空き巣の天使ちゃん

村田和岸

第1話 空き巣の天使ちゃん

「やっぱ実家なんだよなあ」

マサオは独り言にしては大きすぎる独り言を発し、屁をこぎ、大晦日の特番を観ながらゴロゴロしていた。


令和*年大晦日。社会人二年目のマサオは東京郊外の実家へと帰省していた。マサオの両親は妹とともに祖父母の家に先に帰省しており、大晦日に実家に帰ったマサオとは、翌日の正午に祖父母の家で合流することになっていた。


「俺もこの家に住んでたんだよなあ」


マサオの実家は、郊外の高級住宅地にある二階建2LDKの戸建てであり、敷地面積もかなりの家であった。普段六畳一間の冷たい床で過ごすマサオにとっては、実家を独り占めできることはまさに至福のひとときであった。


12時を回り年が明けた。マサオは面倒に感じつつも「初詣くらいは行くべきかな」と重い腰を上げた刹那、猛烈な眠気が彼を襲った。おそらくは帰省の疲労であろうと思いつつ、マサオはそのままソファーへ倒れ込んだ。そのまま珍妙な屁を一発轟かせ、この日は眠りについた。


一月一日、元旦。

マサオは彼の意に反して早く目が覚めた。なんで昼まで眠れないんだと苛立ちつつも眠い目を擦り、よろけるようにして台所まで辿り着いた。コップを手に取り、一杯の水道水を飲む。

その刹那、二階から物音が聞こえた。


ん?なんだ?一瞬聞き間違いかと思ったが、上で何かが動いているような音がする。

息を殺しつつリビングから廊下に出るとに二階に何かがいると確信した。みしりみしりと明らかに生物が上の階で動いている音がする。家の2階はマサオが就職するまで使っていた部屋と妹の部屋とトイレしかない。妹がいる可能性を考えたが、妹は家族と祖父母の家に行っていているはずで、第一妹がいたとしたら昨日出会ったはずだ。泥棒の可能性を考えたマサオは一度部屋に戻り武器として金属製のハンガーを手に取った。


マサオは勇気を出して階段の上を覗き込む。幸い階段の先には誰もいなかった。息を殺し無音を心掛け慎重に一段ずつ階段を登る。幸い上の者はマサオに気付いていないようであった。階段を登りきると恐る恐る踊り場の方を覗いた。

マサオは確信した。

空き巣だ。


全身を黒い衣服でフードを被った人間が踊り場のクローゼットを物色している。マサオの心拍数は最高潮を迎えていた。

このまま取り押さえるべきか。まず警察に連絡するべきか。いや、今この位置から移動すれば流石に気づかれるだろう。犯人は凶器を持っているかもしれない。それに正月早々空き巣に入るやつがどんな奴なのか気になる。正月なんて普通誰かいると思うだろ。

色々な感情が溢れてきたが、とりあえず取り押さえるべきだと決意したマサオは金属製のハンガーを振りかざし、踊り場に躍り出た。

「な、何やってんだあんた!!」

「ひぇっ」

犯人はマサオの予想外の大声に、犯人は大袈裟に狼狽し、尻餅をついた。

ばさっ

反動でフードがめくれた。

刹那、マサオは落雷ほどの衝撃を受けた。


「て、て、、天使、」


黒曜石を彷彿とさせるような艶やかなキューティクル。クリクリとした丸い瞳は少し涙ぐんで凄まじいカラット数を誇っている。若干あどけなさはありつつも鼻筋は通り、唇は薄いがはどこか色気がある。体格は小柄だが、年齢は高校生くらいだろうか。そこにはまさしく絶世の美少女がいた。


彼女はクローゼットから出したであろうゴスロリ風のワンピースを手にしている。

「な、何をしているんですか」マサオは思わず問いかける。

「あ、あ、、あ、、、、、空き巣です」と彼女は答える。

正直に答えるのかよ!と思いつつ、マサオは冷静に場を納めようとした。

「あ、空き巣ですか。。ま、まあ大ごとにはしたくないし、ここは一つけいや、、、、あ!」

目の前には彼女の姿がない。廊下の窓が開いたままになって風が吹き込んでいる。


逃げられた。

マサオは金属製ハンガーを投げ捨て、疾風の如き速度で家を飛び出した。


家を出ると向かいの家の小宮さんが門松を飾り付けしていた。

「あけましておめでとうございます。うちの家から超絶美少女が走ってきたの見ませんでしたか?」

「あけましておめでとう。あの子なら山手呉服店の方に行ったよ」

「ありがとうございます!」

マサオは小宮さんの「彼女かい?」という問いかけを半ば無視しつつ、山手呉服店のある北に向かって走って行った。


山手呉服店は街の小中学校の制服をとり扱う小さな老舗の呉服店である。文字の煤けたオーニングのついた一階が呉服店、二階が居住スペースとなっていて、昔懐かしい雰囲気が漂っている。今日は流石に休みではあったが、家主かつマサオの同級生の父親でもあった山手制蔵が店の前で一服していた。

「お久しぶりです。あと、明けましておめでとうございます。うちの方からこの辺に超絶美少女が走ってきませんでしたか?」

山手制蔵はしわくちゃの顔面にさらにシワを寄せ満面の笑みで答えた。

「ああ、あの子な。さっき中学の制服買っていったぞ」

話によると、彼女は神妙な面持ちで制服が欲しいと言ってきたので、制蔵は定休日だからと一度断ろうとしたが、あまりの彼女の美しさに心打たれ、制服を一セットあげたらしい。

買ってねえじゃねえかと思いつつもマサオは問う。

「今はどこに行きました?」

「多分初詣じゃないか?」


マサオの住む街には大きな神社がある。年末年始になるとほぼ街の全ての人がこの神社にお参りに来る。しかも、都心からすぐ流鏑馬が見られる神社としてここ数年で人気が出ていることもあり、今年の来場者は例年以上と予想された。


まずい。神社に紛れられたらもう分からない。

マサオは山手制蔵の「なんだ、彼女か?」の問いを半ば無視しつつ、神社を目指し走る。


神社は小高い丘に建っており、長い階段がある。マサオは流石に疲労しつつもなんとか登り切った。境内に入ると多くの初詣客が賽銭箱に長い列を作っている。時刻はすでに10時を回っていた。マサオは祖父母の家で家族と12時には合流しなければならない。もうそろそろ見つけられなければ、間に合わない。様々な感情が入り乱れ、マサオは焦っていた。


「おい」

矢先、声をかけられた。

そこには山手ノブオがいた。山手制蔵の息子でマサオの小・中の同級生である。

「あけおめ。お前超絶美少女見なかった?」

「おっす。ああみたよ、本堂の裏あたりにいたと思うぞ。ていうか超絶美少女ってお前、恋愛シュミレーションゲームかよっ!」「そんでお前いつ帰ったんだよ、連絡くらいしろよっ!このウスラハゲ!」

そうだった。こいつはクソつまらない男だった。ノブオは昔から訳の分からないことを言って毎度クラスを冷ましていた。連絡なんかするわけがない。


マサオは「だまれ」とノブオに花向けの言葉を送り、本堂の裏側を目指し歩いた。


本堂の裏に辿り着くと彼女が古びた木製ベンチで一息ついていた。マサオの中学校の制服を着ている。

こちらに気がつくと「ええ!なんでバレたの!?中学生に変装してたのに!」と彼女はマサオを見るなり大袈裟に狼狽した。

彼女は目に涙を浮かべ、頬が桃色に紅潮している。

彼女は全てを諦めて「もうしませんからあ」と泣きついてきた。

マサオはあまりに可愛すぎる泣き顔に一瞬怯んだが、まず犯行の動機について問いかけた。

「なんでこんなことしたの?」


彼女は全てを正直に話し始めた。

「私空き巣犯罪グループのオサの一人娘なんです。本当はこんなことしたくなかったけど、お父さんに空き巣ぐらいそろそろ一人でできるようになれって言われてやってしまいました、、」

どんな家庭だよ!と思いつつ続けて問う。

「なんでそのワンピースを取ったの?」

「金目のものを取ってこいって言われたんですけど分からなくって」

彼女は「私たち逮捕されちゃいますよね」「ごめんなさい」「なんでもしますからあ」とまた泣き出してしまった。


マサオは眉間に皺を寄せ涙を流した。なんてことだ。普通タンス預金とか結婚指輪とか狙うだろ、、しかもよりによって正月に決行するなんて、、本当に空き巣なんてやりたくなかったのだろう、、マサオは彼女の犯行の詰めの甘さを憂いながらも、彼女に同情した。

そこで、マサオは彼女にある提案を持ちかけることにした。


「わかりました。警察には通報しません。その代わり一つ契約をしませんか?」

「け、契約? な、何をすれば良いですか?」

「そんなに難しいことじゃないんですよ!ただ、一つやって欲しいことがあって」

マサオは急に不敵な笑みを浮かべた。


「実はそのゴスロリのワンピース僕のものなんですよね。」


「え?」

「それを着て踊って欲しいんです」

「はえ??」

「あっ、全然契約しなくても良いですよ?その場合は通報せざるを得ないのですが、、」

「えっ?、、ちょっと待って、ど、どういうこと??」

「その、、つまり、、、、、、、、、、、、癖なんです//」

「昔、ネットでこのワンピースを見つけ一目惚れして買ったんです。でも自分で着るわけにもいかないし、、そのままこのワンピースは実家のクローゼットで眠っていました。でも僕は諦めきれず、これを着て踊ってくれる娘をずっと探していました。そんなときあなたが目の前に現れた。」


「これは運命だと思いませんか?」





これが後の世で大ブレイクすることとなる、名プロデューサー路里田 正男氏による国民的ソロアイドルユニット「AKS」(アキス)の誕生秘話である。

「AKS」唯一のメンバーかつ、不動のセンターとなった彼女が「天使ちゃん」という名を授かり芸能界で大躍進するのはまだ先の話である。

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空き巣の天使ちゃん 村田和岸 @wagan_boat

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