第12話 カラオケ
放課後、教室内ではクラス全員でカラオケに行こうかと話が出ていた。
祖父の仁三郎が亡くなる日と同じように、今年も同じクラスになった堀之内功が教室で声をかけている。
広い肩幅にブレザーの裾からのぞく筋張った腕、百八十を超える身長。
バスケ部に所属する爽やか系イケメンで彼女もちらしい。
何もかもが仁とは正反対だった。
「おい久里浜、せっかくだし行かね?」
「やめとけって、どうせ」
「いや、せっかくだし、お邪魔させてもらうね」
堀之内も彼を止めた友人も、そばで聞いていたえみりでさえも仁の反応に目を丸くしていた。
本音では行きたくない。部屋に閉じこもって勉強したいし、同居人である真帆が入学初日どうなったかも気になる。
仁は足を震わせながら席を立った。普段なんとも思わない教科書ノートを詰め込んだ鞄が、今日はいやに重い。
でも、仕方ない。行くしかない。いや、行かねばならないのだ。
祖父のような医師になるために。コミュ力を鍛えるために。
駅前にあるカラオケ店にクラスメイトほぼ全員で入る。
会員証を作ってあるクラスメイトはすんなりと入れたが、仁はそんなものは持っていないので手続きにやや時間を要した。
「お、来た来た」
「こっち座って」
仁が部屋に入ると、先に始めずに待っていてくれたクラスメイトが出迎えてくれる。
陽キャの瓜生功、今年から同じクラスになった将棋部の辺見えみりの姿もあった。
軽い自己紹介の後、気の早いクラスメイトはさっそく歌い始める。
こういう時どうしたらいいのかわからないが、仁はとりあえず周囲と同じようにした。
ウエーイと叫び始めたら叫び、大きく腕を上げれば上げる。
自然とリーダー格になった堀之内が場を盛り上げ、クラスメイトの一体感が強まった(らしい)のを仁も感じていた。
やがて仁の出番が回ってくる。
仁は、緊張を押し殺しながらマイクを受けとる。大きく息を吸い込むと、室内に仁の選んだ曲の伴奏が響き渡った。
「え? これ入れたの誰だよ」
「まじ?」
軽薄な笑い声が響くが、仁は意に介しない。もはや賽は投げられたのだ。
それにここ数か月特訓してきたのだ。今こそ修行の成果を見せるとき!
『心の中、いつもいつも……』
どっと笑い声が響く。屈辱に泣きそうになるが、真帆がこの場にいたら笑わないでくれただろうか、そう思うと少し楽になった。
それにえみりは戸惑いつつも、茶化さずに真面目に聞いてくれていた。
『夢をのせた自分だけの……』
仁が選んだのは数十年前から続く国民的アニメの主題歌だ。
このような場で深夜アニメのアニソンを入れるなど愚の骨頂である。
人は共通の話題を持つことで仲間意識を得る。誰もが知っている歌でまず共通の話題を提示し、関心を向ける。
初めは戸惑うか笑っていたクラスメイトたちも、乗ってきたのか徐々に合いの手をいれたり一緒に歌ったりしはじめた。
(でも、恥ずかしいよ……)
仁は顔から火が出そうになるのをこらえ、あえて堂々とする。
コミニュケーションで一番大事なのは自信である。はったりで良いから自身と余裕を見せておくこと。舐められないようにすること。
これがコミニュケーションの要諦である。
なぜコミニュケーションの本を読んでその通りにしてもうまく行かないのか?
なぜ同じことをしてもある者は受け入れられ、ある者は阻害されるのか?
なぜ世界はチー牛に厳しいのか?
答えはシンプルであり、弱者の振る舞いが抜けきらないからだ。弱者・チー牛・陰キャというのは大体姿勢が悪くおどおどして自信がなく自分から何かを主張しようとせず表情も乏しく声が小さい。
当然のことながら舐められ、カースト低位に置かれ、カースト低位の人間は小さなことでもあげつらわれて嘲笑の対象にされる。周囲の視線が怖くなれば自然と姿勢が悪くおどおどして自信もなくなる。
だから演技でいいので弱者の振る舞いを避けるように心がけることだ。
ネット上ではしばしば「陰キャが何をやっても見抜かれるだけwww」みたいな言説が飛び交うが、人間はそんなたいそうな審美眼など持ち合わせていない。
もしそうなら離婚率はこれほど高くならないし詐欺師は横行しない。
『シャラランラン、』
仁はサビの部分であえてリズムを取るように大きく手を振った。
こんなこと慣れてるんだぞ、そう行動で示すように。
やがて伴奏がクライマックスに至り、仁は息を切らせながらマイクを持つ手を下げた。
終わった。
爆笑と万雷の拍手が鳴り響いたことから、どうやら成功したようだ。
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