震童

紅葉屋 室

第1話 震童

子供の時分は、毎日がせわしなく、発見の連続だった。

好奇心旺盛で、活発。それを支える体力があった。


今は、どうだろう。体力を失っただろうか。

好奇心を失っただろうか。


それとも発見に伴う恐れを知ったのだろうか。





私が小学校5年生の頃。


夜の学校で肝試しをするという行事があった。

勝手をして忍びこむのではない。学校行事としてそういうものがあった。


驚かすのは先生と保護者達。


5年生と6年生は下級生を連れ立ってコースを歩く。


出立前には体育館に集まって、大きなスクリーンで怖い映像が流れる。


これが思ったよりも怖いもので、その時点でリタイヤする子供もいた。


私は、怖いものというのが大の苦手であったが、この映像が流れる間、勝手をして遊んでいたので、見ていなかった。


映像が終わるといよいよ歩き出す。

私とクラスメイト一人

そのほか4年生2人の みんなで4人で歩き出した。


体育館は、校舎とは分離している。


外廊下を歩いて一階から入る。


廊下は暗い。非常案内の薄緑色の光がぼんやりと照らしているだけだ。


それでも先はよく見える。


ぎゅうと4年生が私の服の裾をつかんでいたので、ずいぶんとゆっくりと歩き出した。


ほとんどすり足のような、まさに牛歩といった歩みで前に進む。


普段駆け回っては怒られている廊下だが、今日はいつもより広く、長く感じた。


校舎の一階には、保健室以外普段生徒の入る教室はない。


廊下の突き当りは職員室。


右に曲がると階段がある。


ペタペタ ペタペタ 


上履きが音を立てる。


保健室の前に来ると ドンッ 


と音が鳴った。


4年生は声を出せず、ぎゅうっと私に顔を押し付けている。


ぶるっ 


押し付けられた頭が時折震える。


わたしも本当は駆け出したいほど怖かった。


けれど不思議なもので、怖がる下級生を置いて走ることはできなかった。



結局、保健室以外では特に驚かす要素はないまま、私たちは2階に上がった。


2階につき、また反対の方向へと歩く。


わあっ 


と教室のドアを開けて、おばさんが飛び出した。


びくっとしたが、格好は普通のおばさんだったので、


少し早歩きで過ぎ去った。


また、階段を上がる。


3階の廊下を歩き、突き当りにつく。


途中何度か驚かされたが、先生や保護者が畳みかけるようにたくさん出てくるので、


あまり怖くなくなっていた。



突き当りには教頭先生が立っていた。


「お疲れ様。あとは旧校舎の階段を下りて、体育館に戻ってね。」


私達4人の手にスタンプを押しながら、そう言った。


私たちは旧校舎へ続く渡り廊下を歩く。


 旧校舎は、学校が作られた時の校舎で、もっと子供がいたが時代に建てられた新校  舎と一緒に使われていたらしい。


今はもう使われずに物置のようになっている。


ペタペタ ペタペタ


渡り廊下は、電気こそなかったけれど、採光よく作られた窓から、月明かりが入って、校舎の廊下より明るかった。


すっと斜めに入る月光は明るい。けれどその光の届かない場所はひどく暗い。


4年生が不意に言った。


「トイレに行きたい」


クラスメイトが答えた。


「もうすこしで終わりだから、体育館まで我慢できる?」


四年生は首を振った。クラスメイトはいやそうな顔をした。

怖いから早く明るい体育館に行きたいのだろう。


旧校舎と本校舎は作りが少し違う。


旧校舎は渡り廊下の突き当りに階段があり、その手前には手洗いがある。


そこに行こうと私は言った。


クラスメイトはますますいやそうな顔をした。


私たちは少し早歩きで、歩いた。


ぺたぺた ぺたぺた ぺたぺた


トイレの前についた。


クラスメイトはいやそうな顔をしていたが、怖がる4年生と一緒にトイレの中に行ってくれた。


私ともう一人の4年生は トイレの前で待った。


トイレの正面には 廊下がまっすぐ伸びている。


非常口を示す灯は私の左手の階段上と 


正面の廊下突き当りにあった。


ぼんやりと緑の光が照らしている。


私の体に顔をうずめていた4年生は、教頭に押してもらった蓄光スタンプが気に入ったようで、自分の左手を顔の高さに持ち上げ、興味深げに見ていた。


私もつられて、自分の左手の光るスタンプを眺めた。


ぶるぶる ぶるぶる


私の服をつかんでいた4年生の右手が震えている。


見るとその子はじっと前方を見ながら全身が震えていた。


その子の見ている方を私も見た。


薄緑の光に照らされて、子供が立っていた。


4年生の手が震えている。


私も震えていた。



廊下の奥にいるその子供は すうっと立っていたが、


不意に頭を震わせ始めた。


ぶるぶるッ ぶるぶるッ


震えはだんだんと伝播していく


ぶるぶるッ ぶるぶるッ ぶるぶるッ


頭の揺れは特に激しさを増していく。


ぺた ぺた


とその子供は全身を震わせたまま ゆっくりと歩き出した。


こちらに向かって。


ぺた ぺた ペタ ペタ ぺた ぺた ペタ ペタ


ペタ ぺた ペタ ぺた ぺた ぺた ぺた ペタ


私も、4年生も 体を震わせるだけで、動けない。


ペタ ぺた ぺた ぺた 


ぺたぺた ぺた ペタ









ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ

ペタペタペタペタペタペタペタ

ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ




震える子供がものすごい速さで向かってくる。




震えが止まらない

4年生はただ、私の体に顔を押し当てて震えている。



不意に後ろの扉が開いた。

二人が戻ってきたのだ。



私は4年生と手をつないで出てきたクラスメイトを引っ張り大急ぎで階段を駆け下りた。


振り返ることはできなかった。


無我夢中で涙目になりながら駆け下りた。


途中先に出発したグループがいたがそれを追い抜き 体育館に駆け込んだ。


先生がいた。


そんなに怖かったの?


と笑った。

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震童 紅葉屋 室 @benihaya02

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