セカイ
白波桜
第1話 視点:私
唐突に、静かな声が響いた。
「ねえねえ」
顔を上げると、窓から身を乗り出した彼が下をぼんやりと見下ろしながら、独り言のように話しかけてきていた。
「ここから降りたら、人ってどうなるんだろう」
彼の持つ薄茶色の髪は差し込む夕日に透けていて、この人はこのまま空気に溶けていくのだろうか、なんて考えが頭をよぎった。そのくらい、透明な光景だった。
2人しかいない教室。ラクガキのある黒板。出しっぱなしの椅子に、風で広がるカーテン。
静かな時間を割くように、彼が発した音は、私の鼓膜を重く揺らした。
「さあ。少なくとも、死にはしないんじゃない?」
先刻まで寝ていたせいで、あまり回らない頭でひねり出した答えは、ひどくありきたりなものだった。
私と彼の接点は、クラスメイトであることのみ。いつもクラスの中心にいる彼とは、一度話したことがあるのかどうかさえわからない。きっと、誰かと話したくなったのだろう。それにしては質問がおかしい気もするが。
「そっかぁ。やっぱり二階じゃ死ねないかぁ。」
なんでもないことのように。
明日の天気を聞くように。
のんびりと聞こえた言葉は、私には意味がわからなかった。
ただ、彼の瞳の中に、いつものような光がないことだけは理解できた。
「死にたいの?」
表情を変えることなく、彼の瞳を見据える。
彼の灰茶と私の黒が、空中で交わった。
「ううん、別に。ちょっと疲れただけ。」
「そっか。」
軽い言葉だけを交わして、立ち上がる。
もうすぐ、暗くなってしまう。
「聞かないの?」
いつの間にか窓に背を向けた彼は、物珍しそうにこちらを見ていた。
「聞かないよ。」
「なんで?」
純粋なる興味、といったふうに会話を続けてくる彼は、私が遠くから見て知っているものとはまた違う、キラキラとした輝きを持つかのように思えて、思わず目を逸らした。
なんだか、飲み込まれそうだったから。
「私が聞いたところで、何もできない。」
「案外、力になるかもよ?」
「ならない。」
「なんで」
「仲良くないから」
きっと、今まで話したことがなかったであろう彼との時間は、お互いに遠慮するわけでも、顔色を伺い合うわけでもなく淡々と過ぎていった。少し、心地良いと思えてしまうほどに。
「話、聞いてほしいの?」
逸らしていた目を向けると、煌々とした目と視線が合った。
「聞いてくれるなら」
「私、話すの苦手なんだけど。まあ・・・・星が、見え始めるまでなら」
フッと視線を下げて言うと、彼が嬉しそうな雰囲気になったことがわかった。
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