遺された者たちへ②

才園寺さいおんじ一家にはもう一人、ハルキという家族がいたが先月亡くなったと語る羊谷ひつじたに。アヤはハルキのことを含め、才園寺の家族について話を続けてもらうことにした。



羊谷「ハルキ様は末のご子息で、まだ11歳でした。しかし油絵に関して特筆した才能を持っており、子供ながらに腕前はプロ級。いや、プロをはるかに上回っていました。このまま絵を描き続けていたら歴史に名を残す画家になると誰もが確信する作品を次々に生み出していたのです。才園寺の家は代々芸術一家で、家族が作る芸術品により財を成してきましたから、ハルキ様のような才能を持つ子が生まれるのもうなずけます」


アヤ「じゃあこの屋敷も才園寺の家族が芸術品を売って建てたってことですか?」


羊谷「私が生まれるよりも前からある屋敷なので詳しくはわかりませんが、おそらくそうでしょう。しかし芸術の才能は、身体的な特徴などのように遺伝するものではありません。ゲンノシン様、その子供であるタカヒロ様とユキ様は、芸術の方面で才能を発揮できなかった。才園寺の家に嫁いできたカヲル様も画家でしたが、専業で食べていけるほどの収入はなかったと聞いています。ゲンノシン様の代からは、先代の遺産を食い潰すような生活が続いていたのです」


アヤ「ヒモか……あっ、すみませんつい」


羊谷「お気になさらず。ご本人たちは聞いていませんから。そんな生活の中で生まれたハルキ様は、没落しつつあった才園寺家を建て直す救世主。今も才園寺家が続いているのは、ハルキ様の描いた油絵が高額で取引されているからなのです」


アヤ「もう言葉を慎まずに言いますけど、家族全員、末っ子におんぶに抱っこだったってわけですね」


羊谷「ご家族だけではありません。私たち使用人の給料も、すべてハルキ様の油絵を売ったお金で賄われていました。このままでは私たちも直に職を失うでしょう。ハルキ様が描かれた絵のストックは屋敷内にまだありますが、使用人は金銭が発生する取引を無断で行うことは許されておりません。ご家族が倒れている状況で勝手に絵を売買することも当然できず……」



アヤはテーブルに置いたティーカップの中の紅茶に視線を落とす。



アヤ「この家にとってそこまで重要だったハルキくんがどうして?」


羊谷「自殺です」


アヤ「自殺?なぜ?」


羊谷「ハルキ様は母のカヲル様によって虐待に近い教育を施されていました。屋敷の自室に軟禁された状態で学校にもほとんど行かず、寝る間もなくひたすら油絵を描き続けていたのです。ある日、絵画の前で自らの心臓にカッターナイフを突き刺して死んでいるハルキ様を、カヲル様が発見しました……」


アヤ「……そんな」


羊谷「こうなる前に、私たちがカヲル様を止めなければならなかった……しかし使用人という立場上そうもいきませんでしたし、私たちもハルキ様の絵画が生み出すお金に依存していた……だから黙認していました。私たちはハルキ様を、お金を稼ぐ道具としてしか考えていなかったのです……本当に申し訳ないことをしました……」



両目に涙をにじませる羊谷。アヤはティーカップに残った紅茶を全て飲み干し、カップをテーブルに戻した。



アヤ「お話ありがとうございます。使用人の方々への聞き込みの前に、確認したいことがあります。ハルキくんが描いた絵を見せてもらえますか?死んだとき彼の目の前にあった絵も含め、この屋敷にあるもの全て」



羊谷は指で両目の涙を拭う。



羊谷「……かしこまりました。しかしそれが、本件の解決につながるのでしょうか?」


アヤ「私の憶測に過ぎませんが……才園寺のご家族が一斉に体調不良を起こした原因はハルキくんかもしれません。カヲルさんたちはほぼ間違いなく『降霊』と『憑依』の儀式にかけられている。儀式を成功させるには強い怨念が必要です。ハルキくんがこれまでに受けてきた教育の報復として家族を呪った……そう考えられなくもない」


羊谷「ハルキ様が呪いの儀式を……?」


アヤ「もし私の憶測が正しければ、ハルキくんは自分の死後も呪いが継続するよう、何かしら形として残る儀式を行った可能性が高い。彼が遺したものに儀式の痕跡があるかもしれません」


羊谷「わ、わかりました。ハルキ様のお部屋へご案内いたします」



羊谷が立ち上がった直後、応接間の扉が開いた。外から入ってきたのは、白いバスローブを着た初老の女性。胸元まである長い茶髪は至る所に寝癖ができており、寝起きだというのは明らか。顔面蒼白で息を切らし、扉にもたれかかるように立っている。



羊谷「カヲル様……」


カヲル「ハルキの……あの子の絵は誰にも触らせない……絶対に……」

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