遺された者たちへ

遺された者たちへ①

アヤはとある屋敷の応接間にある茶色い革製のソファに座っていた。背後の扉を開け、タキシードを着た白髪頭の老爺が入ってくる。その手には銀色のトレーに乗せたティーカップが1つ。老爺はティーカップをアヤの目の前のローテーブルに置くと、向かい側のソファに腰掛けた。トレーをテーブルに置き、コホンと咳をする。



老爺「遠路はるばるありがとうございます。私はこのお屋敷で使用人をしております、羊谷ひつじたにです」


アヤ「真里孔マリアナ大学文学部2年のアヤです。遅念ちねん先生は私用があって来られず、申し訳ありません。代理として私が対応させていただきます」


羊谷「そうですか。いろいろとお手数をおかけするかもしれません。本来ならこの応接間も主人の許可がなければ使ってはいけない部屋でして……今は非常事態ということで無断で使用しております」


アヤ「……改めてご依頼内容を伺えますでしょうか?遅念先生からある程度聞いてはいるのですが、羊谷さんに直接お話しいただいたほうが認識の齟齬が生まれにくいと思うので」



背筋を伸ばす羊谷。



羊谷「このお屋敷には才園寺さいおんじという一家が暮らしております。当主はゲンノシン様という方で、奥様・カヲル様とお子様が3人の5人家族。この一家に加え、私を含む使用人が11人住み込みで働いているのです」


アヤ「はぁ……漫画でしか見たことがない超大富豪の屋敷って感じですね」


羊谷「異変が起きたのは2週間ほど前。ゲンノシン様を皮切りに才園寺一家全員が体調不良により倒れまして。今も寝たきりの状態が続いています。いや正確には、ゲンノシン様は4日前に亡くなりました。高齢だったゲンノシン様の体は激しい衰弱に耐えられなかったのです」


アヤ「……原因は?」


羊谷「医者に診てもらいましたが、わかっておりません。カヲル様も、お子様のタカヒロ様とユキ様もいつまで保つか……」



ティーカップを口に近づけ中の紅茶をすすり、テーブルに戻すアヤ。原因不明の心身不良は悪霊が取り憑いたことで起きる典型的な症状。誰かが才園寺一家に対して『降霊』と『憑依』の儀式を行った可能性が高い。



アヤ「使用人の方々に体調の変化は?」


羊谷「私含め全員、これといった変化はありません」



同じ屋敷に住んでいる使用人たちに何の症状も見られないことから、アヤはウイルス性の流行病である可能性は低いと推察。その一方で、使用人の中に『降霊』と『憑依』の儀式を行った人間がいるという可能性が頭の中に浮かび上がる。


屋敷に住みながら働いている使用人たちは、ほぼ毎日のように才園寺一家と顔を合わせているはず。不満に感じることもあるだろうし、雇用主と雇われ人という立場から理不尽な要求をされることもあったかもしれない。次第に負の感情が強くなり、儀式を行うに至った。この推理がアヤとしてはしっくりきた。


しかし全て根拠のない決めつけな上、アヤが依頼されたのは才園寺一家の症状の原因を突き止めることであり、犯人捜しではない。「誰が儀式をやったのか」についてアヤが推理する必要はないのだが、大きな屋敷で謎の症状に悩む家族というシチュエーションが、アヤの「推理欲」を刺激する。


アニメや漫画が大好物のアヤは、当然探偵モノの作品にも数多く触れてきた。いま自分が依頼されている憑依事案は探偵モノの主人公が直面する問題そのもの。どうしても「犯人を見つけて事件をズバッと解決したい」という気持ちが芽生えてしまう。


アヤの思考は「才園寺一家はどういった儀式で呪われたか」ではなく、完全に「犯人は誰か」に向いていた。



アヤ「羊谷さん、使用人の皆さん1人ずつとお話しさせてください。できれば才園寺のご家族の方々とも」


羊谷「かしこまりました。カヲル様、タカヒロ様、ユキ様は先ほどお休みになったばかりですので、先に使用人からお願いいたします」



羊谷の話を聞き、アヤは違和感を覚えた。



アヤ「……聞き間違いでしたらすみません。才園寺さんのご家族は5人とおっしゃってましたよね?ゲンノシンさんが亡くなったのなら、カヲルさん、タカヒロさん、ユキさん以外にもう1人いらっしゃるのでは?」



羊谷はうつむき、数秒黙り込んだ後に口を開く。



羊谷「ええ。もう1人、ハルキ様というご家族がいましたが、先月亡くなっております」

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