欲しくないものリスト

藻野菜

欲しくない物リスト

「お届け物でーす」

 日曜の昼下がり、自分の部屋でネットサーフィンをしていると一つの小さな段ボールが届けられた。

 心当たりはない。しかし、私にとって心当たりがない配達物が届くのはそこまで驚くようなことではない。

 インターネット上でちょっとした有名人の私は、有名人らしく『ほしい物リスト』というものを公開している。公開しておけば、名前も顔も知らない誰かが自分の欲しい物を送ってくれるという夢なようなシステムだ。

 ありがたいことに私を応援してくれる人がたまーにそのリストから物品を送ってくれる。だから熱帯雨林の名前が書かれた段ボールが突然送られてくるのは慣れっこなのだ。

 今日はどの欲しい物がおくられてきたのだろう。

 そう思って段ボールを開けた私は思わず「えっ」と声をあげてしまった。

 届いたのは立方体の角材だった。全ての辺が均一なサイコロ状の木片。表面はツルツルで木目も整っていて、樹の中にある一番綺麗な部分のみを抜き取ったような見た目だ。

 どうしよう、全然要らない。

 きっと誰かが私のほしい物リストを見て送ってくれたんだろうけど、こんな木片驚くほど欲しくない。

 欲しくはないが、私を応援してくれる人が私のために買ってくれたものなので一応丁寧に写真を撮り、

『ほしい物リストからいただきました! ありがとうございます!』

という文章と共にSNSに投稿した。

 すると、瞬く間に評価・拡散され、

『角材?』

『ほしい物リストに角材ってw』

『何に使うんですかー?』

というコメントが届く。

 何に使うんだろう、私も教えて欲しい。

 しかし、ほしい物リストに入れたからには過去の自分はこの角材に魅了され、この角材が欲しいと思ったのだろう。そう考えて過去の記憶を辿ると思い当たる節があった。

 今住んでいる賃貸に引っ越した当初のことだ。私は収納スペースを確保するために壁に突っ張り棒を取り付けたかったのだ。しかし、突っ張り棒を買ってきたはいいものの、長さが足りず取り付けることができなかった。

 どうしたものかと考え、突っ張り棒と壁の間に角材を挟めばいいのでは?と思い、ネットで見つけた角材をひとまずほしい物リストに追加していたのだ。

 ちゃんと壁と壁の間隔を測って、それに対応した突っ張り棒を買ってくればよかったものを、面倒くささに負け角材に手を出してしまったのだ。

 いや、厳密には手を出してもいない。「欲しいなぁ」と思ってリストに追加しただけだ。

 まさか過去の怠惰と欲が角材という形で今の自分に降りかかるとは、驚きだ。

 角材が届いた原因は分かったが、今目の前に要らない角材があるという事実に変わりはない。せっかく送ってくれたものだから一回も使わずに捨てるのは申し訳ない気がするけれど、こんなもの何に使えばいいのか、何に使えるのかよく分からない。

 とりあえず、当初の目的である突っ張り棒と壁の間に挟むという用途で使ってみよう。

 クローゼットの奥深くにしまってあった突っ張り棒を引っ張り出し、突っ張り棒が突っ張られる予定だった壁に持っていく。そして、突っ張り棒を伸ばし、その先端と壁の間に角材を挟む。

 手を離すと、突っ張り棒と角材は音を立てて床に転がった。

 何ということだ。この角材、大きさが足りないじゃないか。

 角材の大きさが足りず、突っ張り棒を固定することができないと分かった私は、少し肩を落としてリビングに戻る。角材を机の真ん中に置き、何となくそれを眺めた。

 今の私に必要とされず、過去の私の役に立つこともできなかったこの角材。どうすればいいんだろう。何の機能もないただの木片をどうすれば『使用』することができるのか。そもそもこの角材の正しい用途って何なんだ。サイコロ状の木片をネットで買うやつとかいるのか?

 この角材には、驚くほど役割が無い。考えれば考えるほど、使い方もこれが売られてる意味も分からない。

 どうしたものか、もういっそ捨ててしまおうか。いや、それは私の良心が許さない。せっかく人様から頂いた物をそのままゴミ箱に直行させるなんて、善人の私にはそんなことできない。

 ホームセンターに持って行ってどうにか使えるように加工してもらおうか。いや、加工できるほどのサイズでもないな。

 いっそ「インテリアですよ」みたいな顔して本棚の上にでも置いておこうか。いや、普通に邪魔だな。

 役目のない角材に頭を悩ませていると、玄関のチャイムが鳴った。

「お届け物でーす」

 見覚えのあるロゴの段ボールが届けられる。また誰かがほしい物リストから何かを送ってくれたのだろう。とりあえず、角材のことは一旦忘れよう。

 そうして、今届いた段ボールを開ける。

 思わず「えっ」と声を上げてしまった。

 驚いた。中には、直方体の角材が入っていた。

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