第16話 騎士との別れ

 騎士団が町を去るという事は瞬く間に町中に広まり、翌朝に彼らが出発する頃には町の人々が集まっていた。その中にはやはりルクスも居たのだった。

「皆さん、ご迷惑をお掛けしました。そしてお世話になりました!」

 団長であるクラールスが代表して町の人々に礼を述べると、皆が一斉に拍手で応えた。その最中、町人の一人が最前列に立つルクスの背中をポンと押した。彼が騎士に憧れているのを知っていた者の配慮だった。ルクスは一度振り返ると礼をして、クラールスの元へと近づく。

「君にも随分と世話になったな。本当にありがとう」

「……本当に、もう行ってしまうんですか?」

 ルクスがクラールスを見上げる。その目には別れを惜しむ涙が浮かんでいた。

「仕方ないさ。こうして犯人が見つかったのだからな。首都ウルブスに戻り、そこで奴を裁判に掛ける、そこまでが我々の使命だ」

 クラールスは目を瞑り一拍置くと、再び目を開けた。その時、視線はルクスを斜め上から捉えていた。

「まあ、犯人が犯人だからな。これは騎士団の問題でもある。我々の責任を果たさせてくれ」

「……分かりました」

 別れを惜しみ、俯くルクスにクラールスは掛ける言葉を探していた。

「そう落ち込む事は無い。遅かれ早かれ、我々がこの町を去るのは分かっていた事だっただろう?こんな形で戻る事になるとは思っていなかったがな」

「……そうですね」

 力無く空返事をするルクスを見て、クラールスはどうすれば良いのか分からなかった。すると、

「大丈夫よルクス君。きっとまた会えるから」

 クラールスの後ろから、アルビダが顔を覗かせて言った。

「それに、貴方にも居るじゃない。かけがえのない人が。あの子の事を大事にしてあげてね」

 そう言うと、アルビダは華麗にその長い髪を指でかき上げながらウインクをした。ルクスは思わず、真正面を向いた。その顔は気恥しさからか頬が薄く紅潮していた。

「な、なな何を言うんですか!?」

「あらあら照れちゃって、やっぱり可愛いわね」

「……!」

 ルクスは辱めを受けたような気持ちになり、下唇を噛み締めた。

「ん、どうしたんだ二人して。それにいつからそんなに仲良くなったんだ?」

 対してクラールスは未だに何の事か分かっていない様子だった。

「別に何でもないわ。二人だけの秘密よ、ね?」

「……」

 アルビダが人差し指を自分の唇に当てながら言った。畳み掛けるように揶揄う彼女に若干の怒りを覚えたルクスはぷいっとそっぽを向いた。

「ふふ、冗談よ。貴方を見ていると、つい弄りたくなっちゃうのよね。昔の彼にそっくりだから」

 と、アルビダはクラールスの肩を軽く叩きながら言う。

「おい、それは遠回しに俺を弄りやすいと言っている様じゃないか」

 クラールスの一言に二人は同時に目を丸くした後、ため息を吐いた。

「こういうところも昔からなのよねえ」

「なるほど、純粋さが故にどこまでも鈍いんですね」

「え、な、何だ二人共?」

「「何でもないですよ」」

 戸惑うクラールスを置いておいて、二人は目配せすると微笑みを溢した。居た堪れなくなったクラールスがコホンと咳払いをすると、一瞬の静寂が場を支配する。

「とにかく、我々はこれからこの町を去る。世話になったね」

「さっきも言ったけれど、貴方が騎士を志している限り、きっとまた会えるから安心してね」

 その言葉に、先程までの泣きそうだった表情は無く、ルクスは気丈に振る舞う。

「はい、またいつか会える日まで」

 クラールスとアルビダは互いに目を合わせると、微笑んだ。そして、いよいよ騎士達の並ぶ奥の方へと歩いていき、彼らを先導する。

「それでは皆さん、またいつか」

「「ありがとうございました!」」

 クラールスが手を挙げて合図すると、騎士達は同じタイミングで礼を述べた。そして、皆が一斉にクラールス達の後を付いて行き、馬車の後方の荷台へと乗り込んで行く。それに対し、町の人々は去り行く彼らに手を振って応えた。ルクスも、力いっぱい手を振った。

(また、いつの日か必ず……)

 ルクスは騎士団を乗せた馬車の最後尾が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。




 しばらくして、ルクスは山奥にある屋敷に帰ってきた。意外にも彼にはそこまで戻って来られるだけの気力は残されていたのだった。それは彼にとっても予想外だった。朝食も摂らずに騎士団を見送りに行っていた彼は、遅めの朝食を口にする事にした。

「あら、おはようルクス。気分はどうかしら?」

 寝室から直接やって来たのか、ベッラが欠伸混じりに部屋に入って来る。

「ああ、うん。思っていたよりも平気だよ」

「そう、それなら良かったわ」

 いつもと違い、何やら優しげな少女の言葉に違和感を覚えたルクスだったが、彼が問題視していたのはそこでは無かった。目の前に現れた少女は、服は普段の服装だったが髪はボサボサで何やら瞼が重そうにしばしばさせていた。ルクスは気になって訊いてみる事にした。

「そんな事よりも、まさか君は今起きてきたんじゃあ無いだろうね?」

「あら、何を当たり前の事を言っているのかしら。勿論今起きたに決まっているじゃない」

「はあ……」

 ルクスは思わずため息を吐いた。思っていた事が見事に的中したからだ。ここまで気持ちの良くない正解など無いだろう。

「僕が朝早くから騎士団の見送りに行っていた間に君は何をしていたんだ」

「あら、だからさっきから言っているじゃない。何度も言わせないでくれるかしら」

 ベッラは寝起き直後特有の苛立ち易さを見せながら言う。ルクスは内心思う。どうして自分の方が怒られているのかと。しかしそれをぐっと堪える。寝起きの少女相手に向かって怒声を浴びせる程、彼の良心は失われてはいないからだ。

「あのね、確かに昨日の事があって疲れているのは分かるけれども、いつまでもそんなにぐうたらしていたらダメだよ。生きている時間は有限なんだからね」

「何だか癪に障る言い方ね。まるで私が毎日怠けているかのような表現じゃない」

「じゃあズバリ訊くけれど、ここ一週間の中で僕が普段出掛ける日に君が自分から起きて来られたのはどれくらいの回数だい?」

 そう訊かれ、ベッラは思い返しながら自分の指を折り曲げて数を数える。すると、三回分曲げた所で指の動きが止まってしまった。

「ほらね、言っただろう。それだけの数でしか無いんだよ。全く以てダメじゃないか。ちゃんと健康的な生活をしていなくちゃ、ロクな大人になれないよ?」

「……私も分かってはいるのだれけど、どうにも、起きられないのよね」

 ベッラはしょんぼりとして下を向いてしまった。普段の彼女であればまた二、三回は強気な口調で言い返して来そうなのだが、今日は何時にも増して元気が無い。どうにも調子が狂うと感じたルクスは、話の流れを変えようとした。

「……ともかく、これからはもっと早く起きて来てよね。僕だって何時までも君を起こしに行けるとも、限らないんだから」

「……っ!それはどういう意味!?」

 と、突然ベッラが顔を上げて、何やら神妙な面持ちでルクスを見つめていた。どうやら、先程の一言が気になってしまったらしい。

「な、何さ、大きな声を出して」

「……実は、少しだけ不安だったのよ。今日騎士団がこの町を出て行くのなら、貴方もそれに付いて行ってしまうのではないかって。私の手の届かない所にでも行ってしまうのではないかって」

「いや、言葉のあやだよ。僕は何処にも行かないんだから、安心して」

「……本当に、何処にも行かないのでしょうね?」

 再び確認をするベッラに、ルクスは首を傾げた。どうにも、彼女には彼に対して強過ぎる執着心があるように思えてならないのだ。

「大丈夫、約束するよ」

「そう、それなら良いわ」

 安心したのか、ベッラがホッと一息吐いた。その様子を見たルクスは、改めて決心をして一度だけ強く頷く。

「漸く、騎士を目指す理由が分かった気がするよ」

「あら、それはまた急な話ね。今決まったのかしら?」

「うん。たった今、ハッキリと僕の中で胸にスっと落ちた気がする」

「ふーん、そう」

 ベッラは二人の間に置いてあるテーブルに肘を立て、頬杖を付いて聞く。

「それで、一体どんな理由になったのかしら?」

「それは、君を守る為さ」

「……」

 その時、少女の肘がテーブルから一瞬離れた瞬間にガタッと音がした。構わず、ルクスは言葉を紡ぐ。

「昨日、君は迫り来るバルバルスさんから僕を助けてくれただろう。昨日だけじゃない、あの山で熊に襲われた時だってそうだった。思い返せば、僕は君に救われてばかりで、結局のところ自分では何も成し遂げてなんていないんだ。だから、僕も君に借りを作るばかりじゃなくて、借りを返せるように強くなりたいんだ」

 ルクスはそこまで言うと。テーブルを避けてベッラの方へ近づく。

「それに今の君を見ていると、どうにも危なっかしくてしょうがない。僕がもっと力を付けて、君を支えてあげないとね」

 ルクスはベッラの頭にポンと自分の手を乗せた。その後で、もしかするとまた怒られるのではないかと思ったが、意外にも当の本人は俯いているだけだった。

「……どうしたの?」

「貴方は本当に変わらないのね」

 声が小さくて、彼には聞こえなかった。

「え、何?」

「何でもないわ。ほら、朝食を摂るから用意しなさい」

 そう言うと、ベッラはルクスの腹に軽く拳の一撃を放った。しかし、反射的に「ぐっ」と声が漏れただけで特段痛みなどは無かった。ベッラは腹を軽く摩るルクスには目もくれず、大きなテーブルのある部屋の方へと歩を進めて行く。

「はいはい、畏まりましたよ」

 ルクスも丁度良いと思い、キッチンに向かい二人分の朝食を作り始めた。

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