第2話 羽

「最悪だぜ……」


「ええ……。あれがうわさになってた『死神しにがみ』、でもどうみてもあれって……」


「ああ、そうだな」


 既に三人の仲間を失っていた中年男と若者は、もう日が沈み月明かりだけが頼りとなった目的地への途中、突如とつじょ異形の存在と遭遇そうぐう。だが、その敵の姿は情報として聞いていたものと一致しており、二人はそれほど慌てることは無かった。


 身長5メートルはある羽を背に生やしたその姿は、宗教画に多く登場する青い衣をまとった聖母マリアの姿。腕には幼いイエスを抱いているように二人には見えた。


「本当に最悪だ。連中には宗教観の欠片かけらすらねえってことがよく分かるぜ」


「情報どおり指の数がおかしいっす……」


「いつの時代の生成イラストだよ。人間さまがいねえと自分で修正もできねえのか。それに聖母にはね生やすとか世界観が崩壊してんじゃねえかよ。『宿』って言葉知らねえのか?」


「先輩って、そんな信仰心のあつい人でしたっけ?」


「ああ、ふつうに家は仏教だったと思うが……。クリスマスも正月の初詣はつもうで、バレンタインデーも楽しんだし、しのVtuberを神とあがめるくらいには熱心だっだぞ」


「はあ……。えっと、が何かいましゃべってますけど、この時間は大丈夫なんすよね?」


「そうだな。絶望のふちにある人間が救いを求めてわらわら集まってくるってシナリオだと思うが、マジでざつだな。そう言ってもあれに引っかかってどれだけの奴らが死んじまったか……」


「そうっすね。救われねえっす……」


「よし、見つけたぜ。あの地面をい回ってるのがホログラムの照射元しょうしゃもとだ。あれを踏みつぶして破壊すりゃあOKだ」


 若者と話しながら聖母の足元を凝視ぎょうししていた男がそう言って走り出す。


「りょ、了解っす!」


 若者も聖母めがけて走り出す。


――ドウシテソノヨウナコトガアリエマショウカ、ワタシハオトコノヒトヲシリマセンノニ。


 ぐるぐる同じ場所をまわりながら自走じそうしている小さな黒い昆虫型の機械を、男がひとつ踏み潰し破壊する。


――ワタシハシュノハシタメデス。オコトバドオリ、コノミニナリマスヨウニ。


 若者がもうひとつ破壊した。


――ナゼコンナコトヲシテクレタノデスカ。ゴランナサイ。オトウサンモワタシモシンパイシテサガシテイタノデス。


 男が最後のひとつを破壊して、偽聖母子像にせせいぼしぞうは姿を消した。


 

――ブドーシュガアリマセン。


「はあ!? 全部潰しただろうがよ!」


「こ、声がまだしてる! ヤバいっすよこれ!」


――ナンデモコノヒトノイウトオリニシテクダサイ。ガッ、ガガガ、ザーーーーッ。


「やべえだぞ。このあと衛星兵器からビームが降ってくるんだ」


「に、逃げなきゃ、先輩!」


「いや、無理だ半径数キロ圏内が灰になる……」


――ワタシノホカニカミガアッテハナラナイ。アナタノカミ、シュノナヲミダリニトナエテハナラナイ。


「おいおい、それはだろうがよ。無茶苦茶じゃねえか! う、うわっ!」


 20メートルほど先の廃墟はいきょビルに光の柱が立つ。地面が大きく揺れ、轟音ごうおんとともにビルだったものが消失した。


――シュノヒヲココロニトドメ、コレヲセイトセヨ。アナタノチチトハハヲウヤマエ。


「わああっ!」


 背後にあった神社が吹き飛んだ。爆風で転がる若者。


――コロシテハナラナイ。カンインシテハナラナイ。


 爆発音とともに大きな池の水がすべて蒸発した。


「見つけた! 上だ! あのホバリングしてるやつが発声機で通信機だ! 両手を組んで構えろ、そんで合図したら俺を跳ね上げろ!」


「は、はあ!? 何を? へっ?」


 男は離れた位置にいる若者めがけて走り出す。その右足が若者の組んだ両手に乗る。


「いっけえ!」


「ぬうおーーっ!」


 若者がりながら空中に男を打ち出した。


「羽なんか無くったって人間は飛べるんだああああっ!」


 高く浮かんだ男は精一杯伸ばした右手で何かをつかみ、地面に叩き落とした。


――ヌスンデハナラナイ。リンジンニ……、ガッ、ガガガ、ザーーーーッ。プツッ……。


 二人は黙ったまま動かずにあたりをうかがう。その沈黙は二人にはとても長く感じたが、実はそれはほんの数分のこと。


「助かったな」


「ええ……。でも人間ってはねが無くても飛べるんすね」


「おうよ! 何事も気合いで何とかなっちまうもんだ。まあ、連中には理解できないだろうけどよ」


「そうっすね。でも、俺にはちょっと無理っすね」


「そうか?」


 二人は立ち上がると目的の場所を目指して再び歩き始めるのだった。


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