ユリの花には毒がある
蟻村観月
プロローグ
誰もいない放課後の教室。
唇が触れ合ってるだけだというのに躰が熱く火照る。どうしようもなく興奮している。ずっとこうしていたい。どんなものにも終わりは来る。
終わりは来るだって、なに言ってるんだ、わたし。
閉じていた瞼を開けると長い睫毛に自棄に奇麗なブラウンの瞳が視界に映る。
なにを言うでもなくわたしたちは見詰め合う。
グラウンドから運動部が練習している声が、廊下の向こうから吹奏楽部の演奏がきこえる。部活動に所属していない生徒で居残っているのはわたしと彼女くらい。
わたしと葦雛夕凛がそういう関係にあることを知っているクラスメイトはいない。
傍から見れば、わたしたちは健全な友人関係にあると思い込んでいるにちがいない。
それでいい。そうであってくれないと困る。
誤解はされたくない。
唇が離れる。カーテンが靡いた。微風がふたりしかいない教室に流入する。鮮やかな夕焼けが夏の暑さを一瞬だけ忘れさせてくれる。暑さは瞬時にぶり返す。
恍惚な表情をするでも蠱惑な笑みを湛えるでもなく、ひとつの作業、流れのひとつと捉えたように飄々とした態度にわたしは憤りを覚える。
「ね、もう少しなにか感じたりできないの?」
「たかがキスに興奮するはずがないでしょう? それともなに? 貴女はわたしとしたキスに躰が火照りでもしたの?」二十度ほど首を傾ける。突き放す物言いにはすっかり慣れたけど、流石にキスでなにも感じないと言われると堪える。
傷つきはしない。
でも堪えはする。
物悲しい気持ちになる。
夕凛はしたり顔をうかべ、
「ふぅーん、したんだあ。わたしとキスして熱い気持ちになったんだあ」悪戯な笑みを浮かべ、キスをしてくる。気持ちが籠っていないとわかっているのに、躰は正直。
丹田からマグマがふつふつと湧きあがってくる。
飼い慣らされてしまった。
調教されてしまった。
「わたしに毒されてるのにそんな顔をしちゃだめでしょう」額にでこぴんされる。痛ぁ! と、言うと、夕凛はくつくつと笑い声をあげる。面白がっているようには見えない。時間を潰すのにちょうどいい、都合の良いおもちゃを手にして喜んでいるに過ぎない。
夕凛は暇を持てあましている。
その暇潰しに付き合ってるだけ。
それが女性同士の恋人ごっことはなんて不謹慎だろう。
アイドルファンが推してるアイドルに恋愛感情を抱くのに似ている。
飽くまで幻想。
何処まで行っても妄想。
本気になってしまっては行けない。
悟られても行けない。
わたしが同性愛者であることを。
夕凛には。
況してや、百合には。
以ての外。
知られれば、関係は即座に打ち切られてしまうことは必至。
秘密の関係を続けて行くには、わたしは夕凛に葦雛夕凛に従順になるしかない。
どんなに美しい花にも棘はあるし、毒はある。
一度でも触れてしまえば、命取りとなる。
一度でも触れてしまえば……
ユリの花には毒がある 蟻村観月 @nikka-two-floor
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