後編

「・・・・・・魔法使いは女の子も戦わせるんだね」

「女の子って歳じゃない、もう25だ」

「僕よりも年上なんだ・・・・・・すみません」

「別にいいよ、こんな状況で」

「痛そうだね」

「早く殺せ」

「逆にあなたは、僕を殺さないの?」

「魔力がもうない、それに体も・・・・・・痛くて動かせない」

「魔法以外の武器は?銃とか手榴弾なら簡単に自決できるって聞いたことがあるよ」

「ほとんどない、小型のナイフだけだ」

「装備は僕よりもひどいね」

「・・・・・・くそっ、マシンガンを見くびってた。何度も見てきたはずなのに」

 少女は脇腹を庇いながら寝返りを打ってこっちを見た。顔は泥だらけだったが、ところどころに、綺麗な白い肌が見えていた。


「味方に助けを求めたら?」

「この怪我じゃ、治療しても助からない」



 それから、少女はしばらく黙っていた。その間にも、銃弾や火の玉が飛び交う音、誰かの悲鳴、怒号、うめき声がひっきりなしに聞こえていた。そんな中、僕たちのいるクレーターの底は戦場とは隔絶された世界のように感じられた。



「痛みが強くなってきた、とどめを頼む。自分で自分を刺すのは怖い」

 少女はさっきよりも弱々しい声で懇願してきた。

「僕もナイフとシャベルしか持ってないよ、ライフルはどっかに吹っ飛んじゃった」

「それでいい、ナイフで首を切れ」

「それじゃあ、僕のとどめは誰が刺すの?」

「同胞の誰かがやってくれるだろ、ここはもうこちらの陣地だからな」

「そっか・・・・・・僕たちは負けたんだ」

「あぁ、でもあたしは嬉しくないな」

「もう死ぬからね」

「・・・・・・死ぬのが怖い」

「そう思ってるようには見えないけど」

「いざ死が目の前にあると、気が滅入ってきた、頼む。これ以上怖くなる前に殺れ」


 僕は自分よりも強いであろうこの少女が怯えきった顔をしているのを見て、奇妙さと恐怖を同時に感じていた。


「・・・・・・僕は、人を殺すのが怖いよ」

「兵士のくせに何を言ってんだ」

「今まで人を殺したことはないよ、あー、適当に撃った弾が敵の誰かに当たったことはあるかもだけど」

「とんでもない役立たずだな、お前のとこの軍はよっぽど人手不足らしい」

「・・・・・・魔法で怪我は治せないの?」

「そんな能力はない」




 銃撃はいつの間にか止んでいた。代わりにあちこちで火の粉が爆ぜる音が聞こえる。

「うっ、痛い・・・・・・!」

 少女はダンゴムシのように背中を丸めて呻きだした。

「痛い・・・・・・痛い・・・!! 助けて・・・・・・!」

「あ、あの・・・・・・しっかりして・・・・・・!」

「痛い・・・・・・母さん、誰か・・・・・・!」

 僕はベルトからナイフを抜いた。刃先は、太陽の光を受けてギラギラと輝いている。

 少女はそれを見ると、ほっとしたような表情を見せた。今まで見たことのない表情だった。

「大丈夫、僕がそばにいるから、大丈夫」

 彼女の背中をさすりながら、側ににじり寄った。

「・・・・・・ありがとう、君、名前は・・・?」

「僕はレン」

「レン、ありがとう、君がここにいてくれて良かった」


 ナイフを持つ手が震えている。彼女の白い首筋を見ると、心臓が早鐘を打ち出した。

 殺したくない。それでも、彼女はこのナイフが首を切り裂くのを心待ちにしていた。



 ここにいてくれて良かった。



 彼女の言葉が脳裏に浮かんだ。



「レン・・・・・・早く・・・・・・」



 ナイフの切っ先を首に当てた。



「・・・・・・ごめん!!」




 目をつぶると、一気にナイフを突き立て、引いた。

 肉の裂ける感覚がする。


「・・・・・・つっ・・・・・・!!!」

 彼女は声にならないうめき声をだして体を震わせていたが、それはすぐに止んだ。


 ゆっくりと目を開ける。

 目の前には、血まみれになった彼女の死体があった。その顔は眠っているように見えた。


 僕は彼女の死体から泥や血を拭い去ると、それに抱きついて何もかもが終わるのを待った。







 数日後、戦争は終わった。勝ったのは能力者達であった。

 僕は生き残った、もちろん敵の捕虜としてだ。


 今は収容所の中にいる。やることと言えば、取り調べへの対応と野外での労働だ。あの時死んだ彼女の遺体は、遺族の元に送り届けられた。

 僕は命令に従順だったため処刑は免れそうだったが、そんなことは僕にとってどうでも良かった。


 僕の頭の中には、あの日の戦場での出来事が常にあった。



 あの時、彼女は心から僕に感謝しているようだった。それは僕が人生で初めて経験することだった。僕は戦場で、初めて人の役に立った。人を救うことが出来た。

 殺人という、決して褒められた行為ではなかったが、彼女の「ありがとう」という言葉は本物だった。





 ある日、労働を終えた僕のもとに手紙が届いた。それは「あの少女」の家族が僕に宛てた手紙であった。




 拝啓


 突然のご連絡で申し訳ありません。私はスミレの母親です。

 レン様にお礼を申し上げたいと思い、お手紙をお送りしました。


 というのも、先日娘の最期についてのお話を兵隊さんから聞き、どうしてもあなたに感謝の意を示したかったからです。


 戦場において敵である娘のことを思いやり、彼女を怪我の苦しみから救い出してくれたことに、母として感謝申し上げます。


 また、あなたが娘の遺体や遺品を回収してくれたこと、娘の尊厳を守ってくれたことは、私達遺族にとってとても救いになりました。


 これから何か辛いことがあれば、いつでも私達を頼ってください。

 最後になりましたが、レン様の1日も早い回復を願っております。


 敬具

 


 数ヶ月後、僕は能力を研究する機関で働いていた。「怪我を治す魔法」の研究に能力者が取り組み始めたことがきっかけだった。

 魔法が、誰かの苦痛を取り除ける日を願いながら。



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敗兵の存在意義 ユウケン @yuken88

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