壁に耳ありトイレにメアリ

こーの新

壁に耳ありトイレにメアリ


 女の園の代表例といえば、女子高や女子会が思い浮かぶのかしら。けれど、もっと身近にあるでしょう? そう、それこそ女子トイレは女による女のための女だけの日常の花園。


「あー、マジないわ!」


「ほんとそれ! 何アイツ!」


 さて、最初のお客様はこちらの乙女たちです。お友達同士の女子大生二人組。会話の話題は乙女たちと同じ授業を受けている男子学生について。


「あいつマジで調子乗り過ぎ」


「マジそれ。モテないくせに璃々ちゃんの告白断るとかあり得なさすぎるから」


 二人はぐちぐち言いながら個室に入っていきました。個室に入れば静かになる辺り、モラルはまだマシですわ。マナーのない乙女たちであれば個室に入ってもぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。見るに堪えない姿ですもの。


「てかさ、アイツあれだけこっちに気がある態度見せといてなんなの? あんなの誰だって私のこと好きだと思うじゃん!」


 璃々と呼ばれた女子大生は個室から出てくるなり、また文句の嵐。それだけその男に首ったけだったのでしょうね。少々哀れんでしまいますわ。


「あんなの誰だって惚れちゃうって! あんな無自覚垂らしなことしてさ! だから、璃々ちゃんは悪くないんだって!」


 言うことが二転三転していますわよ。さっきはモテないくせに、と言っていたじゃないですか。なんて、こうして言うことが変わっても同調と共感さえできていれば女の世界では生きていけますから。


「あーほんと! なんであんな奴好きになっちゃったんだろ……」


「大丈夫大丈夫! 璃々ちゃん可愛いんだから、アイツじゃなくても良い男いるって!」


「ほんと? そう思う?」


「思う思う! ほんとだもん!」


「ゆいぴマジ好き……」


 これにて女の友情は、守られた、と。男には分かりにくいだろうけど、女はその場しのぎの言葉でも安心してしまうものなのよ。馬鹿な女よね。私もそうだけど。


 手を洗い終わった乙女たちは抱き締め合って慰めてから女子トイレを出て行ったわ。


 それからすぐ、ドアが開きました。今度は女子大生三人組。さっきの二人とは違って静かに入って来ると、三人並んで鏡の前に。三人だけで埋まってしまうような手狭な化粧室だけはどうにかして欲しいところではありますが、私の力ではどうにもなりませんものね。それでも、いつも化粧をする乙女たちですぐに埋まってしまうのは少々通行のお邪魔になるのよね。


「ねー、それ何? めっちゃ可愛いじゃん」


「これ? 今月発売したクリスマスコスメだよ」


「え、超良いじゃん!」


 三人はそれぞれのコスメポーチを覗き込んでわいわい盛り上がりながらメイク直しをしていく。


「あ、それ新しくしたの?」


「そうそう! いままでブラウンだったんだけど、ピンクグレーが出てさ。マジカワだよね」


「それな、超良い」


 メイクがメインなのか会話がメインなのか分からないペースでのんびりとメイクを直していきます。その時、一人がチラッとスマホを見てわわっと声を上げました。


「やばやば、ねえ、もう授業始まるって」


「え、待って、まだ片目しかアイライン引いてないって!」


「片目で行っちゃう?」


 メイクを終えた一人が慌てる片目アイラインの乙女に冗談めかして言うと、片目アイラインの乙女は楽しそうにケラケラ笑う。


「ヤバくない? 目の大きさの左右差」


「可愛い可愛い」


 片目アイラインの乙女がちょけると他の二人は笑いながらメイク道具を片付け始める。片目アイラインの乙女はそれを見てやばいやばいとサッとメイクを済ませて目を瞬かせる。


「おっけ。行こ」


 ガシャッとメイクポーチにメイク道具を詰め込んだ両目アイラインに変身した乙女が二人の友人と共に足早に女子トイレを後にした。


 それから授業のチャイムが鳴って、しばしの静かなひと時。私は自室である個室の中で欠伸をしました。あら、見ないでくれる?


 今日はいつもより騒々しい乙女たちが多かったわね。いつもこうってわけじゃない……とも言えないわね。女子トイレは女の園。女が女子力と女らしさを蓄えるための充電スポット。男の目なんて気にせずにしゃべり倒してストレス発散しないとやっていられないのよ。


 女のトイレは長い、連れションとかキモ、なんて文句を言う男もいるけど、むしろ褒めて欲しいくらいよね。だってここでこまめにストレス発散することであんたたちにぶつけないようにできているんだから。女のトイレ事情に文句を言うなら、そこで発散できなかったストレスの全てを受け止めるサンドバックにでもなりなさい。


 かつての男を思い出して取り乱したわ。ほんっとあの男。聞いてくれる? 聞くわよね? 聞きなさい。


 あれは私が女学生だった頃のお話。私はちょっと良い家の出自だったから、大学校まで通わせてもらったわ。そこで出会ったのがあの男。表面上はとっても優しくて、私と並べば誰もが羨むような美男美女のお金持ちのカップルだったわ。自分で言うのもなんだけどね。


 だけどある日を境に彼は変わったわ。連絡は遅くなるし、上から目線になるし。ほんと、典型的な傲慢モラハラ男だったわ。きっかけになったのは、彼と初めてのキスをした日だったかしら。


「愛していますよ」


 なんて、歯の浮くようなセリフを恥じらいながら言ってやったら、彼はニヤニヤ笑って喜んだわ。私は彼が喜んでくれたからホッとしていたけれど、それが彼をつけ上がらせたみたいね。


 ほんと、あの釣り上げて生け簀に入れたら餌をあげなくなるのってなんなのかしら。友人たちも男なんてそんなものって言っていたけれど、そういうものだと諦めてなんていられないわ。結婚したら一生餌をもらえないままなのよ? ありえないわ。


 まあ、私は結婚前にぽっくりだったけど。


 彼との関係に悶々としていた私は、大学校の教室でぼんやり考え込んでいたの。そこを後ろからグサッと彼に刺されたわ。あの時の痛みは死んでも忘れなかった。傷の痛みだけじゃない。心の痛みも。そして恨みたいのに愛してしまう自分の痛さも。


 そして私が死んだ校舎が建て替えられてこの大学に姿を変えた。どういう因果か教室があった場所が女子トイレになってしまったから、地縛霊の私は手前から三番目のトイレで毎日乙女たちが女の園で見せる自然な姿を堪能させてもらっているわ。


 いつの時代も、乙女たちは恋に美容に忙しいもの。話題に事欠かなくて毎日楽しいわ。なんだか若返る気分。


 その時ドアが開いて一人の乙女が駆け込んできました。授業中にお腹が痛くなったらしい乙女は、一番奥の個室に籠った。一人だと会話がないから寂しいのよね。


 なんて思いながらしばらくボーッとしている間に、また一人、乙女が入ってきたようね。彼女はこの時間に授業がないのかのんびりとしていますわね。個室で用を足して、ひょこひょことあどけない様子でリュックを背負った乙女はのんびりと手を洗って、鏡を覗きながらちょいちょいと前髪を直しているわ。子どもっぽい動きをしていても、乙女は乙女ね。動きの可愛さがダックスフンドのようで可愛らしいわ。


「あれ、篠田」


「あ、みなみん!」


 ダックス乙女が個室から出てきた腹痛乙女を見て声を掛けると、腹痛乙女は嫌なところを見られたと言わんばかりに視線を彷徨わせました。けれどすぐに笑顔を作ってダックス乙女の隣で手を洗い始めました。


「ごめん、授業抜けて来てるから急ぐね! またご飯行こうね!」


 逃げるように去って行く腹痛乙女に、ダックス乙女はひらひらと手を振ります。ほわほわと微笑む天然系乙女なようですね。


「……まただって。行ったことねぇけどな」


 鏡に向かって毒づいたダックス乙女は、ニコッと笑顔を作りました。そしてとてとてと可愛らしい子どもっぽい動きで女子トイレを出ていきました。


 天然系乙女ではなく、思慮深い策士でしたわね。可愛いを作る女たちは、ライバルの女たちすら騙すことで生き抜くの。


それが乙女の心得。乙女が乙女たるスタイリング。


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