異能怪奇伝[原]

卵焼き🍳

【猫山異変】

第一話: 逸話の山と「何か」①

***

 昔々、大量の妖や化け物が住む山がありました。

 妖や化け物たちは平和に暮らしていましたが、いつしか人間たちが「その山に足を踏み入れた者は、生きて帰れない」という噂を広めるようになります。


 やがて、その噂を聞きつけた力ある妖払いが、人を率いてその山へ侵攻しました。

 彼らはわずか一日で、数十万もの妖を皆殺しにし、一部を除いて妖や化け物たちを駆逐してしまいます。


 その無慈悲な行為に、山の長である化け猫は怒りと恨みの心を抱きました。

 そして、その怒りは人里をたった数匹で滅ぼすほどの惨禍を引き起こしてしまいます。


 人間たちは、自分たちが犯した行為がどれほど恐ろしいものだったのかを、目の前の地獄絵図を通して思い知りましると、いつしか、彼らはその山を言語化したかのような名前で呼ぶようになります。


「猫山」――それが、その山の名となったのです。

*** 


 ピンポーン…


 インターホンの音が、家の中に響き渡る。

 時刻は午前十時過ぎの休日。


 ある一室では、少女が一人ノートパソコンに向かって作業をしていた。

 彼女は、先ほどのチャイムに応じるように体を動かす。


「ん? 宅配?」


 ずっと座っていたせいか、凝った体を伸ばしながら立ち上がると部屋の扉を開け、玄関へと小走りで向かう。


 少女の名泉火 神凪いずみび かな

【異能力: 迦具土神カグツチ罔象女神ミツハノメ 特殊スキル: 現能操作】


 神凪が玄関へ向かう途中、別の部屋から青年が寝巻き姿であくびをしながら出てくる。


「おはよう! もしかしたらお客さんかもだから、着替えといて!」

「うい」


 軽く挨拶を交わすと、そのまま玄関へ急ぐ。


「ごめんくださ~い」


 扉の外から微かに声が聞こえる。


「はい、はーい、今出ま~す」


 神凪は重たい玄関の扉を開ける。

 初冬の風が室内に流れ込み、ひんやりとした空気を感じながら前を見ると、そこには50代ほどの厚手のコートを羽織った女性が立っていた。


「あれ、美座和みざわさん!?」

「久しぶりね、神凪ちゃん」


 女性の名は美座和 加奈子みざわ かなこ

 神凪が運営する会社と過去に会談を行った際に知り合い、親しくなった相手企業のお偉いさんである。


「急に来ちゃってごめんなさいね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。今回はどのようなご用件で? あ、以前の会談で話していた件ですか?」

「ええ、そのことで少し話をしにね」

「分かりました。それでは外では寒いですし、中へどうぞ」


 神凪は美座和を室内へと案内し、2階の応接室へ向かう。


「今日、寒いですよね」

「ええ。さっきスマホで調べたら、10℃くらいだったわ」


 そんな雑談を交わしながら、ソファへと腰を下ろす。

 すると、ちょうどそのタイミングで、湯気の立つお茶を乗せたお盆を持った青年が部屋へ入ってきた。


「あ、頼。ありがと」


 青年の名前は風間 頼かざま らい

【異能力: 建御雷神タケミカヅチ 特殊スキル: ワープホール】


「初めまして」


 美座和が頼に微笑む。


「こちらこそ初めまして。あなたのことは神凪から事前に聞いています」


 頼は丁寧に言葉を返したが、どこか素っ気なさを感じる。

 そんな頼をじっと見つめながら、美座和は言う。


「よければ風間くんも今回の話を聞いてくれないかしら?」


 頼は驚いた顔をしながら答えた。


「いいんですか?」

「ええ、人数は多いほうがいいもの」


 頼は少し考えた後、美座和へと視線を向ける。


「分かりました。俺も話を聞かせてもらいます」


 神凪は「え〜」と、勝手に話が進んでいくのを見ながら少し不満げな表情をする。

 そんな神凪の隣に頼が座ると、耳元で小声で尋ねた。


(それで、美座和って人、なんでうちに?)

(あぁ… それがさ、以前、会社同士の打ち合わせの後に、美座和さんが相談があるって話をしてて…。それで、長くなりそうだからってことで、うちに招待したの)

(ふんふん、それで?)


 頼は軽く頷きながら聞いていたが、神凪の様子に違和感を感じ、深掘りしてみる。


(……今日がその約束の日だったってことを忘れてた)

(おい)


 案の定の答えに、頼は呆れた顔をする。


(と、とりあえず、裏話はこれくらいにして話を聞こ!)


 神凪が慌てて話を切り上げようとする。

 頼は一息つくと、美座和へと視線を戻した。


「それでは、早速ですが、お話をお聞かせください」


 神凪が促すと、美座和は口を開いた。


「実は最近、私の会社であるプロジェクトが始まった関係で山の土地を一部購入したのだけれど、視察に向かわせた社員5人のうち、4人が行方不明になり、1人は精神的に不安定な状態で戻ってきたの」

「確か、ここまでが以前私に話してくださった内容ですね」


 神凪は頷きながら、美座和が以前の会談で話していた内容を思い出す。

 隣で話を聞いていた頼は、眉を寄せながら問いかけた。


「その件、警察には?」

「もちろん相談しましわ…… でも進展はなくて。一応、山の方も捜索してくれたらしいのだけど、行方不明になった社員は見つからず、今もなお行方不明のまま……」


 頼は話を聞いていたが、どこか不可解な感覚を拭えない様子だった。


「それで、神凪は何が引っかかるんだ?」


 そんな頼の問いに、神凪はにやりと笑いながら答える。


「ふっふっふ……そう早まるでない、頼くんよ。まだ話は続いているようだし、最後まで聞いてから判断するのだよ」


 ドヤ顔を見せる神凪に、頼は呆れた表情を浮かべる。


「えっと、それでね……会談の後に、唯一戻ってきた社員が正気を取り戻したと聞いて、私は直接話を聞きに行ったの」


 美座和は、そこで聞いた話を事細かに語り始める。


 ***

 薄暗い山道を、登山用ウェアをまとった五人組の男たちが歩いている。

 道は舗装されておらず、紅葉の落ち葉で埋め尽くされていた。


「会社も人使い荒いよな」

「それな、こういうのは金払って専門家に行かせろよ」

「あれじゃね?この土地買ったら金なくなって人一人雇うことすら難しくなったとか」

「あり得る」

「…はは…」


 軽口を叩きながら、彼らは道沿いに山を登っていく。

 そんな中、メンバーの一人が何かを指差した。


「ん?あそこになんか建ってね?」


 彼の指先の先には、木々の奥にひっそりと建つ木造の家屋が見える。


「なんだあれ」

「木造の家っぽくないか?」


 すると一人が悪い笑みをこぼす。


「なあ、あの家見に行ってみようぜ」

「え?危なくないですか?」


 一人が躊躇すると、他の四人は露骨に不愉快そうな顔をする。


「ノリわり〜な」

「それな、ノリ悪いやつは嫌われるぞ」

「やめとけって、いじめになっちゃうぞ〜、あ、でもお前には言いつけれるような、人も、度胸もないかw」

「まじおもろ、とりま、行こうぜ〜」


 四人は道を外れ家屋へと歩いていく。


(は〜…勝手に物を壊されて連帯責任ってのも嫌ですし、ついていきましょうか…)


 渋々ながらも、一人は彼らの後を追う。


「てかさ、この山って人住んでんの?」

「そういえば、上司のババアが『建物があっても人は住んでない』て言ってたぜ」


 そんな話をしながら家屋に辿り着くと、一人の大柄な男が前に出て、早速扉を開けようとする。

 しかし、古びた扉は簡単には動かない。


「開きやがれぇぇ!」


 ミチミチ、と壊れそうな音がするも、力を緩めず無理矢理こじ開けようとする。


「おらぁぁぁ!」

 ガシャン!


  扉が男の力に耐え切れず音を立てて壊れる。

 その瞬間、木片が飛び散り、後ろにいた男の顔にまで届く。


「何やってるんですか!このままでは怒られ…ます…よ…」


 文句を言いかけた時ふと気づく。

 あたりが急に真っ暗になっていた。

 まるで夜になったかのような暗闇が森全体を覆っている。

 全員が困惑している中、どこからか獣のような低い咆哮ほうこうが響いてきた。

 人間の声ではない、耳に残る不気味な音が…


「何の音だ……?」


 皆が周囲を警戒し始めたその時、扉を開けた男の顔が青ざめ、震えた声で叫ぶ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 この叫び声を引き金に、皆登ってきた道を全速力で戻り出す。

 だが、足元の落ち葉が道を隠し、どこを進めば良いのか分からない。 

 男たちはただひたすらに、道なき道をなんの当てもなく走り続ける。

 すると、走り続ける中、先頭の男が安堵の声を上げた。


「見つけました!」


 蹴散らされた落ち葉の下に、土と舗装の境目が見える。

(これで助かる……!)

 だが、そんな安堵も束の間、一人が声を上げる


「…なあ…、一人いなくねーか」


 確かに、一人足りない。

 扉を壊した男だ。


「置いて来ちまった……」


 一人がそんなことを呟くと一人を除いた男達が騒ぎ出す。


「お前が見に行こうって言うから!」

「いや、お前らも乗ってただろが!」

「ふざけんな!人のせいにすんじゃねぇ!」


 すぐにでも殴り合いが始まりそうになったその瞬間、森の奥から異様な音とともに何かが近づいてくる。


「皆さん、静かにしてください。何か来ます」


 そして暗闇の中から姿を表したのは、ブリッジの姿勢で走る「何か」。

 空洞の目、異常な速さ――そしてどこかあの扉を破壊した男に似ている容姿。

 だがその「何か」は人間には見えない、一種の化け物に見えた。


「うわぁぁぁぁ!なんだあれ!」

「早く逃げろ!」


 一気に道を駆け降りる四人。

 だが、「それ」は信じられない速度で追いかけてくる。

 ブツブツと聞き取れない声を呟きながら、距離を詰めてくるせいか、精神的にも参ってくる。

 すると、一人の足が止まり始めた。


(あ…もうダメ…です…)


 視界が歪み、ふらつき始める。

 だが他の三人も逃げるので精一杯だからか見向きもしない。

 一人は倒れるように足から崩れ落ちそうになると草むらに突っ込んでしまう。

 その瞬間、目の前が開けた。

 そこは普通に人が歩いているような国道の歩道だった。

(あぁ…助かっ…た…?)

 ドサッ


 限界に達してしまったのか歩道に倒れてしまう。


「え?大丈夫ですか?大丈夫ですか!」


 男はその言葉を聞いたのを最後に意識が途切れる…

 ***

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