似的な妊娠状態を作り出す定期的なホルモン注射や、妊娠を錯覚させる為の工作については私も一枚噛んでいる。全ては想像妊娠状態にある神聖な母体を用意する為の信仰上の理由である事も理解していた。故に協力した。

 しかし、それを宿とはどういう事だ?

 お前の暗い目に映る狂熱に浮かされ、私もまた冷静な判断を失ってしまっていた……。

 私は考える間も無く、疑う事さえ忘れたまま、母体に全身麻酔を施し、その腹を帝王切開して――込めた。

 これではまるでキメラマウスの実験だ。

 お前は科学者であったあの日と同じ様に、生物実験でもしているのか? 想像妊娠した母体が必要だったのは、信仰上の理由ではなく、お前の目論む実験に必要だったからか?

 お前はいつから信徒達を……この私でさえをも欺いていた?

 お前は神と人間の混合人間を産み落とそうと、そう考えていたのか?

 ……確かに、お前の定義するその神と、人間との遺伝子構成は程近い――否まるで同じものだ。しかし培養した胚を移植するでもなく混合生物が産まれ落ちるのは道理に合わない。お前程の科学者ならば、そんな事など――

 ……違う、違うのか。

 お前はあのマガツコの遺伝子を組み込んだ人間を生み出したいのではなく――その子自身を再び産ませたいのか。

 ああ……そうか、

 やはりお前はあの時に壊れたのだな。

 ならばこれは死者の復活か。

 すなわちそれが神の再誕か。

 もう笑うしかない。馬鹿げている。

 だが、ともすればこれは、お前だけの責任ではなく、この島の民全員の狂信が産み出した悲劇に違いが無いだろう。

 団十郎よ。

 私もお前も同罪だ。

 ならばもう、夢から醒める時では無いか?

 いつから忘れていたのだろう。

 私達は初め、子供達の未来を願っていたのでは無かったか。

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