蛇足だらけ
清瀬 六朗
第1話 『戦国策』の「蛇足」
「蛇足」ということばがあります。
「それがあることによって、全体の価値が下がる(またはなくなる)ようなよけいなもの」という意味です。
この「蛇足」についていろいろと調べてみました。
「蛇足」の出典は『
『戦国策』というのは、中国史上の「戦国時代」の各地の地方王国が、勢力を拡大するために、また国を維持するために何をやったか、ということをまとめたエピソード集です。
というより、「『戦国策』の扱っている時代」が「戦国時代」と言われるようになったのです。
だいたい紀元前五世紀の中ごろから、紀元前二二一年の秦の始皇帝の統一までが、中国史上の戦国時代とされます。
戦国時代より前の春秋時代には、衰えたとはいえ、形式的には
すでに群雄割拠の状況は始まっていたけれど、「王」がいるのは周のみで、「公」などの肩書き(「爵位」)を持つ群雄諸侯が「王を補佐する」という名目で天下に号令しようとしていました。
なお、周は黄河流域やその上流の支流の
これに対して、南の長江(揚子江)流域を本拠とする
しかし、これは自称であって、周からは子爵という比較的低い爵位を与えられていました。だから、周や黄河流域の諸侯から見れば、やはり「天下に王は一人で、それは周の王」だったのです。
ところが、戦国時代に入ると、黄河流域の国も含めて、有力な地方王国の君主が、周の王を無視して、天下に一人しかいないはずの「王」を名のるようになりました。そして、他の国よりも上に立って、やがては「天下」を統一することを目指すようになります。
しかし、いくら理念的には「王は天下に唯一の存在」であっても、現実には他の王国も存在しています。しかも、情勢次第では他の王国と友好関係を結んだほうが有利になることもあります。
そこで、各王国のあいだを使者が行き来し、さまざまな言論を駆使して外交を展開し、自国に有利な情勢を作り出そうとしました。
一九世紀のヨーロッパで「戦争は異なる手段をもってする外交の延長」(クラウゼヴィッツ。原文どおりではない)であったとすれば、この中国史上の戦国時代は「外交は異なる手段をもってする戦争の延長」であったわけです。使者がひと言まちがえれば戦争が起こり、自国は大損害を受けるかも知れない。
『戦国策』は、そのような緊張感の下での外交的言論の集成です。
なお、編者は漢(前漢)の
劉向については:
『千古、玉を埋むるの地』「第4話 王朝とは関係ない、民衆の物語」
https://kakuyomu.jp/works/16817139555417540516/episodes/16817139556020212884
で触れたので、ここでは繰り返しません。
「蛇足」は、その「巻九」、「
黄河下流、東方の大国であった
そこで、優勢な楚軍の進撃を阻止したい斉の君主(年代からすると
斉の使者「将軍はすでに大きな功績を立てられ、臣下として最高の職位にまで上られています。これ以上、功績を立てて、さらに出世するという望みがありますか?」
楚の将軍「いいや、ない」
斉の使者「将軍はもしここで敗北されれば責任を取らされて左遷される恐れがあります。もしここでお勝ちになっても出世なさる望みはありません。だったら、ここで戦わずに撤退されるのがよい策ではありませんか?」
そこで持ち出したのが「蛇足」のエピソードです。
斉の使者「お国の楚にはこんな話があるそうですな。
お祭りのあとの宴会で、主人が、召使いたちを集めて「ここに、みんなで飲むには足りないが、一人で飲むには十分な量の酒がある。そこで、いまから地面に蛇の絵を描いて、いちばん最初に完成させたやつにこの酒をやろう」と言いました。そこで、ある男が蛇の絵をいちはやく完成させ、酒壺に手を伸ばして「ボクちゃん、これから蛇に足を描き足す余裕あるもんね!」と言い、蛇の絵にさらに足を描きました。すると、二番めに蛇の絵を完成させた男がその酒壺を横取りして、「蛇に足はない。だからおまえの絵は蛇の絵ではなく、失格だ。一番最初に蛇の絵を完成させたのはおれだから、酒はおれのものだ」と言い、酒を飲んでしまいました。
将軍も、ここで撤退しないと、蛇の絵に足を描き加えた男みたいなことになりますよ」
その将軍は、そのとおりだと思って軍を返し、斉は侵略を受けるのを免れた、というエピソードです。
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