第2話 

「僕もね、ここの学校の卒業生で、奨学生だったんだよ」


 ナサニエル先生が、ここの卒業生なのは、皆が噂していたことだ。

 そんな先生は多いから、珍しい話じゃないけど、奨学生だったとは、知らなかった。


「それでね、好きな子が居たんだ。彼女も、同級生で貴族のお嬢様だったんだ」


 彼女、と言われて、ネイトはまた顔を赤くする。


 知ってるんだ、先生は。

 ぼくがアシュリーを好きだってこと。


「君たちが二人でいるところを、よく目にするからね。放課後の図書館とか。・・・からかっているんじゃ無いんだよ、ネイト。君たちを見ているとね、すごく懐かしくなるんだよ」


 ナサニエル先生はそう言って、窓の外に視線を向けた。

 そこから見える景色は、冬枯れの庭から、木々が芽吹き始めていて、遠からず春が来ることを感じさせる。


「・・・あの、先生。聞いていいですか?」


 ネイトが遠慮がちに言うと、先生は視線を戻して、軽くうなずいた。


「あの・・・その人とはどうなったんですか? ぼくと同じ奨学生だったって事は、そのお嬢様と先生は身分が違いますよね・・・だから・・・」


 言いながらネイトは、聞いたことを後悔する。


 もし、その想いが叶っていなかったら、ぼくはどうしよう。

 今は、学校に居さえすれば、同級生として会っていられるけど、学校を出たら、それも無くなってしまう。

 だから・・・。


「君の同級生、アシュリーメイ=タナー=オルセン。ニコラス王の血統を示す名だね。かなりの名門貴族の令嬢だ。本来なら養成学校なんぞに、入学してくる訳が無い」


 ナサニエル先生がニヤリと笑う。

 やっぱり、アシュリーのことだと分かっていたんだ。

 改めて名前を出されると恥ずかしくて、ネイトは赤い顔をうつむけた。

 

「アシュリーメイが入学できた理由はね、前例があったからさ。10年前にね、オルセン家の令嬢がこの学校に在籍していたんだ」


「えっ・・・もしかして・・・」


 その人が先生の好きだった人?

 アシュリーに関係がある人なの?

 続く言葉を、ネイトは飲み込む。


 それが分かったのか、先生は優しい笑みを浮かべて、ゆっくりとうなずいた。


「僕は彼女が好きだったけれど、彼女に告白する勇気が無かった。友人だったからね。その関係を壊したくなかった。一緒にさえ居られれば、それで良いと思っていたんだ」


 それは・・・すごく分かる。


 ぼくもそうだ。

 告白して、今の関係が壊れてしまうのなら、友人で居た方が良いって・・・思っている。


 ネイトは、膝にのせていた手を、ギュッと握りしめた。


「けれど、彼女はある日、学校を去ることになったんだ。『勝利の女神』として神殿に行くことが決まったんだよ・・・」


 「勝利の女神」は、国の勝利を祈る巫女だ。

 出陣する騎士団に、勝利の祝福を与え、時には戦場に出向いて、戦士たちを激励する。

 王家の血統である貴族の、独身の姫から選ばれるのだと、ネイトは知っていた。


「だから僕は、思い切って告白したんだ。君が好きだ、と。そうしたらね、彼女も、僕のことが好きだって、言ってくれたんだよ」


 良かった! 両思いなんだ!


 ネイトは自分のことのように、嬉しくて、安心した。


「けれど彼女は、学校を出て行ってしまった。父親であるオルセン提督の命令に逆らえなかった。・・・いや、彼女は父親に愛されたい娘だった。だからその命令を受け入れたんだ。そして、受け入れる代わりに、女神の勅命がおりる時まで、普通の学生生活を送りたいと願って、この学校に来ていたんだよ」


「それじゃあ・・・両思いだったのに、引き離されてしまったんですか? 先生は、何もしなかったんですか?」


「したよ。彼女をどうにかして引き止めようとした。『勝利の女神』になってしまったら、10年の任期が切れるまで会うことも、手紙のやりとりもできない。必死だったよ、でもね・・・」


 ネイトはコクリと唾を飲み込む。

 ナサニエル先生の顔が、わずかに陰った。

 

続く 

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