透明な日常

れおんがくしゃ

第1話 不思議な力といつもの商店街

朝の光がカーテン越しに差し込む。霧島悠は、柔らかな陽射しを浴びながら目を覚ました。


「……よし、今日もいい天気だ」


軽く伸びをし、窓を開けると、近所から漂うパン屋の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。透視能力を持つ悠にとって、日常生活は一種の修練だ。この能力は便利だが、使いすぎれば怠け者になりかねない。冷蔵庫の中身を見るときも、ポストの手紙を確認するときも、悠は「普通」の方法を選ぶようにしていた。


朝食を済ませ、大学の授業に向かうため家を出る。商店街を抜けるのがいつもの通学路だ。古いけれど賑やかなこの通りは、悠にとって心の拠り所のような場所だった。


八百屋の前に差し掛かると、いつものように佐藤さんの明るい声が聞こえてきた。


「おう、悠くん! 今日も元気そうだな!」


「おはようございます、佐藤さん。調子はどうですか?」


佐藤さんは笑顔で答えながら、店先に並んだ新鮮な野菜を手直ししている。しかし、その動作はどこかぎこちない。悠は一瞬だけ透視能力を使い、佐藤さんの腰を確認した。案の定、サポーターがきつく巻かれているのが見えた。


「……無理しないでくださいね、佐藤さん。重い箱は僕が持ちますよ」


「おいおい、まだ若造に頼るほどじゃねえよ」


そう言いながらも、佐藤さんの額には汗がにじんでいる。悠はあえてそれ以上触れず、トマトを3つ買って会話を切り上げた。


商店街を歩いていると、小さな泣き声が耳に入った。声の方を振り返ると、迷子らしい幼い女の子が立っていた。周りの人々は気に留めていないようだ。


悠はそっと近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「どうしたの? お母さんと一緒じゃないの?」


女の子は目に涙をためながら首を振った。「お母さん、いなくなっちゃった……」


「そっか、心配だよね。でも、きっと近くにいるよ。少し探してみようか?」


悠は女の子の手を握り、透視能力を発動した。周囲の人混みを透かして見渡すと、少し離れた洋品店で心配そうにキョロキョロしている女性の姿が見えた。服装からして、この子の母親だろう。


「大丈夫。お母さん、あっちにいるよ。一緒に行こうか」


女の子の顔がパッと明るくなり、悠と手をつないで歩き始めた。母親に辿り着くと、彼女は涙を浮かべて何度もお礼を言った。悠は軽く頭を下げると、そそくさとその場を去った。


その日の夜、悠は自室のベッドに寝転びながら考え込んでいた。透視能力を使って良いことをしても、目立ちたくはないし、誰かに感謝されるためでもない。ただ、自然とそうしてしまうのだ。


「この力って、何のためにあるんだろうな……」


何度も頭の中で繰り返した問い。けれど、その答えはまだ見つからない。それでも悠は、この静かな日常を守りたいと思っていた。


「まあ、深く考えるのはやめよう」


悠は目を閉じ、次の日の穏やかな朝を夢見ながら眠りについた。

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