誕生日プレゼント
maco
第1話:プレゼントに、驚かされた誕生日
ベランダに、黒い一頭の“子牛”がいる。
ン~モォ~。
「おはよう、昇、早いね」
昇の母親、
「母さん、何、悠長なことを言っているんだよ」昇は言った。「ベランダで、小さな黒い牛が、縄に繋がれて立っているんだよ。何故、こんなことをしようと、思い立ったのさ⁉」
「今日は、昇の十四歳の誕生日よ」妙子は言った。「プレゼントは、この黒毛和牛なのよ」
そこへ、昇の父親、
「おはよう、昇、朝からテンション高いな」世利は言った。「出発の準備が済んだら、焼き肉店へ行くぞ。知り合いの農場から譲り受けてきたこの黒毛和牛を、一流のシェフに調理してもらって食べよう」
「昇、今日の昼食は、焼き肉のフルコースよ!」
「やったぁー、ありがとうって、そんな素直に喜べるわけがないよ、父さん、母さん!」
頬が紅潮し出した一人息子は、世利の両肩を手で掴むと、前後へ揺すり始める。
「こら、昇、父さんの身体を、離しなさい!」
「少し前まで生きていた、新鮮な牛肉が食べられるなんて、夢のようだと思わないか? 滅多にない機会だぞ」世利は言った。「それに、この黒毛和牛は、
「だからって、僕は、生きた子牛を焼き肉店に連れて行って、その肉を調理して食べさせられても、嬉しくなんかないよ⁉」
やむなく、世利が、昇の煩わしい手を、振り払う。
「ともかく、朝昼兼用で、常陸牛の味を堪能しよう」世利は言った。「これから、焼き肉店へ、この子牛を連れて行くぞ」
「それまで、昇は、この黒毛和牛に名前を付けて、待っていなさい」妙子は言った。「後で、出発の支度が出来たら呼ぶわ」
「この子牛に名前なんか付けたら、愛着が湧いてきて、余計に食べられなくなるんじゃないか?」
「いいから、昇は余計なことを考えるな」世利は言った。「今日は、昇の大切な誕生日だ。お前には、この常陸牛へ名前を付ける権利がある」
「ちなみに、その子牛は、メスよ」妙子は言った。「よく似合う名前を思いついてね」
世利は、出発の準備を始めながら、妙子にたずねた。
「せっかくの嬉しい機会のはずなのに、何故、昇は喜んでくれないんだ……」
「あの子牛が食用肉になってしまうところが想像できて、可哀そうなんでしょう?」
「妙子、日頃から俺たちが食べている焼き肉と、何も変わらないぞ」世利は言った。「わざわざこの日のために、あの子牛をマンションまで、連れてきたんだ。けれど、肝心の昇が、この話に乗ってくれなきゃ、俺たちが苦労した甲斐がないじゃないか」
「確かに、もっと昇は、素直に喜べばいいのにね」妙子は言った。「いずれ、私たちの気持ちは、分かってもらえるでしょう」
一方、ベランダに取り残された昇は、黒毛和牛と視線を合わせる。
「子牛のつぶらな瞳が、可愛いな」昇は言った。「メスの牛に着ける名前は、なんだろうか……そうだ、
この子牛に名前を付けることで、愛着が湧いてきた。
「よろしく、牛子」
ン~モォ~ゥ。
牛子と名付けられた黒毛和牛が、昇と視線を合わせてそう唸った。
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