第7話 なることにしました




 それから数日。

 慎兄と楓も離郷して新年の空気感も落ち着いた頃。

 ピンポーン! とインターホンが鳴ったのを認め、私はコタツから抜け出した。


「ちゃんと服を着なさい」

「あい」


 脇に用意してあった紅色のカーディガンをネグリジェの上に羽織り、寒い寒いと腕を擦りながら玄関に向かう。

 扉を開ける前に一呼吸置き、余所行きの笑顔を取り繕った。


「はい、お待たせしてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、お届け物で、す……」


 私の容姿を見遣り、配達員の男性が僅かにどもった。フフ。

 その腕には大きめのダンボールが収まっている。


「ありがとうございます。いつもお疲れ様です」

「……はっ、いえ、こちらこそご丁寧にありがとうございます! あの、こちらにサインを」

「はい」


 いそいそと手渡されたボールペンを握り、ささっとペンを走らせる。

 その間、私の顔と、僅かに露出した白い太ももに視線が行き来したのを私は見逃さなかった。

 まあだから何って話だけど。


「できました」

「あ、ありがとうございますっ」


 ボールペンを返却し、代わりにダンボールを受け取った。

 ずっしりとした感覚に小さな声が漏れる。


「えと、大丈夫ですか?」

「ええ、ご心配なく。お気遣いありがとうございますね」


 ニッコリ微笑み返すと、配達員の顔が真っ赤になった。


「で、でで、では、失礼します! またのお越しを!」


 そう言うと配達員は逃げるように踵を返すのだった。

 お越したのはそっちなんだよなぁ。

 最後にちらりとこちらを振り返ったので、軽く会釈。

 やっぱお清楚モードで男とやり取りするの、た~のし~。


「あ、悪女……」


 振り返ると、階段付近に咲良がいた。

 二階から降りてくる所で私のやり取りを見たんだろう。お清楚モード全開の私にドン引きしていた。


「いや、客に余所行きの対応をするのは普通だからね?」


 わざと手を触れさせたりしてたら流石にアウトだが。

 咲良は、私の抱えたダンボールを認めるなり、トテトテと駆け寄ってくる。


「ん」


 そして私の反対側に回ると、ダンボールを支えてくれた。


「ありがと」


 咲良は照れ臭そうにフルフルと首を横に振った。


「……これ、VRマシン?」

「と、パソコン。凄いねえ、咲良のマッマは。ポンとウルトラハイエンドを買えちゃうんだもん」

「……要求したのはアリアでは?」

「まあそうなんだけどね。大丈夫大丈夫。ちゃんと互いに利益があるから」

「?」


 私の言葉に咲良は疑問符を浮かべる。

 あの時いなかったもんね。

 えっさほいさと階段を上がり、私の部屋に運び込んだ。


「本当にありがとう、咲良。助かったよ」

「(フルフルフル)……じゃ、私はご飯食べるから」


 そう言って咲良は私の部屋を出て行った。

 ……今、十時なんですが。


 まあ良いか。

 配信者なんて体内時計がブッ壊れてなんぼの職業だもんね。

 あれ? でも確か高校には通ってるんじゃなかったけ? 大丈夫かしら。


 それよりも、とカッターの刃をカチカチと出す。

 既にスペースは済み。テープを切るとテキパキと準備を進めて行った。

 そしてこれを入手するに至った経緯を思い出す。






「兄さんはさ、多分一番Vtuber適正があると思うのよね」


 なぜ私をVtuberに誘ったのか。

 その答えがそれだった。


「私が?」

「そりゃそうでしょ。兄さん、自分の経歴を言ってみて」


「私の経歴って……死んで異世界にTS転生して、そこでアイドル活動をしながら人類を救う戦いに参加して……そいで再び地球に転生してきただけだが?」


「その語り止めろし。ともかく、如何にもVtuberの設定っぽいでしょ」

「確かに異世界系Vtuberとしてやっていけない事もないね」

「というか、兄さんがありのままを話せる唯一の職業だと思うのよ」


 そりゃあ、まあ一理あるか。

 『実は私は異世界転生者だったんだよッ!!(クワっ)』なんて言った日には、ヤバい認定待ったなしだけど、Vtuberならそれも個性の一つだもんね。


 本来なら隠し続けるべきエピソードが、Vtuberとしてのキャラの深さを際立たせる最大の武器となるワケだ。


「私、前々から物語とリンクしたVtuberを見たかったのよね。ほら、漫画やアニメ、ゲームに登場するキャラがVtuberとして活動するのって、かなりワクワクしない?」

「まあ、Vtuberの『ガワ』って、本当にただの『ガワ』でしかないもんね。キャラとしてのストーリーが無いというか。自己紹介文以上の掘り下げとかも、ほとんど無いし」

「でしょっ!!」


 熱意たっか。


「や、分かるのよ! Vtuberの良いところは、彼ら彼女らから感じ取れる『生活感』や『人間関係』だってことに!」


 だから私も沼にハマったんだし! と三希は熱弁を振るう。


 アニメは様々な個性を持つキャラクターたちが色鮮やかな物語を綴るが、彼らはそこで完結しており、視聴者との間にコミュニケーションを構築するのは不可能だ。

 当然、身近に感じる事も出来ない。


 声優にスポットライトが当たったのも、彼らを仲介させる事によってキャラクターたちに親近感を持ちたいという背景が要員の一つとして含まれているのだろう。


 Vtuberはその壁を打ち砕いた。

 二次元のキャラクターでありながら視聴者と触れ合い、価値観を共有していく感覚は、世のオタクを沼にハマらせるには充分過ぎたのだ――等々。


「語るね」

「自分で箱作るくらいだもの!」


 人生楽しそう。

 私は広く浅くなタイプだったからなぁ。

 ちと羨ましいし、尊敬する。


「でもガワを無視した行動や発言を聞いたとき、ふと冷静になる瞬間があるのよね」

「高校生っていう設定なのにお酒を飲んだり?」

「そうそう。異世界系なのに日本の思い出話が出たり。いや、無茶言ってるのは分かるのよ。そもそも、そういう『ズレ』を含めて楽しむのもVtuberの醍醐味だもの」


 中の人は歴とした地球の民だもんね。

 異世界の話なんか出来るワケないわな。


「分かってるけど、厄介な一面がひょこっと顔を出しちゃうわけだ。まあ初期はともかく、今となっちゃガワは建前みたいなものだもんね」


 三希はとても重苦しく、深刻そうな顔で頷いた。そこまで?


「……人間は誰しも心に杞憂民という身勝手な生き物を飼ってるもの。わざわざコメントする連中は悉く塵芥に帰れと心から思うわ」


 けど! と三希はクワッと目を剥いた。


「兄さんは違う! 本物の異世界転生者よ! しかもTS! これはバ美肉の上位互換と言っても過言じゃないわ!」

「だから私に異世界系Vtuberにならないか、と。……いや、この場合、私の前世を模したVtuberにならないかって感じか」


 ただの異世界系Vtuberなら、結局キャラの掘り下げなんて出来ないしね。

 三希が求めているのは、アニメや漫画の登場キャラのような、ストーリー性を持ったVtuberだ。

 だとしたら、その最適解は前世の私をそのまま採用することだろう。


「その通り! 今の私の目標は、Vtuberの設定に準拠した物語を展開することだもの。そのキャラクターがVtuberになる前は、こんな物語があったとか、そういう肉付けを漫画や小説、ゲームで表現したいの」


「なるほど。それなら私の前世は、まさしく三希の理想そのものだね」


 ということは、私の前世も漫画や小説か何かで綴ることになるのかな。

 それは別に構わないんだけど……デッドエンドなんですよねえ。

 ダ〇の大冒険エンドを更に後味を悪くした版だ。

 テコ入れを考えるべきかしら。


「しかも兄さんはアイドル活動もしてたんでしょ? うちの箱はそっち方面にも手を出してるから、兄さんはもう完全にVtuberになるために再転生したようなものよ」

「凄いこじつけを聞いた」


 でも悪くないと考えている自分がいる。

 Vtuberに関しては、あくまで見る専でなりたいと思ったことは一度もなかった。

 が、三希の言う通り、私の歩んできた人生そのものがVtuberとの親和性が高すぎた。


 だって『私には前世の記憶がある』とか『異世界転生した』とか、そういうあり得ないことを包み隠さず話すことができるのだ。

 これは間違いなくVtuberじゃないと不可能だろう。

 他だと痛々しい電波キャラ一直線である。いててててて。


 それに――。


『一緒に戦いましょう、アリアちゃん。どこまでも』

『アルフェリアはバカですから。仕方ねーですから、リーシャも付き合ってあげます』


 私が駆け抜けた激動の日々を知ってほしいという想いもある。

 私と共に歌い、戦った彼女のたちのことを。


 アイドルとしての活動も楽しかったし、そもそも今の私自身、特に将来の夢や目標があるわけじゃないからなぁ。

 考えれば考えるほど悪くない案だ。


 あと三希には――家族にも、負い目があるからね(慎兄は審議)。

 可能な限り、力になってあげたかった。


「――うん、分かった。良いよ。私もVtuberになる」

「よしっ! そうと決まれば、早速3Dモデリングの依頼を――」

「但し、条件があります!」


 目を輝かせてスマホを取り出した三希の機先を制するように声を上げる。


「条件?」

「そ。パソコンはもちろんだけど、VRマシンにも価格による性能差があるでしょ? どっちもウルトラハイエンドモデルが欲しいなって」

「ウルトラハイエンド? そんくらいは別に構わないけど」


 わーお。

 確か四、五百万は下らないはずなのに『そんくらい』とか言っちゃうかぁ。


 長男――弁護士。

 次男――TS異世界転生者。

 長女――Vtuber兼CEO。


 凄い兄妹だ。

 特に次男。

 一人だけ色物感が半端ないぜ! うおおん。


「そんな性能いる? 完全にオーバースペックだと思うけど。VR関連はハードの進化にソフトが全く追い付けてないのよ」

「問題なし。ソフトが追い付いてないなら自作すればいいんだよ」


 は? と間抜けな顔を晒す三希に、不敵な笑みを向ける。


「まあ楽しみにしてて。絶対に損はさせないから」

 



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