後編

「『幸せを運ぶ羽』って、都市伝説の?」


 首をかしげる私に、まゆは大きくうなずいた。


 それは、高校生の間でまことしやかに言われている都市伝説だ。もしかしたら、高校生以外でも知っている人はいるかもしれない。


 ある日突然、目の前に一枚の羽が現れる。その羽は、所有者に大小さまざまな幸せを運んでくるとされ、いくつかの幸せを所有者にもたらすと消えてしまうと言われている。


「で、その色が淡い桜色だって言われてるの」


 彩が持ってるその羽と同じでねと、まゆがつけ加える。


「じゃあ、これがその『幸せを運ぶ羽』ってこと?」


 おそらくとうなずくまゆに、私はうれしさと同時に納得してしまった。昨日、クッキーを味見した時に、達成感と幸せを感じたからだ。


「ねえ、彩。みき先輩に告ってみたら?」


「――っ!?」


 唐突なまゆの言葉に、ちょうど口に含んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。どうにか寸前で飲み込んだけれど。


「な、何で急に、みき先輩の話になるの!」


「えー? だって、それが本当にうわさの羽だったら、無理めな恋だって叶いそうじゃん?」


「無理めって言うな―!」


 にやにやするまゆに、強めのツッコミを入れる。


 みき先輩というのは、私たちの一年上の先輩、倉田くらた幹彦みきひこ先輩のことだ。私が所属する放送部の部長で、みんなから親しみを込めてそうと呼ばれている。背が高くてかっこいいだけでなく、誰に対しても真正面から受け答えをする。そんな誠実な先輩だから、憧れている生徒や慕っている生徒が多い。かくいう私も、密かに恋心を抱いているうちの一人だ。


「ごめんごめん。でも、みき先輩のこと好きって女子、いっぱいいるじゃん。その中で射止めるの、けっこう至難の業だと思うよ?」


 言いながら、まゆは二枚目のクッキーに手を伸ばす。


「それはそうだけど……」


 と、言い淀む私。


 たしかに、みき先輩は男女問わず人気で、私の他にも先輩に恋している女子生徒はたくさんいるらしい。その中には、私よりかわいい子もいたりする。そもそも、私なんて相手にされないかも知れない。


「ダメ元で試してみてもいいんじゃない? 羽に触って不安消してるみたいだし」 


「へ?」


 まゆに言われて、自分が無意識に羽を掴んでいたことに気がついた。この羽が、都市伝説のそれだと頭のどこかで理解していたのかもしれない。偶然だったとしても、昨日作ったクッキーが今まで作ったものよりも上手にできていたのだから。


「……うん。ちょっと、勇気出してみる」


 そう言葉に出した瞬間、今まで心を覆っていた靄が晴れたような感じがした。


「そうこなくっちゃ! がんばれ!」


 と、まゆに応援されて、根拠はないけれどうまくいくような気がした。


 直後、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。それさえも私を応援してくれているように感じた。


 * * *


 放課後、私は放送室の扉の前で一人、ものすごく緊張していた。まゆとは、別々の部活動に入っているので教室で別れた。ここからは、私一人で立ち向かわなければいけない。上着のポケットに入れたスマホを指先で確認して、ストラップの羽に触れる。心の中で大丈夫と唱えながら深呼吸をして、放送室の扉を開けた。


 そこには、部長であるみき先輩がいた。放送機材が置いてある机に軽く腰かけながら、何かのファイルを見ている。他の部員はまだ来ていないらしく、図らずも二人きりだ。


「こんにちは、先輩」


 いつも通りを意識して声をかける。


「ん? ああ、鏑木かぶらぎさんか。みんなはまだ来てないよ」


 みき先輩は、そう言って顔を上げる。眼鏡の奥の瞳が、柔らかく微笑んだ。


 私は小さく息を吐くと、


「先輩、お話があります」


「何だい?」


 真面目なトーンの私に、みき先輩はファイルを閉じてきょとんとした表情を向けた。


「あの……私、先輩のことが好きです。つき合ってください!」


 早口にそう言って、深々と頭を下げる。


 先輩の困惑したような息づかいが聞こえる。けれど、顔を上げて先輩の顔を見ることができなかった。目を見て断られたら、立ち直れそうもなかったから。


「鏑木さん、頭を上げてくれ」


 優しく言う先輩の声に、私はそろそろと顔を上げる。すると、いつの間に移動したのか、すぐそばにみき先輩がいた。


 心臓が跳ねる。大好きな人が至近距離にいるおかげで、脳内は大パニックに陥った。もう一歩踏み出すだけで先輩を抱きしめられる、そんな距離だった。

顔が熱い。恥ずかしくて、この場から逃げ出したくなる。でも、意を決して私は先輩の顔を見上げた。


「――」


 声にならない声がもれた。いつも通りの声だったはずなのに、先輩の顔が赤く染まっていたのだ。今度は、私がきょとんとしてしまった。


「せんぱい……?」


 小首をかしげると、急に抱きすくめられた。突然のことに思考が追いつかない。


「ああもう、かわいすぎる!」


「え?」


「ごめん、鏑木さん。本当は、俺から言おうと思ってたんだ。つき合ってほしいって」


「え……ええええっ!?」


 考えてもみなかった急展開に、私は驚くことしかできなかった。まさか、大好きな人と両思いだったなんて!


「えっと、じゃあ……私の恋人になってもらえるってことで、いいんですよね?」


 確認するようにたずねると、先輩はにこりと笑ってうなずいてくれた。


 うれしすぎて、思わず先輩の胸に顔をうずめてしまった。告白が本当に成功するとは信じ切れていなくて、断られたらどうしようと不安だったのだ。


(これって、あの羽のおかげだよね?)


 そう思って上着のポケットの中を探る。スマホに指が触れる感触があった。それに沿って羽を探していくけれど、ふわりとした感触はなくストラップの紐と金具があるだけだった。


(あれ? ない。じゃあ、あの羽って……)


 本当に『幸せを運ぶ羽』だった?


 そんなことを考えていると、先輩が不思議そうに顔をのぞき込んでくる。


「どうかした?」


「え、あ、何でもないです!」


 とっさのことに、そんなごまかし方しかできなかった。でも、都市伝説のおかげで結ばれたなんて知られたくない。


 幸いなことに、先輩はそれ以上踏み込んでは来なかった。ほっとしたと同時に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。


(だけど、これからちゃんと好きになってもらえばいいんだもんね!)


 淡い桜色の羽に感謝をしつつ、そう思い直して先輩に抱きついた。


 きっかけは都市伝説だったとしても、私たちの気持ちはきっと本物だと思うから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せを運ぶ羽 倉谷みこと @mikoto794

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ