オレとアイツはコンビになれない

北前 憂

相勤

 いつもより1本早い電車に乗り、彼はいつものルートで出勤していた。

今日から新しい相棒と組まされると聞いているが、出来ればこの間新しく刑事課に来た若い子がいいなと、心のどこかで期待していた。

新人を任されるほどの経験は積んでないが、どうせ辛い毎日なら少しでも楽しみがあった方がいいに決まっている。

いずれにしても、慣れた職場で相手を迎えるには多少なりとも準備は万端にしておくに越したことはない。

変わった事がある時は、とにかく準備に時間をかけろと、尊敬する大先輩に教わった事の一つだ。

自分もいつかあの人のように、どっしり構えて隙の無い刑事になるのが目標だ。

(まあ、鬼とおそれられる程じゃなくてもいいけど)

定年して今頃はのんびり余生を過ごしているであろう元警部を思い出し、須栗は少し微笑んだ。



「おはようございます」

いつもより更に早い出勤に、当直組の先輩刑事は「おう、早いな」と顔を上げた。

現場第一線で定年を迎える事を美徳としている、一番古株の厳しい先輩だ。

…鬼の誰かさんほどではないが。

「なんだ、随分気合い入ってるな。ガサでも入いるのか」

「いえ、そういう訳では無いんですが。今日から新しい相棒を組まされると聞いてるので」

平凡だけど人一倍頑張るタイプの後輩に

「まあほどほどにしとけよ。今の若い子は付いてこれんぞ」

と冷やかしながらコーヒーを淹れる。

「あ、自分がやります」

「いいっていいって。報告あげたら俺も家帰って非番の身だ。ついでにお前のも淹れてやるよ」

あまり上手じゃない先輩のコーヒーを遠慮したかったが、ここは社交辞令で

「あ、すみません。じゃ」

と従う事にした。


この先輩はせっかちだ。

沸騰し始めの「シュワ~」っていう音を自分の中の出来上がりサインにしてしまっている。そのうえ「まぁこのぐらいか」っていうセリフ付きでさっさと注ぎだす。

現場では慎重派なのに不思議な人だ。まぁ、悪い人では無いんだけど。

「おはようございます」

刑事課の紅一点。篠原沙希が出勤してきた。

「おお、お前まで早いな」

「昨日の報告書、ダメ出し食らって戻ってきたんです。さっさと終わらせて提出したいんで」

篠原刑事はついこの間刑事課に配属されたばかり。ここではいわゆる「新人」なわけだが、クールで仕事も出来、その上美人というパーフェクトヒューマンだ。

「お前も飲むか?オレ特製、目覚めの一杯」

「あ、私インスタント苦手なんで」

…あっさり過ぎるのが玉にキズだけど。

上司にもはっきり言える彼女が羨ましくもあり憧れでもある(ちなみに年下)。

「啓太くんも今日早いんだ?」

確かに同僚だけど年上に下の名前で、って…。

嫌いじゃない。

「ああ。今日から新しいペアを組まされるからちょっと準備を…とね」

「仕事熱心だね。体壊さないでよ。人少なくてただでさえ忙しいんだから」

 理路整然に淡々と…。

 いやむしろ、この頼りになる新人をこれから

 僕が教育して、ベストコンビと呼ばれるよう

 になれたら。

「プルップルップルッ!」

内線だ。

「はい刑事課。…須栗ですか?もう出勤してます。…分かりました」

篠原さん(年下なのに敬称)が僕に向き直った。

「啓太くん、署長室まで来てって」


 …きたか。思ったより早かった。やっぱり早

 めに出て来て良かった。


「りよーかい」


返事をしてドアに向かったが、僕だけ?と思った。相手は篠原さんじゃないのか?


とりあえず歩きながら身なりを正して、僕は署長室のドアをノックした。

「失礼します」

一声掛けて、返事がなくても入室するのはこの署の暗黙のルールだ。

「おお、早くにすまんな」

萩野 ´元 ´ 署長が馴染みの顔で僕を迎えてくれた。

定年を迎えても相談役として署内に籍を置いている。

平八さんも居てくれたら心強かったんだけど。

「大丈夫です。本日から新しい人と組むと伺ってたので」

「さすがだな。彼が今日から君の新しい相棒だ」

ソファに腰掛けていた人物がスクッと立ってこちらへ向き直った。

「!!」

「紹介しよう。本庁から本日付けで異動になった、浅間真二くんだ。階級は君と同じ、巡査部長だな」

「浅間です。本日からよろしくお願いします」



取って付けたようなその彼の立ち居振る舞いに、僕は何故だか嫌悪感を抱いた。



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