第3話

 ネイトは、先生を見ているのが、この続きを聞くのが、正直、辛かった。


「・・・でも、彼女は父親に愛されたい娘であり、ニコラス王の血統であることに、責任と矜持プライドを抱いていたから、気持ちは揺らがなかったんだよ」


 ああ・・・やっぱり・・・

 ネイトはどういう顔をして良いか分からず、眼鏡を直してごまかした。


「だから僕は、最後の別れぎわに彼女に言ったんだよ。『毎年新年に羽を送るよ。10枚そろったら、必ず迎えに行くよ。もし、君の気が変わったなら、羽を捨ててくれ』・・・ってね」


 羽・・・。

 勝利の女神の象徴である、勝利の翼。

 その一部と言われている、鳥の風切羽を、神殿への献金と共に送る。


 これはよく行われている事だ。

 ネイトも、父親が戦場へ行っている時は、母と共に無事を祈って、羽を添えて献金をした。


「それで・・・それで、先生。羽はそろったんですか?」


 ナサニエル先生は、ただ優しく笑って、ネイトが出した10個の魔法が書かれた用紙を、手に取った。


「懐かしい魔法ばかりだ。僕も学生の頃はずいぶん使ったよ。そこにはいつも彼女が居た。ここに書かれた魔法は全て、彼女のために使ったものだ」


 そう言いながら、先生は用紙を見ながら目を細めた。


 その目は、文字を見ているのではなく、その魔法を使っていた頃を見ているのだと、ネイトは思った。


 ふと、先生は顔を上げて、ネイトを見つめる。


「ネイト、僕は後悔しているんだよ。勇気を持って、もっと早く彼女に告白すれば良かった、ってね。そうすれば僕たちは、もっと違った学生生活が送れたんじゃないかと思う。僕は自分のことしか考えていなかった。彼女の時間に限りがあったなんて、考えもしなかったんだ」


 ネイトの心臓が、ドキンと跳ねる。

 

 それは・・・

 僕に勇気を持て、って言ってるの?

 後悔するな、って言ってるの?


 こんなことを言うってことは・・・

 先生と勝利の女神は、きっと・・・


 ネイトは返す言葉が見つからなくて、先生の顔を見ていることができなくて、下を向くしかなかった。


 静まりかえった部屋に、カチャリ、と、小さな音が鳴る。

 ネイトは目だけでその音の方を見た。


 ナサニエル先生が、懐中時計を開いている。

 もう、自分の相談の時間は過ぎているのだろう。


 チラリと見えた先生の懐中時計は、銀色がくすんで、かなり年季が入った物のようだ。

 蓋の内側に、何かが彫ってある。

 あの紋様は確か・・・


「すまないネイト、もう時間が無いんだ」


「はい。・・・では、残りの二つの魔法については、また考えて来ます」


 そう言って、ネイトが席を立とうとすると、


「ああ、ちょっと待って。君、この後の予定は?」


 先生はネイトを止める。


「いえ、もう放課後ですし、夕食まで図書館で勉強しようと・・・」


 ネイトの言葉に、先生はウンウンとうなずく。


「座学も良いけど、君に補習をしてあげよう。付いて来なさい、これは命令だよ」


 えーっ? 命令?


 温厚なナサニエル先生らしからぬ言葉に、ネイトはびっくりする。


 しかも補習だなんて。

 常に上位の成績を保っているネイトは、当然、補習なんか受けたことは無い。

 しかもしかも、ナサニエル先生の補習なんだから、魔法に決まってる。


 魔法の補習だって!?

 このぼくが!?

 ありえないでしょ!?


 けれど先生は、どこか楽しそうにしながら、相談室を出て行ってしまった。


 先生の命令ならば、従わないわけには行かない。

 なにせ奨学生だから、先生に刃向かって、奨学金を止められたら大変だ。


 ネイトは、何一つ納得できないまま、あわててナサニエル先生の後を追った。


続く

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