公爵令嬢ローズは悪役か?

瑞多美音

公爵令嬢ローズは悪役か?


 「婚約を解消してくれ。貴方もわかっているだろう?」


 迎賓室へ入室したと思えばこの言葉。

 

 哀れみの表情を作りそういったのはテオドール殿下。私の婚約者である。

 素人でももう少しましな表情が出来ると思いますけど……愉悦が隠しきれていませんね。

 薄々おかしいとは思っていましたが、私が席に着くことすら待てなかったのでしょうか?

 殿下たちは席に着いてふんぞり返っているのに対し、私はテーブルまであと数歩の距離で立ったまま。


 殿下の隣には子爵令嬢であるマーガレット様がうるうると瞳を潤ませ座っていた。

 柔らかくウエーブした薄ピンクの髪に華奢なのに出るところはしっかり出ている身体で鈴を転がしたような声まで装備し……ええ、10人中9人は美少女だと答えるでしょうね。



 対するローズは燃えるような赤毛を緩く編み、シンプルなドレス姿で猫のようだといわれる少しつり目ぎみな金眼もいまは据わり……その表情は不愉快さを滲ませている。マーガレットが美少女ならローズは美女と呼ぶにふさわしい美貌の持ち主であった。


 表情管理は貴族の基本。

 テオドール殿下とは違いこれはローズがあえて滲ませているのだ。目の前のふたりにそして、周囲の使用人たちにもしっかりと伝わるように……噂は使用人から広がる。これ、常識でしてよ?



 「ローズ様、どうかお許しくださぁい。私たちが愛し合ってしまったばかりにぃ……」


 この話し方が男性に人気の理由のひとつでもあるらしい……そして、まるで女優のように……まるで女優のように!ポロリと美しいひとすじの涙を零した。

 それを目にした私の現婚約者であるテオドール殿下は当然のように寄り添い肩を抱いた。



 「マギーが責任を感じることなどないんだ。私と彼女との婚約は家格や年齢の釣り合いで決められたものに過ぎない……王太子たる私が真実の愛に出会ったのだから、解消してしかるべきなんだよ」

 「テオドールさまぁ……」


 まぁ。愛称呼びまでしているなんて……はぁ、ふたりだけの世界に浸っているところ申し訳無いが、話を進めてほしい。


 「殿下、申し訳ありません。私からはお返事致しかねます。公爵家当主である父とお話しください」

 「公爵には陛下にも伝えてほしい話をしたのだが渋られてね……しかし!真実の愛を手に入れた私とこのまま形だけの結婚をしてもお互い不幸になるだけだ。君からも公爵を説得して欲しい」

 「そういわれましても……」


  そんな簡単に「じゃあ、婚約解消で!」「かしこまりましたー!」とはなるはずがないとわからないものか……様々な契約があって成り立っているのだ。しかも、自分の親に話してもいないようだ……あきれて言葉もでない。馬鹿にされているのかしら?


 私の反応が鈍いことがお気に召さなかったようで……殿下は瞳に侮蔑をにじませ


 「これを言いたくはなかったが、仕方あるまい。貴方はどうやら、いじめをしていたようだな!」

 「そうなんですぅ、ローズ様ったら私に会うたびに礼儀がどうとか……言葉遣いがとかぁ……」

 「そうだったね。ローズ嬢、どういうことかな?」


 これ、言外に脅してますよね?私が父に婚約解消の話をしないとそれを理由に捕まえちゃうぞ!的な……貴族牢くらいには簡単に入れられてしまいそうですね。1日くらい体験してみるのもやぶさかではありませんが、殿下に入れられるのは論外です。



 「では、殿下。その質問にお答えする前にお聞きしたいことがございます」

 「ごまかすつもりか!」

 「いえ……殿下はマーガレット様の行動になにひとつ問題はないとお考えでしょうか?」

 「もちろんだ!」

 「ひ、ひどいですぅ」


 いや、平民として暮らしていたならまだわかる。でも彼女生まれも育ちもれっきとした子爵令嬢なのよ?自身の家より高位貴族に話しかけられない限り、話しかけてはいけないのが礼儀なんて基本中の基本なのに……教育は受けているはずなのにわかっていないの?

 というか、殿下も自分の発言がどう影響するか理解していないのかしら……


 「ローズ嬢!言い逃れるつもりか!」

 「そのようなつもりはございません。そうですね……殿下が問題ないと申すなら……んんっ。だってぇー、そうやって他に婚約者がいる者にベタベタくっついたりぃ。身分の低いものから話しかけてはいけないってことをー、注意してはいけないなんて王太子妃教育では習わなかったんですぅ」

 「「なっ」」


 やだ、これって案外恥ずかしいんですね。これを堂々とやってのけるマーガレット様ってすごい方なんだわ!そんなに睨まなくてももういたしませんわ!マーガレット様の専売特許ですものね!


 「そ、それは愛するマギーだから許しているのだ!」

 「テオドールさまぁ」

 「では、私はなぜ注意してはならなかったんですの?私はそこのマーガレット様のことなど愛しておりませんが。それとも、殿下の愛する方が何をしようと全国民が許容してしかるべきとでもおっしゃるのでしょうか?」

 「ぐっ……」

 

 そろそろ終わりでいいかしら……


 「ともかく、マギーは特別なのだ!婚約解消を公爵に伝えるように!」

 「かしこまりました」


 そういうとふたりは満足したのか、ベタベタとくっつきながら出ていった。


 「ふふ、殿下の有責で婚約破棄できそうだと伝えておきます……ね。ウェス、お父様に報告を」

 「……すでに部下が向かっております」

 「そう」


 ようやくひと息つけるわ……ソファに腰かけた途端、新たなお茶を音もなく置いた影……相変わらず優秀ね。味も美味しいわ。

 というか……殿下。久しぶりに我が家を訪ねてきたのですよ?先触れもなく。しかも、真実の愛とかいう招いてもいない部外者を引き連れて……まぁ、うちの影が優秀なお陰でふたりでやってくるのはわかっていたのですけれど。


 それに、ふたりをもてなしたこの部屋は映像が保存できる魔道具が取り付けられているのですべてつつぬけですわ。

 いかにも休んでいたところの急襲に見えるように髪も緩く編みシンプルなドレス姿だったのです。もちろん、人前に出られる格好ですわ。多くのひとに確認される可能性がありますから計算しつくされた髪型とドレスです。公爵家の使用人は影に限らず優秀なのよ?

 映像をみた人々により、ふたりの非常識さが伝わるように……ふふ、印象ってかなり重要よね。もちろんあの表情も計算のうえですわ。

 相手に座ることすら許さず一方的に婚約解消を言い渡す殿下……印象はよくないでしょうね。まぁ、私がマーガレット様の真似をした場面も見られてしまうのは少し……いえ、結構恥ずかしいですけど。

 公爵家の使用人たちも私たちの意を汲んで噂を広めてくれるはず……誠実な対応での婚約解消ならば喜んで受け入れたでしょう……でもやられたまま黙っているわけにはいきません。公爵家としても私にも矜持があるので。


 それに……殿下が愛するものなら何をしても許されるなら、間者を引き入れても、悪事を働いてもよいってことになってしまいますもの。

 そのような発言を堂々とする殿下をお父様が支持するはずありませんわ。

 それにしても殿下は公爵家の支持がなくなれば自身の王太子という地位が揺らぐとなぜ、わからないのかしらね。

 この婚約も殿下を王太子にしたい王家……というか側妃さまのゴリ押しでしたのに。

 それに、健康を不安視されていた陛下と王妃様の子である第一王子殿下が健康を取り戻したと少し前から噂になっていましたから、余計に気を付けなければいけなかったのに。



 殿下は会うたびに「お前のその髪、血の色のようで下品きわまりないな」などど先祖代々の自慢の赤毛をおとしめる発言やばかり。


 この国では高貴なものは平民と違い、青い血が流れていて高貴なものの義務として赤い血が流れるものたちも守り導くべきだという教えがあります。

 確かに、我々貴族は怪我をすれば青みがかった血が。平民は赤みがかった血が流れます。

 しかし、白い布に落とさければわからないほどの違いで、貴族と平民の親子鑑定ぐらいにしか使われていません……ただし近年精度が高くないと発覚したため参考程度にしかなりません。ですので、利用するのは魔道具鑑定(かなり精度の高い親子鑑定)の料金を払いたくない(払えない)貴族くらいですね。


 テオドール殿下は赤い血は下賊のもので、まさしく青い血を素晴らしいという主張、思想の持ち主なのです。

 決して、赤い血が流れるものたちを差別したり虐げろなどと教えには書かれていないのに、一部の者は勝手な解釈で自身に都合よく考える者もいるのです。自分たちが青みがかった金髪をしているため余計にそう思うのでしょう。

 教えの最後には赤い血のものたちからの支持がなくなれば国は滅びるだろうとも書かれており、上下関係ではなくお互いの不足を補える関係になれるように願うと初代国王陛下の言葉まで伝わっているというのに。


 ですから赤毛や容姿ついてはもちろん他のことでも偏見に満ちたことばかり申すので内心、顔を会わせるのも嫌でした。

 

 しかし、マーガレット様の薄ピンクの髪はまるで花のようだと褒め称えるのですから……

 きっと、愛する方が赤毛なら褒め称えるのでしょうね

 でもね……殿下。あなたのおばあさまである皇太后様は赤毛だったはずですよ。

 余談ですが高位貴族にもたくさん赤毛がいるはずです。平民のなかにはその赤毛に親しみを持つ方も多く、皇太后様はかなり人気があるそうで……年始に配られる王族の絵は皇太后様のものが1番になくなると有名なのに。なにも見てらっしゃらないのね。



 側妃さまは皇太后様に嫁入りを反対されていたそうですし、殿下は側妃様の血筋が濃く出たためにそう言い含められたのでしょうか。もしかしたら側妃様の一族がそういう思想をもっていたのかもしれませんね。彼らは自分で自分の首を絞めていたと気づけるでしょうか。

 まぁ、すべて私には関係のないことです。


 「そうだわ。ウェス、過去の映像も……」

 「そちらも含めて報告済みです」

 「あら、優秀ね」

 「……恐れ入ります」


 婚約が決まったときに婚約白紙の場合、婚約解消の場合、婚約破棄の場合、数年たっても子供ができなかった場合……などあらゆる可能性を鑑みて細かな条件まで決めておいて正解でした。向こうからのゴリ押しでしたからそこはなんとしても譲れないとこちらの希望をしっかり文言に残してもらったのはよい判断でしたね。


 次の婚約者は王家の介入は一切なし、私の希望にそっていただけると確約を貰っていますし……正直、これ以上の不信感をもたれないためにも前回の婚約のように渋る公爵家に使った王命を二度は使わないはず。

 民心が離れた王族にどれだけの貴族が味方するか……初代国王陛下の教えもありますしきっと大丈夫でしょう……第一王子殿下も公務に復帰するようですしパワーバランスが変わるのは確実。

 よほど破滅願望がない限り、これ以上我が家の機嫌を損ねるような真似はしないでしょう。


 え?

 第一王子殿下の体調が回復させた特効薬を開発した研究者はうちの領地出身ですって?

 ふふ……病気で苦しむ方が減るのはいいことですと色々な研究者や薬師に資金援助したことはあるかもしれませんね。

 でも、私……第一王子の病名など聞いたことありませんのよ?だって王家は健康に不安があるとしか発表していませんでしたもの。

 ふふ、うちの影が優秀だろうって?ご想像におまかせしますわ。




 ああ!窮屈な王太子妃教育もやらなくていいなんて!時間があまってしかたありませんわ!旅行にいってみようかしら?それとも、なにか趣味を探してみようかしら!貴族牢1日体験ツアーも興味あるし……そうだ、影に弟子入りするのも楽しそうだわ!昔から天井裏に隠れてみたかったのよね!


 「ねぇ、ウェス!影ってどうやったらなれるのかしら?」

 「……まずはご当主様の許可を」

 「そう?お父様に時間をとっていただくわ!」

 「……しばらくは後処理で忙しいのでは」


 ああ、そうだった。私はここで役割を終えるけれどお父様はまだ沢山やることがあるのよね……


 お父様の許可がいらないこと……貴族牢はダメよね。


 「旅行ならいいかしら?」

 「……しばらくは周囲が騒がしくなるかと」

 「仕方ないから領地に帰って木登りでも練習しようかしら」


 天井裏に潜るには木登りくらいできないと。


 「……」

 「安心なさい。人目につかない場所の木でやるから」

 


 元々、好奇心旺盛で少々おてんばだったローズは時に人々を巻き込み騒動を起こしながら幸せに暮らしましたとさ。





■ □ ■ □ 




 むかしむかし、とある小さな村にてーー


 「はぁ、はぁ……」

 「ほら!無理すんなって」

 「でも、僕たち世話になってばかりじゃないか……」


 貧弱な体の男は申し訳なさそうにそう話すが


 「そんなことねえって!なぁ!」

 「……ああ。俺たちも大したことしてないしな」


 体格のいい日に焼けた男は笑うばかり。


 ある日……

 

 「そうだ!おめえら頭がいい。こまけぇこととかの面倒たのむわ」

 「うん!それなら僕たちにもできるよ!」

 「ならば、我らは周囲の情報収集や警備を担当する」

 「っ!お前、突然出てくんなよー!気配を出せ、けはい!」

 「……努力する」


 こうして小さな村の運営や収穫の計算を貧弱な体の男たちの一族が。

 狩りや畑仕事などの力仕事をガタイのいい日に焼けた男たちの一族が担うようになった。

 そして、知られてはいないが影の一族も存在していた。

 便宜上、青の一族、赤の一族、影の一族と呼ぼう。

 かつては対等だった……いや、貧弱な体の男たち(青の一族)は助けてもらってすらいたのだ。



 少しずつ人も増え……後に国という形にまで大きくなり、国王となったが皆協力し、家族のように過ごしていたことを忘れたことなどなかった。だからこそ教えとして後世に残したのだ。


 元々、彼らは災害ですみかを追われ流れ着いたものたちの集まりで、それが国のはじまりだった。

 たまたま異種族同士だったために血の色も得意なことも違ったのだ。

 種族間の子供は混ざることはなくどちらかよりになるため、ここまで両方の血の色が違うまま時代が流れてきた。

 赤の一族が青の一族と子をもうけた時、兄弟で血の色が違うなんて日常茶飯事だった。

 影の一族が混ざるとどうなるかって?……どちらかの色になる。その中で素質のあるものが影として生きていく。

 彼らは仲間として家族として血の色など気にもしていなかったはず……いつからこうなったのか。彼らが現状を知ればきっと「阿保らしい」と笑い飛ばすであろう。


 平民も元をたどれば青の一族かもしれないし、貴族も赤の一族の子孫かもしれない。そう、殿下だってね……

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公爵令嬢ローズは悪役か? 瑞多美音 @mizuta_mion

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