船内にて

「なんだか落ち着かないんだが……」


「丈はぴったりね。少し地味だけど、まあいいわ」


 アラクネとの戦闘でボロボロになった衣服はフタバの眠っている間に捨てられおり、代わりに用意されたモノをユーリに半ば強引に着させられていた。


 少し胸元の開いた薄手のガンビスンに腕にはレザーのガントレット。指先は露出しており、脚には膝までのブーツと、太腿に巻きつけられたポーチやホルスターが厨二心をくすぐる造形だ。


「アニメの世界みたいだっ……!」


「—アニメ?」


「んーっと、めちゃくちゃ気に入ってるってことだよ!」


「そう?ならよかったわ」


 相変わらずの淡白な返答にペースを乱されるも、フタバは興奮を隠さずにいた。

 現実世界でこんな格好をしていては白い目で見られるか,最悪職質を受けることになるのが、この世界からしてみればごく当たり前の服装なのである。

 それどころか、ユーリの青い紋様の描かれたチャイナ風のワンピースに比べれば、フタバの格好は地味に見られてしまう。


 医務室の鏡に映る自分を色々な角度で楽しんでいると、鉄製の扉が鈍い音を上げながらノックされる。

 そちらを見やると、開けっぱなしになっていた扉に凭れ掛かる灰を被ったような目つきの悪い男がこちらを威圧的に視線を送っていた。


「随分と馴染んでるじゃねぇか」


 冷たい声色で声をかける男もこの船のメンバーなのだろうか。しかし、フタバに送られてくる視線を見る限り、この男が好意的に見ていないのは確かである。刺すよな視線から逃れるべくユーリの方へと見やる。


「この人はアックス。この船のリーダーよ」


 終わった。その一言に尽きる事実である。

 ひょんなことからこの船に居る身だが、ここのリーダーが確実に自分のことを嫌っているなど肩身が狭いにもほどがある。というか、いつまでこの船に置いてもらえるのだろうか。

 まだ異世界に慣れてない身としては、屋根のある場所を住まわせてもらっているのはかなりのアドバンテージだ。何としてでもこの船に置てもらわないと、家無しニートの出来上がりである。

 ――ここは一つ、媚びを売ることにしよう。フタバなアックスの全身を舐めるように観察する。


「素敵なヘアスタイルですね」


「寝癖だ」


「素敵な服装ですね」


「前に居た軍の団服だ」


「……すっ、素敵な船ですよね」


「軍から奪ったものだ」


 よし、この船から降りよう。フタバの渾身の褒め言葉はものの見事に弾かれてしまい、何一つ響くことはなかった。

 この船の人たちは割とドライな人間が多い気がする。ユーリしかり、先ほどのレインという

 医者もどこか壁があるような人物であった。目の前のアックスも例外ではない、というか他の二人より群を抜いてドライである。


「とりあえず着いて来い」


「えっ?ちょ、ちょっと……」


 こちらの返答を待たずして,アックスは部屋に後にする。ユーリは静かに頷き、黙って言うことを聞けと言わんばかりに促してきた。ここまで気乗りしない誘いは初めてである。バイトの初日の方がまだ楽しさはあったかもしれない。


 重たい足取りでアックスの後に着いて行く。長い廊下を進むと、少し開けた格納庫のような場所に出る。

 壁面に沿って刻まれた魔法陣が淡い青紫の光を放ち、内部を照らしている。二輪バイクが数台に一人乗りのような飛空挺。壁際には整備用の工具棚や部品箱が無造作に積まれており、油と金属のにおいが濃く漂っていた。


 アックスは格納庫に着くなり,こちらを振り向きキッと睨みつける。


「お前、何者だ?」


「何者って言われても……ニート?」


「ニート?知らんな、帝国の手下か?」


 帝国。たしかユーリの種族と大規模な戦争を繰り広げた人族の最大派閥と呼ばれる国家。

 魔法と工学を合わせた”魔工学”でこの世界—イシュタルを代表する種族に押し上げた。そのきっかけでもある帝国はユーリたちを即捕縛対象、指名手配団体として行方を追っているらしい。


 そんな帝国と間違えられているのかといい迷惑だと言わんばかりにフタバは理解した。


「俺はここの世界の人間じゃない」


「たしかユーリの奴がそんなこと言ってたな」


「それなら話が早い。なんとか元の世界に戻るま……」


「そんな変な奴は俺の船に置いておけない。次の街でお前は降りろ」


「へっ?」


 アックスは冷たくそれだけ言い残し、踵を返して格納庫を出て行った。広い空間にアックスの無情な乾いた足音が響き渡る。

 この世界で基盤が出来るまでこの船にお世話になろうと思っていたフタバであったが、そう簡単にいかないらしい。

 こちらでも拠り所がなくなった。どうにもフタバは昔からあの手の類に嫌われやすい性質を持っていた。何が原因か分からないのだから、余計にタチが悪い。


「—最悪だ」


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