第2話  将棋部

「おい仁―。今度カラオケ行かね?」


 授業がすべて終わり、皆が皆帰り支度を始めている放課後の学園。ある者は部活に、ある者は異性との交際へと青春の続きに胸を躍らせている。


 だがそんな中で、久里浜仁は黙々と黒一色のスクールバッグに教科書その他をつめていく。他のクラスメイトと違いバッジもお守りも一切ない。


 肩に担ぎながら、クラスメイトの瓜生功になおざりに返事を返した。


「うん。また今度ね」


「お前さー、社交辞令マジ下手すぎwww。そう言って来たの、四月の一回きりじゃね」


「しょうがないよ。キモイ人間は何やってもキモいから……」


「うん? 何か言ったか?」


 仁はそれには答えず、曖昧に笑いながら教室を後にする。窓の外には校舎隣のグラウンドやテニスコートに学芸棟、そして学園を包む森が延々と広がっていた。


 廊下では多くの生徒たちとすれ違う。


 単語帳片手にぶつぶつと英単語を復唱する者、洗っても泥の落ちないユニフォームに身を包んだ野球部員、てきぱきと後輩に指示を出す生徒会長。


「おつかれ」


「さいならー」


「またなー」


 普通の高校なら交流がなく顔と名前も一致しない相手が多いが、ここ梅松学園は一学年百人前後と生徒数が少ない。


それゆえ同じ学年の生徒はほぼ全員が顔なじみになっている。


だが仁は遊びの誘いはほぼすべて断ることにしていた。


キモい人間はなにをやってもキモい。


少し髪型を整えて姿勢を正しくし言動をハキハキさせたところで周囲のレッテルは覆せるものではない。


忘れもしない小学六年の頃の出来事。


脱陰キャを図ろうと夏休み中におこづかいをはたいて服を選び、美容院にいき、筋トレに励んだことがある。


「みんなどんな顔をするかな……」


一月振りに自分を見たクラスメイトの反応に期待を膨らませて教室のドアを開けたときクラスメイトの一人はこう言い放った。


「なにカッコつけてんの? キモ」


心無い一言に続く大爆笑。


男女の区別なく、普段自分と仲良くしていたクラスメイトも一緒になってあざ笑っていた。その時の彼らの顔と笑い声は、四年経った今でも耳の奥にこびりついている。


久里浜はたちまち目に涙が溢れ、そのまま教室を飛び出す。その日の授業はすべて欠席し、放課後、新品同然の服もヘアセットも筋トレ本もすべて捨てた。


それからはクラスメイトたちと一言も話さず、卒業までの日々を過ごした。



 その後、仁は部活のため学芸棟へと移動する。


 フローリングやリノリウムでなく、令和の世では希少となった黒ずんだ木造の床を歩いていく。一直線の廊下の片側には部活名を表すプレートが入り口の上部に掲げられていた。


 文芸部や美術部、料理部と言った鉄板の部活に加えて漫画研究会、鉄道部などといったマイナーな部も軒を連ねている。


帰宅部だと内申に響くかもしれないし、運動部は人間関係と拘束時間がめんどくさそう。そう考えて仁が入ったのが将棋部だった。


田舎にいる祖父に習ったことがあるので一通りは指せる。


 部室の扉を開くと、すでに数名の男が将棋盤を前に対局を繰り広げていた。


 将棋部は緩い。いつ来てもいつ帰ってもいいし、本を読んでいても時々顔を見せに来るだけの顧問は咎めることはない。


 さすがにスマホは怒られるが、正当な理由があれば黙認してくれる。


 参加必須なのは定例会と学園祭前くらいだ。


だがどこにでも熱心な部員はいるもので、数名は詰め将棋の練習をしたり定石を学んだりしている。


「あ、ジンやん。おつ~」


 将棋盤を広げている部員の中で、小さな手が仁に向かって振られる。

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