ケシュカムを知りて、ホシを知らず

阿村 顕

第1話

 色を失い始めたのは、お昼時のことだった。

 白んだ空に浮かぶ青みがかった小さな丸に『見られている』、そう漠然と思ったのはもうずいぶん前のこと。どこにいても何をしていても常に視線を感じる。にも関わらず、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、その視線の心地よさに酔いしれている自分がいた。

 見つめ返そうと空を見上げる。滑らかな海の青に覆われたホシの肌が目から私の中へ侵入して胸の奥底にじんわり、温かいものを広げていく。

 そのなんとも堪らない感覚は、ほんの一瞬で私を狂わせた。みんなと賑やかに食事を摂っている時も一人で黙々と業務を片付けている時も、ふと意識を飛ばすと空ばかり眺めるようになっていた。

 毎日毎日気がつけば、目で追っている。これが執着ではなく愛であることを願って、私はホシを追い続ける。

 そして、―私は、気が付いてしまった。いや、―気が付けてしまった。

 あの温かなホシの視線が曇り出していることに。 


「いやー。同期が結婚って。めでたい。…めちゃくちゃめでたいんだけど、自分より年下だとなんていうかさ、漠然とした不安ってやつ。感じちゃうよね…。あっ、てかさ、ヨモッチャン結婚式するんだってね」

 明るい声が、私の思考に侵入してきた。仕方なく空から目を離し、声のする方に視線を移すとふわふわの栗毛が、サクラさんの動きに合わせて弾んでいた。光を集めて煌めく黒目が私を捉えている。

 彼女が同棲を始めたと嬉しそうに語ってから、もう随分と経った。―経ってしまった。将来の話題になるたび、その人生設計に結婚・出産・育児を余すところなく詰め込んでいた彼女が他人の結婚を祝うのは、もう何度目だろう。同期会で毎度披露されていた人生計画は、彼女が予定していた結婚年齢を超えたあたりから、一切話題に上がらなくなってしまった。

「同期では多分私が一番先かな」と語っていた結婚を年上のカガミさんだけでなくヨモギにまで先を越されたからなのか、久々にそんな発言をしたサクラさんにどう返したらよいのか皆目見当もつかない。頭を隅から隅までかき回しても私の脳みその中に気の利いた返答は見当たらなかった。

「へー。色んな様式があるんでしたよね? もしかしたらあれ、着たりするんですかね? 全身真っ白の。―着物?」

 下手なことを言いたくなかったので前半の話題をさらっと流し、結婚式に食いついてみる。しかし、私は結婚式に参加したこともなければ、まして開催したこともない。聞きかじった程度の知識で試みた返答は、疑問形がちりばめられた判然としないものとなってしまった。会話として成り立つのか、そんな不安に押しつぶされそうになっていた私へ、サクラさんの頭の上から回答が降ってきた。

「白無垢」

 はっと顔をあげると、真顔のカガミさんと目が合う。

「そう! それです!」

 思わぬ助け舟と正しい固有名詞が、欠けていた部分のもやもやにがっちりとハマった爽快感で自然と声のトーンが上がる。そんなテンション高い相槌にカガミさんは真顔のまま、こくんと縦に首を振った。彼女の他者より長い首が振り子のように揺れる。

「白無垢かー。ありえるね。ヨモッチャン好きだもんね、日本文化。…もしかして、もしかするとさ。あれ。毛をこうさ、ぎゅって。…なんだっけ?」

 そう言いながらサクラさんが、カガミさんの頬の黒子をぐりぐりし出した。そんなちょっかいにも屈せず、カガミさんは真顔のまま

「日本髪」

と答え、いつもより若干満足げな顔でサクラさんを見上げている。…気がした。

「そう、それ! 流石だねー。物知り!」

 屈託のない笑顔でサクラさんがカガミさんを褒めている。「やはり一枚上手だな」なんてその明るさに感心し、その場の空気に安堵した。そして私は再び空へと視線を戻す。

 青く美しい丸の中に、爪先くらいの影ができている。…その光景を見ていると、私の心にえもいわれぬ不安が押し寄せる。

 喉の奥がつんと痛んで、なんだか泣いてしまいたくなるほど愛しい。

 心地よい温かさを感じていた胸が張り裂けそうに苦しい。

 けれども、見るのをやめられない。

 辛い。苦しい。もう辞めてしまいたい。

 けれども惹かれる。

 そしてなによりも、この不条理すら愛おしい。そう悦に浸っている自分が、どこかにいる。そのことが堪らなく悲しかった。

「地球最後の日がきたら、どう過ごしますか?」

 空から目を逸らさず、彼女達にそんな疑問を投げかける。

「えっ? 杏子はいつも唐突だね」

 サクラさんの困ったような、もしくは飽きれているような声が聞こえる。

「てか、何その質問。別にいつもと同じでしょ。それよりもヨモッチャンの結婚祝い、どうする?」

 明朗な声でそう言ってのけた彼女にとって、地球滅亡なんて遠い話より同期の結婚祝いの方が大切であることは当たり前だ。確かにまだ起こってもいない地球滅亡より、既に籍を入れたヨモギのお祝いを考える方が先決である。そう思い直した私は、空から目を離す。

「結婚祝いですから、マツカワさんも使えるもののほうがいいですよね」

「確かにね。でもうちらはあくまでヨモッチャンの同期としてのお祝いだから、主に使用するのはヨモッチャンであって欲しくない?」

 ヨモギの結婚相手であるマツカワさんとは、全くと言っていいほど関わりがない。ヨモギと職場内恋愛に発展した時、初めて名前がマツカワであることを認識したくらいには存じ上げない存在だった。

 彼について知っている事といえば、サクラさんとカガミさんが『優しいよね』『優しい』の一言で片付け、それ以上会話が広がらなかったこととヨモギが言っていた『なんかストライプ柄が好きなのか、色んな種類のストライプのもの持ってるんだよね。こう、クローゼットにずらっと並んでて、デートの時いつも全身ストライプなの』ということくらいだった。

 そのため正直言うと同じ職場と言えど、ほぼ他人である彼に予算を割きたくない。先ほどの私の発言はあくまで体裁であり、『メインはヨモギ』と言い直したサクラさんもきっと同じことを考えているに違いなかった。つまり、ペアの茶碗や箸なんかはヨモギの取り分が半分になってしまうからやめようねというのを暗に示しているのだ。

「一人五千でしたっけ?」

「そう、だから一万五千以内でなにかいいもの…。うーん」

 唸るサクラさんの隣で私も眉間に皴を寄せる。無難に金券―。は流石に味気無さ過ぎるか。カタログギフトってどうだろう? うーん、考えるのを放棄した手抜き感があるのかな。

「ドライヤー」

 うんうんと唸り続けていた私達の耳に、クールな響きを持ったカガミさんの言葉が滑り込んでくる。

「カガミ、よく知ってんね?! ウチは勿論使ってるよ~。あっ、それも日本製のやつ! 結構いいんだよねー。でもヨモッチャン、ウチより更に毛量多めじゃん。そうなると風圧高いのの方がいいと思うから、多分一万五千で買えるやつだとちょっとってなるかも。少なくとも三万くらいするやつじゃないと満足できないんじゃね?」

「じゃあ、一人一万にします?」

「でもなー。カガミの時、一人五千だったし。それはちょっと」

 確かに、以前貰った人と値段に変動があったら不平等だ。しかもその本人も参加する結婚祝いときた。値段の変動が不可能となると毛量事情に詳しくない私には、ドライヤーに対する意見はない。一万五千以内で何か…。何かいいお祝いの品…。

 振り出しに戻り再び唸り始めようとした矢先、またもやクールな響きをもったカガミさんの一言が飛んできた。

「カシュケム」

 かしゅ、け、む? 全く耳馴染みのない言葉に、私の脳みそは音として認識するのがやっとだ。予測変換機能が作動せず、一体どういう字だろうなんて思っているとバチンッ―。隣のサクラさんからはじける様な音が聞こえた。

「―っ。めっちゃいいじゃん! さすがカガミ!」

 そう言ってサクラさんが、カガミさんの頬の黒子を先ほどにましてぐりぐりとこねくり回す。表情の変化に乏しいいカガミさんの顎が少しだけ満足気に上を向いた。

「うわっ。何で思いつかなかったんだろう…。マジで盲点だったよ。でも、めっちゃいいね。私が結婚祝いで貰ってもめっちゃ嬉しいし、センスあるーって思うもん。えっ、てかさ。私の結婚祝いもカシュケムにしてよ。ねっ。お願い! ねっ! ねっ!」

 「ねーねー」と言いながらサクラさんがカガミさんを揺すっている。ぐわんぐわんと円を描くように揺れるカガミさんの顔はご満悦で、この状況がまんざらでもない様子だった。

「あのっ」

 堪らず声を漏らす。するとカガミさんを揺さぶり続けるサクラさんが、明るい口調で「なにー?」と返事をしてくれた。

「かしゅ、けむ? って一体―」

 何ですか? そう言葉を続けようとした瞬間。ぞわり―。

 毛が逆立つような、―妙な感覚に襲われる。

 恐る恐る顔を上げると先ほどまで大きく揺さぶり揺さぶられていた彼女達がぴたりと止まって、じっとこちらを見つめていた。


 ―真っ黒な双眸が二つ、見開かれてこちらを見ている。


 光を通さない漆黒は、まるでそこだけこの次元とは別次元から来ているかのように世界から浮いており、彼女達を通して何かに監視されている。そう、思ってしまった。

「…いくら位のものが、結婚祝いだと。…いいんでしょうか?」

 身の危険を感じ、咄嗟に言葉を紡いだが、果たしてこれは合っているのだろうか? 結婚祝い=物と決めつけてしまったが儀式や行事みたいな形のないものなのかも―? いや、その場合もモノと表すから大丈夫か。というか、値段に幅があるものではなく、相場が決まっているのだったら? 「度忘れしちゃって、てへっ」で通せるのか? 

 彼女達の反応を待つほんのわずかな時間に、永遠を感じてしまう。

 多くの思考が入り混じる。激しい不安やら焦りやらが己の心臓を急かし、身体を打ち破ろうとさせる。収拾不可となり停止してしまった脳みそに心臓の嫌味を止めて欲しい、そう願うと「死にたい」の一言だけで脳内を埋め尽くすようになってしまった。

 もうどうしようもなくなった私は、固唾を飲んで彼女達の次の言葉を待つ。

 彼女達はと言うと真っ黒な双眸を向かい合わせた後、ケタケタ、愉しそうに舌を鳴らした。そして再び私を見つめたその瞳にはきらきら、光の粒が煌めいていた。

「んー。どうなんだろうね。結婚祝いでって考えたことないなー。まあ、予算一万五千なんだし、上限いっぱいでいいんじゃない?」

「賛成」

 いつも通りの快活な声でさくさくと意見を言うサクラさんに、これまたいつも通りの簡潔で短い回答をカガミさんが返している。

「てかさ、最近おすすめのサイト聞いたんだよねー。いい機会だし、ウチ頼んどくよ! あれ? 杏子、もしかして店頭派?」

 急に飛んできた質問へビビり、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「―へっ? いや、そういう訳じゃ…。っというか、なにからなにまでやってもらって、その、申し訳ないっていうか…」

 しどろもどろになりながらなんとか言葉を発しながら、ちらりと彼女達の表情を窺うととても驚いた顔で見られた。何かまずいことを言ってしまったのかと背筋に緊張が走った矢先、サクラさんが私目掛けて倒れ込んでくる。

 押し倒されないよう力一杯踏ん張る体勢に入った私をサクラさんはなんと―、包み込んだ。

「えっ、いつからそんな気が使えるようになったの? 杏子も成長したってこと…? なんか、感慨深いね。ねっ、カガミ」

「偉い」

 そう言って、サクラさんに抱きしめられた私をポンポンとカガミさんが撫でる。そして驚きのあまり硬直したままの私の耳元で、サクラさんは話を進め出している。

「マジで使ってみたかったサイトだから、ウチ的にも注文できてラッキーって感じなんだよねー。ガチで気にしないで。いやー、お祝いの品決まってよかったー。じゃまた届いた時声かけるねー」

 サクラさん越しに見たあのホシはいつも通りの青なのに、いつもと違って燃えているみたいだ。

「あのっ」

 どくどくと脈打つ心臓が痛い。この痛みは不安によって生み出された危険を知らせる警告なのか。好奇心からくる胸の高鳴りなのか。―はたまた、その両方か。

「もしよかったら―」

 胸が苦しい。この動悸はストレスからくるものなのか。それとも愛か。―はたまた、その両方か。

「わたしにも、そのサイト…。教えてください」

 精一杯の作り笑いを、サクラさんの顔の目の前で浮かべる。

 ―そうするとちょうどわたしの顔が、ホシから見えない。そう思った。

 彼女を壁にして、私は欲望を叶えるためだけの笑顔を浮かべる。

 ―だって、ホシだけにはこんな私を見られたくないから。

『ホシにかかる影が大きくなった』

 見られていないし、見ていないはずなのに。

 なぜだかそんな確信があった―。

 『水の惑星―。地球。

 現在確認できている太陽系の中で、唯一、液体の水に覆われた惑星。

 地球の豊かな生命は、海によって育まれ、海によって守られている。

 母なる海が地球に存在する、その理由とは―』

 四角いボードから流れる映像をボーっと、眺める。

 代わる代わる映る美しい映像の数々を無心で見送っていると、心が凪いでいくのが分かる。

 ぐっと身体に力を込めて、ひとつ伸びをする。このままとろんとしてきた目を閉じて、溶けるように眠るのはさぞ気持ちがいいだろう。しかし、せっかくの休みだ。寝て過ごすだけでは少々物足りない気もする。

 そんなことを考えながら、ひとつ大きなあくびが出る。本能は、睡眠に貪欲だ。この前の休みだって結局睡魔に負け、やる気を布団に食われた私は一日中寝て過ごしてしまった。

 今回こそは! そう頭では思っているのに。溶け始めた体が下へ下へと意識を連れ去ろうとする。既に起き上がるのが億劫になった身体に、抗う思考がじわじわと眠りに侵食される。

 こんなことなら睡眠なんて知りたくなかったと思う自分と、こんなに気持ちの良い感覚を知らずに生きていくくらいなら今日死んでもいいと考える自分の両方が存在し、取っ組み合いの喧嘩を始めているみたいだ。

 この勝負の行く末を他人事のように眺め出した私の思考へ、突如としてある声が聞こえてきた。

『カシュケム』

 つい先程まで、眠りへ傾いた意志が意識を手放そうと微睡んでいたにも関わらず、脳みその中で繰り返されるその言葉が引っ掛かり、だんだんと私の意識を覚醒させる。眠ってしまおう、眠ってしまいたい。そんな風に強く目を閉じる、しかし、違和感の広がった脳内は睡眠の気持ちよさに、もう集中させてはくれなかった。

 睡眠を願い始めてしまってから、なかなか寝付けなくなることは経験則で知っている。それどころか、このまま意識がある状態で目を閉じていると思考しなくて良いことまで考えが及んで、どうにもならない不安に襲われることすら把握済みである。

 何度か寝返りを打った後、勢いよく起き上がる。こういうときは不安に飲み込まれる前に起きるに限る。それにしても―。

 『カシュケム』とは一体何なのだろう? 

 サクラさんとカガミさんのさも当然しているだろうという、いや、知ってて当然。…むしろ知らないということが罪であるというようなあの態度は、一体何だったのだろう。

 どちらも無知を咎めるような嫌味な方たちではないはずなのに…。どうしたというのだろう。

 それにあの真っ黒な目―。

 …なんだか異常な雰囲気だった。

 ヨモギの結婚祝いが「カシュケム」に決定してから今まで何度か思い出し、何度も「調べてみよう」と考えては、―考えるだけ。気が付くと最近手に入れたアメリカ製のスマホを手にとり、意味もなく眺めるという行為を繰り返すばかり。結局、検索窓にその単語を打ち込むことは無かった。

 得体の知れないものを知ることに、正直躊躇をしている。しかしその反面、怖いもの見たさで調べてしまいたいという沸き上がる気持ちも嘘では無かった。

 今回の休みは、寝て過ごすことにはならなさそうだ。なんて心の中で少しかっこつけたセリフを呟き、気合を入れる。目の横のアイアップを押してやると、いつも通り正常にホログラムが出現した。

 『カシュケム』と念じるといくつかの情報がピックアップされ、私の目の前に整列する。黒目を動かして情報の海を泳ぐ間もなく、一面に『プレゼントの新定番はやっぱりこれ! 自分へのご褒美にも!』という文言が目に入ってきた。

 記事を開いて内容を確認してみるが「カシュケムは生活のクオリティを格段に向上させてくれました」だとか「もうカシュケム無しの日々には戻れません」だとか「プレゼントで渡されたら、相手のセンスの良さに脱帽です。冠婚葬祭どのシーンにもマッチする素敵な贈り物です」みたいな『カシュケム』を称賛するコメントが羅列されているだけで、肝心のモノ自体の説明や画像が全く無い。

 その後も手あたり次第『カシュケム』に関する記事を読み漁ったが結局、その概要について追及するようなものは見当たらなかった。画像検索もかけてみたが煌びやかな見た目の他者が笑顔で写る自撮りに「カシュケム最高!」の一言が添えられているだけで、その姿を確認することは叶わなかった。

 検索すれども検索すれども、絶賛の嵐しか見当たらない。それの事実は私へ、途轍もない気持ち悪さを感じさせた。こんなにも多くの情報が行き交っている事態にも関わらず、否定的な意見がない。このご時世にそんなもの、あるのだろうか?

 ぞわりとした感覚が、爪先からてっぺんまで駆け上がってくる。自分自身がどんなに素晴らしいと感じたものでも、否定的な意見があるのが常である。だって、私達は皆、異なる生まれを持ち、違う生活をして、唯一無二の感性を持ち合わせるのだから。当たり前である。

 ―それなのに。

 皆が絶賛して、全員に好かれるもの。そんなものがこの世に存在できるのだろうか?

 想像を超えるなにか―。恐ろしさに身体が小刻みに震えだしてしまう。寒気に包まれているにも関わらず、―いや、寒気のお陰なのかもしてないが、やけにクリアな頭が思考を加速させる。

 カシュケム、私の常識を打ち破る神商品か、はたまた―。

 触れてはいけない神の領域の理―。

 ふと。『見られている』、そんな感覚に背中が襲われた。

 恐ろしさにジャックされた思考が、私から身体の自由を急速に奪っていくのを感じる。ガチガチに固まった身体が、振り向くことすら許してくれない。

 その正体を探ることも出来ず、ただただ背中に視線を感じたまま、中身のない称賛を瞳に焼き付ける。今の私にはそれしかすることがなかった。

 ―ああ、空を眺めたい。

 目を閉じて、瞼の裏に空を思い描く。恐怖からの現実逃避先で輝くホシもまた、私を見ていた。

 見上げると暗闇の中で真っ直ぐこちらを見つめる光が灯っていた。しかし、その温かな青は日を追うごとに小さくなり、今では当初の半分ほどになってしまっている。

 目の錯覚であると思いたかった影がホシを侵食し、まるで空の黒が溶け溶けだしたかのように闇と同化していた。

 ふと、幼い頃母におねだりしても買って貰えなかったキャラクターもののカードバインダーを、サンタさんがサプライズでプレゼントしてくれたことを思い出した。「百円均一ので事足りる。浮いたお金でカードを買った方がいい」そう言われたあの日、頭では納得した後もワイヤーネットに掛かったカードバインダーから目が離せなかった。バインダーの中央で笑顔を浮かべる女の子達もまた、こちらを見ている。―そんな気がした。

 クリスマスの朝、彼女達と枕もとで目が合った時、込み上げてきた喜びを今でも忘れることはない。―きっと、これからも忘れないだろう。

 大人になって思い出す度、胸の真ん中にじんわり灯る温かさが喉の奥をつんと痛くさせる。

 込み上げてくる感情でなんだか目頭が熱くなる。

 けれども空を見上げていたお陰で、涙は零さずに済んだ。無性に泣きたくなる温かな光から目を逸らし、日常へ戻ると会社に近づくに連れて道が混雑してきていた。


 休み明けの出勤というのは、なぜこんなにも気が滅入るだろう。出来る事なら自宅から出ずに一生を終えたいと思ってしまうほどの出不精なのもあるだろう。

 しかし、休日外出三昧のヨモギですら出勤するやいなや「帰りたい」と呟くのだから、アウトドア派かインドア派かはさして関係ない共通の悩みなのかもしれない。

 というか、こんなにも発展した惑星で未だに出勤は必要なのだろうか。外出はしたい人だけができるような選択性社会に早くなって欲しい。なんて、他力本願な文句を考えながら歩いていると後ろから声を掛けられた。

「杏子、歩くの早いね」

 溌溂とした声に押され「ああ、ええ。まあ」という鳴き声を上げてしまう。

「ワラビさんと通勤被るの、珍しいですね」

 あまりのタイミングの良さで出くわした例外に、思わず上ずった声で返事をしてしまう。

「いやー。実はさ、わくわくして早く目覚めちゃったからさ、朝からランニングしてたの。調子ぶっこいてたらさ、いつもより家出るの遅くなっちゃったんだよねー。恥ずかしい」

 彼女がなぜわくわくしているのか。なんとも信じがたい事実なのだが、なんと今日が出勤日だからである。なんと、驚くことに彼女は出勤が大好きなのである。私が知る限りでは彼女以外に職場へ来ることを喜んでいるものがいないため、多種多様なこの世でもかなり稀有な感性の持ち主であることには間違いないだろう。

「すごいですね! 私、最後に運動したのいつだろう…。って感じです」

 思ってもないことを言うのは白々しくなる気がするので、共感の返事はつい避けてしまう。代わりと言ってはなんだが、取り敢えず褒めておこうの精神で彼女の行いを湛える。

 実際、早起きしてランニングなんて自分には出来ない行動だ。多少は尊敬の念があるし、この発言自体は全くの嘘という訳ではない。

「まあ、杏子まだ若いからさ。身体が必要性感じてないんじゃない? 時が来れば運動するさ」

「そんなもんですかね。ちなみにワラビさんはいつくらいから運動するようになったんですか?」

 さして興味もなかったが、自分で始めた会話に食いつかないのは流石に印象が悪いかなとそれっぽい疑問を投げかけておく。職場の快適さは仕事内容よりも人間関係で決まると思っているので、上司との関係は良好であるに越したことはない。先ほどの考えと多少矛盾するが、体裁は少しばかり気にした方が吉だ。

「えー。物心ついた頃から。身体動かすの好きだからさ」

 えっ? 想像の話だったんですか? さっきの回答。なんてツッコミたいのをぐっと飲み込んで「へー。うふふ。ああ」と鳴き声を出す。

 物心ついてから今まで欠かさず運動してきた方のいう時がきたら、説得力なさすぎないか? 運動好きって、趣味が運動ってことですよね…。それであれば私も趣味の睡眠、暇さえあれば取っています。なんて飛び出してきた言葉は、脳みその隅に押しやって「すごいですね!」を引っ張り出してくる。

「ところでさ、ヨモギちゃん。マツカワと結婚するんでしょ。このご時世に、おめでたいね」

 結婚の話題はありがたい。正直に、そう思った。返答がお祝い一択に決まっているので、祝福ムードで突き進めば思ってもいない嫌味を言う雰囲気も避けられる。それに大した中身のある話をしなくてもターン数を稼げるので、相手となんだか会話をした気分にもなれる最高の話題だ。

「本当にめでたいですよね。ワラビさんって、マツカワさんと歳近いんでしたっけ?」

 お決まりの祝福に、知っている情報を疑問っぽく添えるとそれらしくなる。本当にありがたいことである。

「そうそう。同期でさ」

「私、マツカワさんと全く関わりなくて。どんな方なんですか?」

 結婚相手について聞いてみる。これもテンプレ。次の会話に悩まなくてもいいのは、本当に助かる。

「んー。優しいくていい奴だよ。ていうかさ、杏子、ヨモギちゃんと同期だったよね」

「はい。そうです」

 これといった長所も短所もない=優しいと表現されているのかと思っていたが、同期に聞いても優しい以上の情報を得られないマツカワさんって、もしかして本当に驚く程優しさ成分のみで構成されているくらい人柄がいいのか? なんてことを考えながら相槌を打つ。するとワラビさんは「そうだそうだ! 聞きたかったことあって」そう声を弾ませると私に質問を投げかけてきた。

「結婚祝いってもう決まった?」

「一応―」

 緊張で喉が縮まりきる前になんとか絞り出した答えは、自分でも驚く程ぶっきらぼうな響きをしていた。しかし、そんな私の返答などお構いなしに明るく朗らかに彼女は畳みかけてくる。

「何にしたの? ほら、こっちから出すやつと被らないようにしたくてさ」

 ごもっともな意見に、返答せず引き延ばす方が怪しいと頭では分かっているのだが、言葉が詰まる。観念して動かした舌に絡まった唾液がうざったくて、つい声が小さくなってしまった。

「…カシュケム」

 私達の間に流れる沈黙がやけに長く感じる。思わず目線を下げ、ワラビさんの顔を直視しないようにしてなんとか自分を守る。

「えっ―」

 知らない、何それ? そんな言葉が続いてくれたら…。淡い期待が頭を掠める。けれども多分、きっと…。

 彼女のたった一言のリアクションに、空洞のような真っ黒い瞳がフラッシュバックする。震えそうになる唇をぐっと噛むと、口内に血の味が広がった。

「めっちゃいいじゃん! センスいい! 杏子が発案したの?」

 声高らかに述べられた肯定に鼓膜が揺らされた時、突然体重が増えたかのようにずんと身体が重くなった。

「いえ…。カガミさんが」

 力なく吐き出した答えがぶつかっても、彼女の明るさが曇ることはない。むしろその中にあったわずかな元気さえ吸収して、さらに快活になったようにすら思えた。

「へー。あの子やるね! てか。カシュケムなら何個あってもいいしさ、こっちもカシュケムにしたいくらいだよ」

「…あのっ」

 最後の力を振り絞り、声を張り上げる。

「カシュケムって、一体」

 ぞわり―。

 背中を、厭な感覚が移動していく。

 恐る恐る顔を上げるとぴたりと制止したワラビさんが、じっとこちらを見つめている。サクラさんとカガミさんの時と一緒―。真っ黒な双眸が二つ、見開かれている。

 光を通さない漆黒は、まるでそこだけこの次元とは別次元から来ているかのように世界から浮いている。やっぱり、彼女を通して何かに監視されている。そんな感覚がした。

「―何個くらいが主流なんですか?」

 意気地のない自分に心底呆れながらも、誤魔化しの質問が出来たことに内心ほっとする。

「んー。あればあるだけさ、嬉しいんじゃない? 予算いくらなの?」

 先ほどまでの寒気が嘘のように、とっつきやすい笑顔を浮かべてるワラビさんに恐怖を覚えた。しかし、そんなことはおくびにも出さないよう、なんとか笑冷静を取り繕い、無理やり笑顔を浮かべてやる。

「一万五千です」

「うーん。それならさ、満額の一つか、安いの二つ…。頑張れば三つ? かな。私だったら、満額で一つの方が嬉しいかも」

「参考になります!」

 素敵な後輩という役を憑依させ、やりすぎなほど明るく爽やかに返事をする。気分が良くなったのか、ワラビさんはどんどん軽やかに言葉を紡ぎ出している。そんな中身のないアドバイスを音階の違う「あー」でやり過ごし、右から左へ聞き流した。

 聞き流しているのを悟られないように適宜オーバーリアクションな相槌を打ちながら、私は意識を空へ飛ばす。

 真っ黒なままの空に浮ぶホシは先ほどまでと変わらず、そこにただ浮かんでいる。陰りを見せる美しさを見ていると、心の奥がきゅうと締め付けられる。―そんな感覚に襲われた。

 目を閉じて瞼の裏に美しい青を思い描き、目を開ける。現在の輪郭へ思い出が確かに重なった時、その面影が私に『懐かしい』という感覚を呼び起こさせた。

 ―懐かしさは、麻薬だ。

 過去を思い出す作業は気持ち良さしか私に伝えてこない。楽しかったことは勿論、辛かった出来事や不快だった感覚ですら、思い出というラッピングで面白可笑しく飾り付けられてしまう。

 ―あの頃は良かった。

 そう易々と他者は抜かす。しかしあの頃はあの頃の悩みがあり、葛藤があったはずなのに。どうしてその感情は認められず、『懐かしい』感覚に侵食させてしまうのだろう。

 そんな屁理屈をこねながら見上げても空は魅力的なままで、ホシは私を見つめていた。

「侵略って、どういう時に起こそうと思うんでしょうか?」

 ホシと見つめ合ったまま、ワラビさんへそんな疑問を投げかける。少しの沈黙の後、驚きを孕んだ声が横から聞こえてくる。

「いつもさ、唐突だね。…まあ、そんなところもさ、面白いんだけどさ」

 そう言って短く唸り声を上げた彼女は、普段通りの弾んだ声で言葉を紡ぐ。

「建前はいくらでも作れるし、もっともらしい理由は後から無限にくっつけられるだろうけどさ。まあ、うん。本能じゃない? てかさ、そんなことより結婚式呼ばれた? 珍しいから行ってみたんだけどさ!」

 何ともない調子で話してきた意見へほんのりと感じた恐怖を包み隠して、質問に答える。

「今のところは、なにも…」

 答えを待たずして場所や招待客等についての予想を話し出したワラビさんへ適当に相槌を打ちながら、私は空へと思いを馳せた。

 アイアップの振動が脳みそへ直接サクラさんのメッセージを伝えてくる。

『お疲れ様! カシュケム届いたよ! みんなで渡したいから暇な日教えて!』という文言とともに、ホログラムでカレンダーが出現する。

 忘れないうちに空いている日へチェックをつけて、予定を送信しておく。

 ―結局、あの後結婚祝いの話題が出る度に『カシュケム』の話題を出したが、先輩も後輩もサクラさんやカガミさん、ワラビさんと全く同じだった。友達にも自分から話題を振ってみたが、皆一様の反応をしていた。

 『カシュケム』と聞くや否や大袈裟にプレゼントのセンスを褒め、『カシュケム』の概要について尋ねようとすると皆口を閉ざし、ぽっかりと伽藍洞になったような黒い瞳をこちらに向けてくる。

 中身のない称賛と黒い双眸。それは『カシュケム』を知らないことは悪である、そう私に告げているようだった。

 私だけがこの世界から切り離されているような感覚に襲われ、夢にまで見るようになったそれは私の一番の楽しみである睡眠時間を奪っていった。そして、睡眠不足によって職場で倒れたある日。私はついにサクラさんに教えてもらっていたサイトで『カシュケム』を頼んだのだった。

 頼んでしまったら、届くのは一瞬だ。

 翌日、自宅の前に置かれていたそれを手に取って、部屋の中へ招き入れる。あとは開けるだけ。それだけできっと、この辛さから解放される。後は、きっとこの出来事も思い出となってたまに取り出しては面白可笑しく消費する『懐かしい』になっていくのだろう。―そんなことを思ってから、開封する手を止めてしまった。

 気にならないと言ったら嘘になるし、安眠はいち早く手に入れたい。しかし、なんだか気が乗らないのだ。

 一万五千を払って届いた箱は片手で簡単に持てるほど軽い。割れ物注意といった表記がないため、上下左右になんとなく振ってみる。しかし、箱の中からは耳を澄ましてみても物音一つせず、全くと言っていいほどこの状態では『カシュケム』の情報を掴めなかった。

 まさか箱の中には何も入っていないのでは―。もしかしてこの箱自体が『カシュケム』―? なんて逡巡しては「今日は仕事が忙しくて早く帰って来れなかったからまた明日」「天気がいいし今日は散歩とかしてみようかな。帰ってきたら疲れているだろうからまた明日」と何だかんだ理由をつけて。その蓋を開けるのを先延ばしにしてしまっていた。

 その結果、蓋を開けないままついに同期でヨモギの自宅へ結婚祝いを届けに行く当日まで、カレンダーが進んでしまったのであった。

 

「新居、楽しみだね」

 道中、鼻歌が止まらない佐倉さんが弾んだ声で話しかけてきた。他者の結婚話が出る度、努めて明るく冗談まじりに自虐していても、表情を曇らせるのをやめることが出来なかった彼女が、今日は晴れやかな表情をしている。心の底からの祝福の言葉は、まるで付き物が落ちたようだった。

「そうですね。というかサクラさん、なんかいいことありました?」

 あまりの心情の変化に気になって、つい質問を投げかけてしまう。すると彼女は「ふふふ」と上品に笑った後、もったいぶるように一呼吸置いてから柔らかな声でこう話し出した。

「…実は、結婚することになったんだ」

 そう言って目を細めた彼女は、慈愛に満ち溢れた微笑みを浮かべていた。その表情に見とれた私の思考はワンテンポ遅れてやってきた。我に返って祝福の言葉を述べようと思っていると横から私を追い越して、カガミさんが

「おめでとう」

そう呟いた。

 置いていかれないように、慌てて私も「おめでとうございます!」となるべく元気に祝福をする。嬉しそうにはにかんだサクラさんは、言い出したくてうずうずしていたと言わんばかりに事の経緯を話し始めた。

「彼氏がね。ついに『結婚しよう』って言ってくれたの~」

 「もう、嬉しくって、嬉しくって~」とにこにこ惚気るサクラさんを見て、心の底から「良かったな」素直にそう思った。結婚に対する彼女の努力と反比例するように曇っていく表情は、まるであのホシのようで…。勝手に心を痛め、勝手に同情をしてしまっている節があった。

 ほっとしたのも束の間、ちらちら、こちらへ視線を送る彼女の浮足立った態度は話の流れ的にもっと踏み込んだ話題を振った方がいいかなと思わせた。身勝手な安堵感でいっぱいになっていた私は大した質問がない。しかし、なんとかひねり出そうと脳みそをフル回転させた。

「あのっ。結婚を申し込む…。求婚? の言葉―」

 あまりレスポンスが遅いのもいけないなと焦った結果の見切り発車のせいで、言葉が出てこない。このままでは支離滅裂な文章が作成されてしまう、そんな予感の最中に

「プロポーズ」

というカガミさんの凛とした声が響いた。

「そう! それです! 流石カガミさん!」

 助け舟に興奮し、いつものサクラさんみたいなテンションでカガミさんを褒めたたえてしまう。発言してから、はっとした。それと同時にサーと全身から血の気が引いていくのが分かる。この態度は流石に失礼に当たる。

 恐る恐るカガミさんの顔を覗き込む。すると彼女はまんざらでもない顔で鼻を鳴らしていたのだった。―よかった、いい人で。

 気を取り直して、サクラさんへ質問を投げかける。

「プロポーズって、何処で言われたんですか?」

 意味を成した疑問を作成できたことに胸を撫で下ろしながら、それを悟られないよう笑顔を作っておく。

「自宅でくつろいでいる時。本当にさらっと『結婚するか』って。突然すぎてびっくりしちゃってリアクション、全くとれなかったの。そしたら畳み掛けるように『結婚しよう』って言われて…」

 斜め上方向をうっとりとした表情で眺めるサクラさんは、どうやらプロポーズされた記憶を反芻しているらしかった。更にテンションを上げて「えー」とか「そうなんですね」とか、とりあえず声を上げる。すっかりご満悦な様子の彼女は更に詳細を追加してくれる。

「だからウチ、『はい』って一言だけ返して…。なんかハズいね。それもこれもカシュケムのお陰だわ。マジカシュケム様様~!」

 予期していなかった文脈に「へー」と打った相槌が舌に突っかかってしまう。「しまった」そう思ったが、顔を赤らめて遠くを見つめているサクラさんには気にならない程度だったようだ。―あの黒い目で見られなかった。そのことに、心底ほっとした。

 プロポーズとカシュケムの関係性について質問したい気持ちをぐっと堪えて、口角を上げる。「私は相槌を打つだけの機械。質問はプログラムされていない」なんて言葉を脳内で繰り返す。

「あはっ。実はね、今回の結婚祝いにかこつけて、彼氏へのプレゼント分も買っちゃたんだよね! ずっと気になってたサイトあるって言ったじゃん。あれさ、彼氏に買おうか悩んで見てたの」

 心を無にして「そうなんですね」と目を細めて笑ってみせる。

「私、買った。結婚」

 カガミさんが珍しく主語述語を用いて一言呟いた。

「カガミも?! もしかして…。中々『結婚してくれない彼へ』特集見て?!」

「うんん」

 ひっくり返った声に、バッサリと一言でカガミさんが返す。

「違うんだ…。ハズっ。じゃあなんで買ったの?」

「自分用。プレゼント、勘違い」

「そうだったんだ。それでプロポーズ?」

「うん」

 沸き上がる疑問を抑えつけ必死に「無。無。無」と心の中で唱え続ける。

「あはっ、なーんだ。みんなそうなんだ。ウチのどこがみんなと違うんだろうって思ってたけど…。ウチに足りなかったのは『カシュケム』だったんだ」

 頬を赤らめ恍惚な表情を浮かべるサクラさんの目は、酔っぱらっているかのようにくらくらと宙を彷徨っている。その不自然なまでの陶酔具合におぞましさを感じ、つい視線を逸らすと奥のカガミさんと目が合った。

「次、杏子」

 思いもよらず呼ばれた名前に、会話が停止してしまう。ツギ、アンコ―? 遅れてきた思考が「一体何が、私なのか?」そう問いかける前に、夢見心地なサクラさんが狂った調子で言葉を遮る。

「そう…。そうじゃん! 杏子…。アンコ! アンコってうちらに全然番の話、してくれないよね? なんで?! 皆、結構話すのに…。やっぱりうちらには、心許してないんだ…。そう…。そうでしょ!! なんで?! うちらは仲良し同期だと思ってるのに!!」

 激しく上下するテンションで責め立てられ、思わず唾を飲み込む。強い語尾で終わったその後すぐに「ううっ」と声を漏らしたサクラさんははらはら、涙を流し始めた。

 一体どうしたらよいのか、この場の正解に皆目見当がつかず、おろおろする私を尻目に倒れそうになる彼女を抱き留めた。そんな状態にも関わらず、彼女は真っ直ぐな瞳で私を見つめてきた。

「アンコ」

 私の返答を促す呼びかけに吸い込まれるように、蹲っている彼女達と同じ目線になるため、腰を落とす。

「あの…」

 絞り出した声は舌に絡まって、空気を微弱に震わせることしかできなかった。それどころか、しゃくり上げ始めたサクラさんの泣き声にかき消されてしまっている。

 もうどうしようもなく、空が見たい。―そんなことを思った。

 この人間関係が終わってしまってもいいと思えるくらい、明日からの職場で肩身が狭くなっても構わないとおもえるくらい、無性に空が見たかった。

 喉の奥に込み上げる痛みを我慢せず、叫び出してしまいたい。熱くなってきた目頭に力を込めて、泣き出してしまいたい。―そんなことを思ってしまった。

 きっと。きっと―。今、思ったこと達を実行したら、これまでの人生で一番すっきりするだろう。すっきりさっぱり、全てのどうしようもない衝動が涙と共に流れ切った後、―絶望が残るのだろう。

 少しずつ動き出した脳みそが、せり上がってきたつんとした痛みを飲み込むように指示を出す。上手く動かせない舌をなんとか稼働させ、拙いながらも必死に言葉を紡ぎ出す。

 明日の私が絶望しなくてもいいように。―一時の気持ちよさに流されないように。

「わたしっ、私! 本当に何も…。何も無いんです。別に遠慮しているとか、隠しているとかじゃなくて。いないんですよ、相手。なので、皆さんに提供できる番の話題がないだけで…。だから別に…」

 「ひくっひくっ」と二回、しゃくり上げた後に喉から絞り出したような弱弱しい声を震わせて、サクラさんが話しかけてくる。

「…いいよ。ていうかごめんね。そんな言い訳させちゃって」

「違っ…」

「いいてば!!」

 ビリビリと耳がしびれてしまうほどの怒声は、ワンテンポ遅れの痛みを鼓膜に届ける。

「苦しかったよね」

 甘く柔らかい声色でそんなことを言ったかと思うと、憐みの視線を私へ投げかけてきた。

 私、何も苦しくないのに。―そう、思った。

 もしかしたら、世間は私が考えるよりずっと番を作る事が生命活動の中心にあって、それが出来ていないものは苦悩している。―そう、思っているのかもしれない。

 もしかしたら、この世は私が思うよりもずっと誰かとコミュニケーションを取って、種族を繁栄させることに幸福を覚える。―そう、思っているのかもしれない。

 ふわふわの栗毛が私へ覆いかぶさってくる。纏わりついてくる毛が鬱陶しく、私から酸素を奪う。浅くなった呼吸が思考に靄を駆けていく。

「大丈夫。大丈夫だよ。『カシュケム』さえあれば…。アンコだって絶対」

 もしかしたら、この世界では会話が苦手で自宅で独り、うだうだ考え事をすることによって喜びを感じられるものがいるのを認知していないのかも。…そう、思った。

 私はただ。…会話って相手が思い思いの価値観の幸福に対する話をするものだって、そう解釈していただけ。それだけなのに…。皆は番の話が他者の嗜好なんだろうなって。だから私、地球の話をしていたつもりだった…。

 ―空を、見たい。

 栗毛に覆われて叶わない想いを打破すべく、目を閉じる。そして、瞼の裏にあのホシを思い描いてみる。美しく、青いホシ―。

 しかし、何度思い描いてもあのホシが輝くことは無く、―眼前は真っ黒なままだった。

「きゃー。ありがとうございます! わざわざ来てもらった上に、お祝いまでいただいちゃって。これってもしかして!」

「そうそう!」

「「「カシュケム」」」

 三人の声がユニゾンした。異様にテンションの上がった声で「わぁー」「きゃー」「えぇー」なんて感嘆詞を代わる代わる言い合って、会話を進めている。

 不自然なほどの盛り上がりについていけない私は、リアクションを間違えないよう声が上がった方に向かって微笑み続けておく。

 結婚祝いを渡すこの場であっけなく『カシュケム』の正体について判明するかも。…なんて淡い期待をしていたがこの状況ではさり気なく聞き出すことはおろか、この場で開封なんていう流れに持っていくことなんて不可能である。なんたって会話に入る隙が無い。

 渡された箱を大切そうに抱きしめたままのヨモギと、目が合う。

「次は、アンコだね」

 上がっている口角とは対照的な光を通さない目が、私を射抜く。騒がしかった空気が影を潜め、まるでぱちんと一つスイッチを切り替えたかのように静まり返る。

 ヨモギの後ろから真っ黒な双眸が二つ、彼女と同じように私を見つめていた。ずらっと並んだ瞳の漆黒を見ていると『独りでいること、それすなわち悪である』そう攻められている気がして、不安が心を急かす。

 今は大丈夫でも人生は長い。これから先、急に独りを寂しく感じるようになるかも…。皆がしているくらいだから、番うという行為はもしかしたら生活を豊かにするのかも…。他者と同じように結婚したり、出産したり、ライフステージを進めた方が生きていく上でなにかと都合がいいのかも…。

 今まで考えたことも無かった懸念が思考を駆け巡り、焦燥感が全身を包んでいく。

 早く。はやく。はやく! どうにかしないと。何か。なんとか―。具体性のない焦りに心臓が痛み出す。苦しさから解放されたい。そんな一心で言葉を紡ぐ。

「そうだね。私もはやく相手、見つけなくちゃ」

 私が発言するや否や、三人の真っ黒な瞳に光が戻ってくる。

「おおー! やっと前向きになったね!」

「よかった! よかった! 心配してたんだよ」

 そう口々に話し出したヨモギとサクラさんは互いに見つめ合うと、その場でぴょんぴょん跳ね出した。「ウチの知り合いに~」とか「職場で~」とか交互に私にお勧めしたい相手を口にする彼女達の浮かれぶりを遮るようにカガミさんが

「カシュケム」

と言い切った。

 それまでわいわい話していた彼女達がしんと静まり返る。まるで時間が止まってしまったみたい。そんなことを思った。

 つかの間の沈黙の後、わっとテンションがギアを上げる。本日最高潮の盛り上がりに鼓膜が割れそうな痛みを耳に感じた。

「そうだ、そうだ! まずはね! 本当に価値観変わるから!」

「ねっ! あっ、てかこの前! ウチにサイト聞いてたよね。あのサイト、マジでオススメだから、絶対買った方がいいよ! ねっ! ねっ!」

「そうなんですか?! ねぇ、アンコ。お祝いのお礼に私から送ろうか?」

 ヨモギとサクラさんの捲し立てる様な怒涛のコメントに一歩後ずさってしまいながらも、なんとか返答する。

「…実は既に購入しまして」

 悪戯が見つかった時のような気まずさに襲われ、回答に躊躇してしまう。耳から入ってきた自分の声は、渋々といった感情を孕んでしまっていた。

「えっ、えっ! 本当?!」

「開けた?! 開けたの?!」

 しまった。そう思った私とは対照的に、彼女達のテンションは圧にビビってしまうほど最高潮だ。声のニュアンスでネガティブに捉えられかったことにホッとしつつも、異様なテンションに身の危険を感じて身体を後ろへ仰け反らせる。そして、更に一歩後ろへ距離を取ってから

「開封はまだ…」

と言葉尻が小さくなりながら、なんとか絞り出した。

 大喜びで手を取り合う彼女達はその後、帰るまでの間中「すぐ開けてね!」「絶対だよ! もう帰ったらすぐね」「えーっ、すごい愉しみ!」「カシュケム、最高」等々の言葉を浴びせ続けた。

 ああ、帰ったらすぐカシュケムを開封したい。そんなことを思いながら私は彼女達の言葉に耳を傾けていた。

「「「アンコ! おめでとう!」」」

 目元に突き刺さりそうな程上がった口角の三人が声を揃えて祝福の言葉を投げかけてくれる。

「ありがとう!」

 同期三人の真似をして口角を上げてみるが、残念ながら私の口角は鼻にすら届かない。パーツの配置が違うので、しょうがないことだ。

「結構、悩んだんだんだよ~。どうしようかって」

「そうそう! ドライヤーとかどうかなって思ったりもしたんだけと、ほらうちら長毛種じゃん?」

 そういって顔を見合わせるサクラさんとヨモギの毛は今日も全身キューティクルが整っており、至る所に天使の輪ができている。

「薄毛種に合うドライヤーとなると知識に限界が…。無毛種のカガミについてはドライヤーとか使わないしね」

 そう言ったサクラさんの視線の先では、うんうんとカガミさんが細長い首を縦に振っている。

「金券とかは味気ないし、薄毛種用のカタログギフトとも思ったんだけど」

 確か似たようなことをヨモギの結婚祝いの時考えたな、なんて思いながら三人が含みをもった視線で目配せをし始めた。嬉しさや楽しさが溢れ出てきそうと言わんばかりに、口元がほころび始めている。

 一体何事かと彼女達へ不規則に視線を送る。すると目配せを止めた彼女達は、満面の笑みで一斉にこちらに目線を投げかけてきた。

「これ!」

 そう言って嬉しそうに差し出したヨモギから、プレゼントの箱を受け取る。

 重みのない箱が私の手のひらに触れる。それと同時に自分の口角が、いつの間にか上がってしまっていたことに気がついた。

「もしかして…」

 ふふふと三人から漏れ出した笑い声は、幸せの象徴みたいな音がした。

「そうそう!」

 早く言いたくて堪らないといった調子で、サクラさんが相槌を打ってくれる。そしてそれが合図と言わんばかりに、ぴったりと揃った声があたりに響き渡る。

 今度は、私も一緒。同期のハーモニーだ。

「「「「カシュケム」」」」 

 あまりに息の合った言葉に思わず、みんなで大笑い。こんな何気無い人生の一コマに感じる幸福のために、私は生まれてきたのだろう。

「出産おめでとう!」

 ヨモギの祝福をきっかけに「おめでとう」の呼びかけが続く。

「薄毛種って絶滅寸前だもんね。本当によかった」

「種族の存続に貢献するなんて当たり前のことじゃん? 前まで他人事だからみてるウチらがヒヤヒヤしてたよ」

「カシュケム、最高」

「出産に関わるものも考えてたんだけど、全然種族の繁殖方法が違うから何あげていいか全く思いつかなかったんですよね?」

 ヨモギが、ちらりとサクラさんを見る。

「そうそう。一年弱お腹に子供がいるってなんだか想像できないよ〜。こんなおっきいお腹初めて見たし…。不思議」

「カシュケム、万歳」

「ウチちょっと撫でてみたいんだけど、大丈夫? 触るとヤバいなら無理しなくていいからね。マジで!」

 興味津々で私の大きくなったお腹を見つめるサクラさんに「どうぞ」と声をかける。すると彼女はビクビクしながら、私のお腹をちょんと突いた。そして、おっかなびっくりといった表情で私の顔を覗き込んできた。

 その様子がなんだかとても面白くて、思わず笑みが溢れる。

「撫でても大丈夫ですよ」

 そういうと恐る恐るふわふわの栗毛に覆われた手を、私のお腹の上へ乗せる。すると、ぽこん。手を目掛けて赤ちゃんがお腹を蹴った。

 私の腹の中で動く生命を目の当たりにしたサクラさんは物凄い速さで手を引っ込めると、今にも泣きそうな目で悲壮感をこちらへ訴えかけてきた。

「ありがとう。もう大丈夫」

 哀しみを含んだ笑顔を向けられる。悪い事をしてしょげた犬のような彼女の表情をかわいく思い、つい笑みが溢れそうになってしまう。笑いの衝動をグッと堪え、失礼に当たらないテンションを心掛けて返答する。

「最近、元気なんです。よく、お腹蹴ってくるんですよ」

 ごく当たり前の現象である事を伝えたくて、自分のお腹を摩りながらそう言うと、ぽこん。元気よくお腹の中の赤子が蹴りで答えてくれた。「ほら」と呟いてサクラさんを見る。しかし、先程の蹴りに相当ショックを受けたのか、「そう」と言ったまま、私との距離を詰めようとはしなかった。

 なんだか気まずくて、自分のお腹へ視線を落とす。まるまると張ったお腹は、何度見ても見慣れた自分の身体の一部とは到底思えない。

 球体がくっつけられたようなその異様な膨らみは、私の中で別生命が育っていることを否が応でも伝えてくる。日に日に大きくなるお腹の不可思議さやどうにもならない具合の悪さと比例して、どんどん愛着が高まってくる。

 お腹の中から私を見つめる存在。その視線を感じるとなぜだか堪らなくて、喉の奥に込み上げる痛みが愛おしい。異様で不可思議で美しい球に『見られている』、その事実が私の胸を愛おしさで締め付けた。

 見つめ返すため、お腹を見下ろす。波紋のように肌の上に広がってしまった赤黒い妊娠線は触れると滑らかだ。治らないかもしれないそれを初めて見つけた時、じんわり。心に温かいものが広がっていく感覚がした。

 消えない傷が私に一生、この丸の事を思い出させてくれる。そんな安心感は、私を狂わせる。みんなと賑やかに食事を摂っている時も一人で黙々と業務を片付けている時も、ふと意識を飛ばすとお腹ばかり眺めるようになってしまっている。

 毎日毎日いつの間にか、見下ろしている。一人の時間を奪われても構わない、初めてそう思えた。

 ―これは間違いなく、愛だろう。

 いつの間にか姿を消した美しいホシが今、私のお腹に宿った。そんな気がして、優しく撫でるとぽこん。また、蹴りが飛んできた。

 私の中に落ちてきたホシが愛おしくて、愛おしくて―。

 独り占めしてしまいたい。

 このまま、永遠に私のお腹の中に閉じ込めておきたい。

 沸き上がる感情に合わせて、身体を丸めて柔らかく手を回す。するとそんな私に答えるように、ぽこん。ぽこん。ぽこぽこ。ぽこぽこぽこ…。

 私が『見ている』何かは、絶えず反応を繰り返していた。

「知識として知ってたけどさー。マジびっくり! 腹の中に、しかも一匹! 出産時は股が裂けて、満身創痍。めっちゃ効率悪いね」

「そうですよね。私も最初聞いた時、驚愕でした!」

 アンコの自宅を出て二・三歩。待ちきれないと言わんばかりに口を開いたサクラさんに賛同する。

「非効率的」

 どうやらカガミも同じ意見だったようだ。まあ、無毛種が意見を合わせたに過ぎないかもしれないが。

「ねっ! そりゃあ、絶滅危惧種にもなるなって。ウチ、ちょっと納得しちゃったもん」

「でも、良かったですよね。単為生殖できて!」

「そうそう! 進化? なのかなぁ。だって薄毛種って…」

「有性生殖」

「そのはずだけどね。まっ、何はともあれ良かったじゃん。あっ、てかさ! マツカワさん帰ってくるの?」

 相槌を打ちながらカガミの黒子を一撫でした彼女は、目を極限まで見開いて質問を投げかけてきた。

「はい! 明日には着くよって、連絡ありましたよー」

「お疲れ様」

 にこやかに返事をすると、カガミから労いの単語が飛んできた。

 文章を作ることが苦手な無毛種は多く、単語で返してくる個体は珍しくない。コミュニケーションは取れるが多くを語らない部分と、ツルツルの触り心地で虜になる多毛種は少なくなく、サクラさんもその一人だ。

 無毛種様なんて呼んで溺愛する様は、まるで地球のペット文化みたいだ。まあ、私はというと可愛いとは思うけど無毛種アレルギーなので、できるだけ距離をとっておきたいというのが本音だった。

「良かったね! あれ、今回はどこだったんだっけ?」

「地球です!」

 思考に丁度タイムリーな話題に、つい大きな声が出てしまう。

「あれ? ウチ。もうとっくに終わったんだと思ってた!?」

「ほぼほぼ終わってて、今回で地球侵食は最後って言ってましたね」

 私につられたのだろうか? 大した話でもないのに、首を傾げるサクラさんの声は先ほどより音量が上がっている。

「そういえばドライヤー、情報マジ助かった。あの後すぐ買ったんだけどめっちゃ良かった!」

「ああ! 日本製の!」

 しかし疑問にさらりと答えると、彼女はさらりと話題を変える。なんだ。私に合わせていただけだったみたい。

「そうそう! あれ? ヨモッチャンが好きな日本文化って…」

「地球ですよ! ちょっと残念ですけど、まあ侵略ですから。残ってるといいなぁ、日本。まあ、私よりも、アンコの方が…」

「アンコ?」

 大層不思議そうな響きでアンコの名を呟いたサクラさんに、話題を畳みかける。

「そうですよ! あいつ地球出身なんですよ、しかも日本! だから私から声かけましたもん」

「そっかそっか! だから薄毛種なんかと仲良くしてたんだ。ウチ、『ヨモッチャンの友達、ヨモッチャンの友達』って心の中で念じて、頑張って仲良くしてんだからね¬ー!」

 腑に落ちたと言わんばかりの勢いのある相槌で冗談めかしてはくれているが、マジであろうクレームに申し訳なさを覚える。けれども、あまり深刻に捉えても…。そう考え、少しちょけた調子で謝っておく。

「すみません、迷惑かけちゃって…。でも聞いてくださいよ! アンコ、記憶喪失らしくって。全然日本について教えて貰えてないんですよ! 酷くないですか!?」

「えっ? マジ? ツイてないね。まあ、絶滅危惧種に指定されちゃったから、種族が繁栄するまでは…、ね」

「ですよね。まあ数十年しか生き無いらしいし…、ちょっとの辛抱ですね」

「短命」

 そう鳴いたカガミに対して「しょうだね、しゅごいね」とサ行をシャ行へと変換させたサクラさんが大袈裟に褒めていたと思ったら

「そんなことより! マツカワさん昇進でしょ!? もしかして…、明日はお祝い!?」

すごい切り替えの早さで話題を振ってきた。

「そうなんです! 実は一週間前からセラト漬けて置いてて―」

「えー!!! めっちゃ豪華じゃん!」

 照れている素振りに紛れて、空を見上げる。

 幼い頃あったはずの無数のホシ達は消滅し、いつの間にか空は黒く塗りつぶされてしまっている。それっぽい相槌をサクラさんへ打ちながら「今回も失敗だろうな」なんて、胸の内で呟く。

 ドライヤーができるだけ長く使用できるように、今日からコードは結ばない。そう強く心に誓った。

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ケシュカムを知りて、ホシを知らず 阿村 顕 @amumura

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