敗兵の存在意義

ユウケン

前編

 戦況は最悪だ。



 戦争が始まってからおよそ一年半、僕たちは拠点の大半を制圧され、ジリジリと追い詰められている。


 敵は強力だった。「魔法使い」と呼ばれる能力者はひっきりなしに火の玉を打ち込んでくる。そのくせ、銃弾や榴弾の半数以上はシールドによって無効化されていた。


 戦局打開のための唯一の希望であった装甲戦闘車両は相手の度重なる火球攻撃で既に沈黙しており、ただのバリケードに成り下がっていた。


「おい!! 突撃だ! 塹壕を出て前へ!!!」


 耳障りなホイッスルが鳴らされると、兵士達は銃弾と火の玉が飛び交う戦場に躍り出ていった。


「レン!! 早く前へ出ろ!」

 隊長に背中を引っつかまれ、無理矢理塹壕の外に放り出された。


 しばらく塹壕で縮こまっていたせいか体が痛い。やっとの思いで体勢を立て直すと、数メートル前に鎮座している戦車目がけて、走り出した。あそこなら敵の火球から身を守れる。



 深刻な資源不足と人口減少が現実的な問題になり始めてもう百年以上は経った。多くの国が滅び去り、生き残った者達は仲間と自分の未来を憂いた。

 そんな状況で、人々は力を合わせて問題の解決に取り組む──とはならなかった。



 きっかけは「魔法使い」だった。世界中が混乱する中、人間の中に「異能力」を使える者が現れた。突如出現したこの能力者は同胞同士でコミュニティを築き、水利や土地、資源を巡って非能力者と対立した。



「伏せろおおおお!!!」

 後ろから隊長の怒号が響く。

 頭を庇いながら地面に突っ伏した。あちこちで爆発音と悲鳴が聞こえる。

 熱風が頭上を掠めた。



 どうしようもない。勝ち目はない。

 おそらく、この戦場に立った味方の全員がそう感じていると思う。


 それでも、総司令部からは攻撃の命令が送られてくる。


 降伏しても生き残ることはできないと考えているのかもしれない。この戦争で「魔法使い」も相当数が戦死した。彼らは僕たちを許さないだろう。この戦いは、攻撃の名を冠した自殺のように思えた。


 やたらめったら銃を撃った後は、重たく冷え切った脚を引きずりながらひたすら前へ走った。僕は運がいい。これまで何度も突撃が行われたが、僕は死ななかった。多分、ちょっとした器用さと臆病さが有利なんだと思う。


 今回も生きて帰ろう。相手の陣地に近づきすぎるのは危険だから、もう少し進んだら倒れて、そこで撤退命令が出るまで負傷したフリをすればいい。そうすれば僕はまた生き残れる。




 生き残る・・・・・・。




 何のために?




 この戦争が終わったら非能力者は皆殺されるかもしれない。いや、その可能性が極めて高い。運良く処刑を免れても、この荒廃した世界を一人で生きていくのは難しい。家族はもういないのだから。



 隆起した地面の影に倒れ込んで、呼吸を整える。

 死にたくない、でも、この戦争を生き延びた先の人生に何の意味があるのか僕には分からなかった。


 何となく子供時代を過ごして、学校に行き、就職はせず、少しは人の役に立てと軍隊に送られた。そしていざ戦争が始まっても、こうしてろくな戦果も立てられずにいる。


 とても無意味な人生を送ってきたと思う。ここで最後の力を発揮して敵陣に突っ込み、敵を二十人、三十人殺すことができれば、英雄として後世にまで語り継がれるかもしれない。そうすれば、自分という人間にも価値はあったのだと胸を張って言える。その頃、僕はもう死んでるだろうけど。


 地面に置いていたライフル銃を再び握りしめたが、遠くの方で火球をくらって吹き飛ぶ味方を見ると突撃する気は急速に失せていった。



「退けええ!! 退けえ!!!」

 はっとして顔を上げると、敵の塹壕の向こう側に巨大な戦車の輪郭が浮かび上がった。


「魔導戦車だ!! 撤退しろ!! 第二防衛線まで戻れ!!」


 その瞬間、巨大なダンゴムシのような敵の戦車が一斉に火を吹いた。


 ドゴオオオオオン!!!



 気づけば体が宙に浮き、体を庇う暇も無く地面に叩きつけられた。体中が痛い。

 体を起こそうと寝返りをうった瞬間、爆発でできたクレータに転がり落ちてしまった。


「ゲホッ・・・・・・!! 痛い・・・・・・!」


 泥まみれになりながら上を見上げると、敵軍の一人がクレーターのすぐ横を走り抜けるのが目に入った。


 ズダダダダダダ!!!!


 今度は味方が機関銃マシンガンを撃ち始める音がした。光の筋がいくつも上空を掠める。

 多くは魔法の盾にはじき返されていたが、魔法を発動する前に撃たれる者も多いようだった。



 既に自分がいるクレーターの周囲は味方よりも敵の方が多い状況になった。

 不思議と絶望は感じられなかった。体は痛かったが、もやが消え去ったように意識ははっきりとしていた。


(僕は今日死ぬのか・・・・・・?)

 

「お前・・・・・・非能力者か」

 すぐ横を見ると、敵が泥の中に埋もれていた。上半身がべっとりと血で濡れている。自分と同じくらいの背丈の少女だった。

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