第5話 おしまい
ーそして迎えた最終戦。ー
練習試合といえど負けず嫌いを押し付け合い、容赦無く勝ちを取りに行くスリリングなリーグを締めるのは、のりおと部長の
部員の子達からすれば見慣れた光景らしいけど、どっちが勝つか賭けてんのを見るに戦歴からすると五分五分みたい。
のりおは相手を圧倒することで確実に勝ちを得る戦い方をする。穂香ちゃんは相手を圧倒しない程度に加減してるっぽいけど絶対負けない、って感じだ。
彼女も相手がのりおともなると本気を出さざるおえないらしい。兜を被る前に大きく深呼吸をしていたのが分かった。
「のりおくーん。ママの前で負けないようせいぜい頑張るんだよ。」
「……当たり前です。せいぜい善戦して部長の
煽り合いも程々に、いよいよ勝負は始まった。
「やああぁぁぁぁぁぁあっつ!!!」
穂香ちゃんは隙の無い構えから突如大振りなステップを繰り出し、一気にのりおとの距離を詰めた。
それと同時に発した彼女の声が、本来剣道にはこういった発声が伴うことをふっと思い出させた。
その打撃を防御しようとするのりお。
それに合わせて細かく打ち込もうとする穂香ちゃん。
のりおは全部捌いて距離をとった。
しかしまだ攻める穂香ちゃん。
のりおが剣を突き出して距離を矯正しようとしたが、間に合わないと察してかまたしても防御に徹した。
初めてのりおが負かされそうになっている。
私は自分ごとのように焦燥感に駆られた。
のりおはペースが悪いながらも必ず一定の距離はとり、ばしばし音を無らしながら何度も攻撃を弾いていたが、そんな防戦一方も長くは続かず、怒涛の猛攻に押され柄を合わせる接近状態に持ち込まれてしまった。
私は知らぬ間に緊張と期待を胸に目を見張っていた。
子供たちは迫力ゆえの羨望に満ちた目で、瞬きさえ惜しむように試合を眺めている。
柔道部の参観も相当賑わっているようだったが、こっちの試合を眺めている人も少なくは無かった。
誰もが2人に気圧されていた。
今度は穂香ちゃんが距離を置いたかと思えば、素早く剣を押しつけるような攻撃を繰り出してくる。
それにより剣の位置を微妙に上げたのりお。
その動きには既視感があった。
その動作を読んでいたかのように、穂香ちゃんの一撃がのりおの手元にぬるりと逸れ、甲を打たれた。
あ、やばい、って思った。
でも、それで終わりだった。
のりおは甲を打たれたことで負けてしまった。
お面打つのは知ってたけど甲でもいいんだ…、なんか突然終わっちゃった感じもするけど、穂香ちゃんが実直で揺るぎない勝利を得たということとも同じだろう。
かくいう彼女は、のりおがしゃがみ込むなり剣を投げ捨てる勢いで放り投げ、飛んで喜んでいた。
「やったぁぁ!!!!」
そしてこっちに向かって満面の笑みのピース。
しとやかな顔がくしゃーっと喜ばしそうに緩んでいて、可愛らしかった。
さぞモテることだろうな、と思った。
私は彼女に拍手で応えたが、それが私だけに向けられたものじゃないのことに気付いたのはその後だ。
のりおも含めて8人の部員の子達全員の親が来ているようで、気付けば計8組のパパママが居た。
試合に夢中で気付かなかった。
そこで私ともう一人初めから居た女性。
その子が穂香ちゃんのママだったってことに気が付いた。
「………っぱ強えや……。」
のりおは兜やらを外しながら笑った。
「やったあぁ。のりおくんに勝ったあぁ。」
改めてのりおに笑みを向ける穂香ちゃん。
二人は笑い合っていた。
のりおの笑顔はすっかり見慣れたつもりになってたけど、あんなにやりきった感に満ちた爽やかな笑顔は初めて見た。
学校でしかできない顔ってのもやっぱ必要なんだな、と思わされた。
さっきの教室の様子からすると、やっぱ
のりおはクラスじゃ大人しいんだろう。
でも、部活は仲間と和気あいあいと楽しめる場なんだろう。
なら家はどう?
一緒に暮らしだしてから暫くは、逆に謙虚だったり遠慮がちだったりした。
でも今は割とわがままを言ってくれる。
コレはイヤとかキライって、ダダもこねてくれる。
私はそんな素のあの子を見つけるたび、嬉しくてたまらない気持ちで一杯になる。
のりおが私との暮らしを心からくつろげる場所だと思ってくれてるってことと同じだと思うから。
でも家じゃ出せない顔ってのもあるんじゃない?
そういうのを学校で出せるってのは、幸せなことだと思う。
のりおには幸せで居てほしい。
一人の時間も、じゃれあえる時間も、くつろげる時間も、あの子にとって幸せな場所であってほしいと切に願うばかりだ。
私は改めてのりおを見た。
ひとしきり仲間にからかわれて、むくれているところだった。
でも、その顔にはまだ爽やかな笑みの面影が残っていた。
のりおが『あぁ、楽しいな』って感じてる証拠だと思うと本当に嬉しい。
それと同時に、のりおの幸せを私が守ってあげなきゃなって使命感に駆られる。
お金とか、環境とか、あの子だけじゃどうしようもないことは、まだまだ沢山ある。
それは全部のりおのママである私がカバーしてあげなきゃいけないことだ。
あの子が幸せに暮らせるように。
もう心に傷を負わせないために。
「……凛央さん?」
「…ふぇっ!?」
そんな考え事をしていたら、すぐ真ん前で
のりおの声が聞こえた。
見ればのりおが私に上目遣いをしていた。
のりおの背は中2にして163センチ。
実は私は約172センチなんだ。
どう?、私意外と身長高いでしょ。
そんな身長差ゆえに私を見上げるのりおだが、1年前と比べると春の訪れに当てられた植物のようにすくすく体は大きくなっていた。
具体的には、この1年で背は10センチ以上伸び、体重は15キロほど増えている。
いまだに成長痛を訴えることもしばしばあるし、まだまだ成長するんだろう。
それを実感するのも嬉しいものだ。
こういう風に見上げられるのも今のうちかもな、と思いながらのりおの声に耳を傾けた。
「部長の機嫌がいいから部活終いにするんだとよ。帰ろうぜ。」
見れば他の子供たちも親のもとに駆け寄っているところだった。
私はまずこの子を労うより先に、伝えたいことを伝えることにした。
「のりお、凄かったねっ試合。」
そして棒を振る仕草を交えながら善戦を称える。
「あー、…ははっ。……負けちゃったけどな。」
それでも迫力があった、感動した、って心から伝えた。そしたらのりおは照れてた。
頬を人差し指でかくとかいう絵に描いたような仕草で笑ってた。
そんな顔は可愛かった。
「……早く帰ろうぜっ。
ドンキーコングやりてえ。」
「しゅ「宿題の後で、だろ。分かってるさ。」
体育館を後にして外に出てみると、夏の昼下がりに相応しいどこか哀愁漂う澄んだ風が吹いていた。
帰路についたその足に対して追い風で、ね。
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