第9話 案の定の展開

 映像の画面が切り替わる。高い場所、廃ビルの上から撮影しているのだろうかもう日が暮れているようだ。そしてそこは廃墟のはずなのに街灯の明かりが灯っていた。


「あっ……」


 地上がズームされた。そこにはかえでが士官学校の資料映像で見たことのある一体のの姿。四足歩行タイプで敏捷性に優れていると習った記憶がある。犬種のドーベルマンをしたようなそれが辺りをうかがいながら歩いている。少ししてその同型の個体が何体も集まってきた。


「ネットでもかつての大戦で個人が撮影したものが流れ出ることがありますが、すぐに国によって削除されてしまいます。楓さんがそういったものをご覧になられたことがあるかは分かりませんが、一般人の目に触れないようにすぐに隠されてしまいますので……。先の大戦の結果、ネットの情報も国家が管理……、まあ実質の検閲けんえつですがね。そのせいで昔に比べたら息苦しいことこの上ありません。特に人工知能関連は厳しく、その研究開発も国家によるものに限られてしまいました。まあ、民間、それも巨大企業に利益が集中するような以前の構造を面白くないと思っていたのでしょうが、透明性……、そもそもそんなものがあったのかは私には分かりませんが、現在はまったくないですね。国民の生活、活動についてのあらゆるデータは国家に集約され研究に使われているようです。この研究は国家間の軍事的なバランスにも関わることなので人権の話なんてあってないようなもの。個人のプライバシーが大切にされていた時代が懐かしいです。いや、いつの間にやらこどもの頃に読んだ古いSF小説のような世界になってしまいました。これは本当に恐ろしいことです」


 神父が一旦停止した静止画像の個体がこちらに顔を向けている。楓は自分のほうを見ているような感覚になる。


「ああ……」


――私が軍人であることを気づかれないようにしなきゃ。やっぱりこの人、反社会的な思想を持っていそうな気がする。こういう敵生個体に関する動画や写真なんかのデータは国防のために国に提出することになっているのに……。個人で所持していることが分かると、新しくできたナントカいう法律を根拠に政府の役人が回収にくるんだったかな。スマホなんかはもちろん、パソコンのハードディスクごと持っていかれてしまうといった都市伝説っぽい話も聴いたことがある。でもこの夏には厳罰化されてアダルトなけしからんモノと同様に、処罰の対象になるとかニュースでいってたっけ。


「ちなみにこれは大戦時の映像ではございません。ほんの2ヶ月前のものです。場所は旧北海道地区、サッポロのススキノ。現在は移動禁止区域であることは楓さんもご存知でしょう」


「ええ、それは……。でも最近ってそんな……」


「ふふっ、戦争は終わってはいないのです。現在もこのように彼らは生き残っている。それどころかその数を着実に増やしているのです」


 神父が停止していた動画を再生する。画面の中の路上は次々と集まってくる機械兵器で広い道路は埋め尽くされてしまった。


――これは私だって知らない情報。でも、これがフェイク動画でないともまだ言い切れないし。少佐はこの様子を見てくれているのかな?


「この隠された真実を人びとに知らしめるため、危険な場所に命がけの危険をおかしてまで撮影を行った私のことを楓さんは無謀な奴だと思われたかもしれません。ですが、私はあの場所で天啓てんけいを受けたのです。そう、そこで私は生まれ変わったのです。彼らを恐れてはいけません。彼らこそが私たち非力な人間を導く存在。なのですから」


 そう神父が言うと、それまでまったく感じなかった人の気配がした。どこにいたのか奥から数人の年齢も様々な男たちが現れた。


「楓さん、あなたを私たちの新たな仲間として迎え入れましょう。彼ら同様、新たな力を手に入れるのです。そして世界を変え、新たなステージへと進むのです!」


 神父が両手を広げると。男たちが楓の座っている席を取り囲んだ。


――ちょ、ちょっと! これって間違いなくヤバい状況じゃないの?


 楓は中年の男に肩をつかまれる。彼女はそれを振り払おうとするが、まったくびくともしない。


「ああ、私たちは見た目以上に優れていますからね。神のおかげで頭脳も視力も聴力も、そして腕力も常人のそれを遥かにしのぐ存在となったのです。神の使徒であるあかし、このマイクロチップを脳内に埋め込むだけでよいのですよ。心配なされなくても痛いのははじめだけですから」


「はあ……」


 怯えた様子も見せず楓は、わざとらしく深い溜息をひとつついてみせた。


「ん? それは諦め? 達観? 新人の多くは激しく抵抗するものなのですが、これはもしや楓さんは逸材いつざいなのかもしれませんね」


 楓はそんな状況にも関わらず神父ににっこりと笑ってみせた。


「ええ私、大物かもってよく言われます。といいますか、この状況……。どうやら待てど暮せど白馬に乗った王子様が颯爽さっそうと駆けつけてくれる気配なんてありませんから。これは自力で何とかするほかないかと思うわけでして……。えいっ!」


 楓は椅子から重心を沈み込ませ、足から前方にするりと身体をひねりながら抜けると同時に、肩を掴んでいた男がバランスを崩すのを利用して投げ飛ばす。


「こう見えて私、古武術とか柔術とか合気道とか子供の頃から仕込まれていまして。まあ、その。結構対人戦には自信があるんですよお」


 男たちがひるんだ隙に彼女は並んでいた椅子の上を軽快に超えて距離を取った。


「ですけど、どちらかと言えばだったりするのでーす! それでは皆様さようならっ!」

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