しゃべるネコ

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 夕日が綺麗だった。


 北陸の冬だというのに今年は天気のいい日が続く。この季節の空と言えばくすんだ曇り空か雪が降りしきる黒い空と決まっているのに。


 俺はそんな赤い空の下川沿いの道を散歩していた。


 近頃運動不足だ。中年に差し掛かったこの肉体は動かなければ動かないだけ肥えていく。健康診断の結果も良くしたいし、俺はたまにはこうして体を動かしていた。


 そうして、堤防の上を歩いている時だった。



「ネコちゃんだ」



 目の前にネコが歩いていた。茶色いネコだった。首輪はなく野良なのか飼い猫なのかは判別がつかなかった。



「よーしよしよしおいでぇ、チチチチチっ」



 俺はネコだと見るや猫なで声を出し、舌を鳴らして猛烈にアピールした。俺はネコが好きである。



「かわいそうな奴だな」



 声が聞こえた。俺は後ろを振り返る。しかし、誰も居なかった。



「誰も居ないのを良いことに大の大人が恥も知らずにそのザマか。憐れすぎてため息が出る」



 これは、



「ネコちゃんがしゃべった」


「ネコちゃんって言うのも悲しいぞ。年を考えろ」



 どう見ても目の前のネコがしゃべっていた。


 一体なぜ。 



「しゃべるネコが珍しいか。そうだろうそうだろう」


「なんでしゃべれるんだ?」


「お前の哀れさを自覚させるために神が今この時だけ言葉を与えたんだよ」


「そんなことあるのか?」



 そこまで神は俺に注目していたのか? そんなことあるか? 俺の人生はモブも良いところだぞ。


 なにはともあれ、



「か~わいいねぇ、よ~しよしよし、こっちおいでぇ♡」


「適応が早いんだよ。もっと怖がれ」


「俺の人生適応力だけが売りなんだよ。ネコとしゃべれるなんて間違いなく二度とない機会だしね」



 絶対に二度とないだろう。この機会を逃す手はない。



「愚かな人間だ。良い年をしてそんなザマなら程度が知れる。もっと自分の哀れさを自覚しろ。今、お前ものすごく痛々しいんだぞ」


「お、ほぉら、良い感じの枝だぞぉ」



 俺は道に落ちていた良い感じの枝を良い感じに振り回す。



「あ! う、うみゃ!! クソ、抗えない」



 しゃべるネコは耐えられずといった感じで枝に飛びついてくる。かわいい。しゃべるけどやはりネコなのだ。こうして戯れているだけで癒しを感じる。



「や、やめろ! こんな川べりで一人でネコと遊んでいるのが悲しくないのか」


「全然。まさに充実した休日って感じ」


「なんて愚かなやつなんだ」


「小さな幸せを積み重ねていくのが俺の人生なんだよ」



 こんな不思議なネコとこんな楽しく戯れている。まさしく俺はハッピーだった。俺の人生これくらいがちょうど良い。



「クソ! 思ったより自我の強いやつだった! ののしって遊んでやろうと思ったのに! うみゃう!」


「ここ良く来るの? 今度はチュール持ってこようかな」


「う、うるさい! そんなものには屈さない! 悲しい人間め! うみゃあ!」



 俺の巧みな枝さばきに翻弄されるしゃべるネコは見ているだけで心が回復していくのを感じた。


 しかし、不思議な時間だ。なんなんだ。俺の平凡な生活にこんな時間が現れるとは。年は重ねてみるものだ。


 その時だった、



「居たぞ!! あそこだ!!」


「中年男性と戯れてる!!!」



 声が聞こえた。中年男性? 俺のことか? 悪いがまだ30を超えたところであって、差し掛かってはいるものの断じてまだ中年ではないのだが.....。


 しかし、声のした方を見ると、白い防護服を着た人間が10人ほどこっちに走ってくるところだった。手にはなんとアサルトライフルを構えている。



「なんだなんだ!!??」


「まずい! 見つかった!! 財団だ!!」



 しかし、防護服の人間を見て驚いていたのは俺よりネコの方だった。


 急いで走り出すネコ。すさまじい俊敏性であっという間に茂みの中に入っていく。姿はまったく見えなくなった。



「ああ、ネコちゃん....」



 俺は名残惜しくそれを見送る。せめてひと撫でしたかったが。



「急げ急げ!! 確保しろ!!!」



 そんな俺の横を防護服たちは走り抜け、ネコが消えた茂みに突撃していった。なかなかパワフルだ。


 と、そのうちの一人が俺の横で止まった。



「見ましたね? しゃべるネコを」


「え? は、はい」



 結構怖かったが俺は答えた。マスクの下の表情は分からない。



「じゃあ、これ見て」



 防護服は懐から銀色の棒を取り出した。なんか見たことあるな。映画で見たことある。



「あの、これメン・イン」



 俺が言ったときだった。銀色の棒はまばゆく発光し、俺の意識はそこで途切れた。











 目が覚めるとすっかりあたりは暗くなっていた。


 なぜか、俺は堤防の上の道で寝ころんでいたらしかった。



「なんだ、これ。さむ....」



 日が落ちて、すっかり冷えた空気に身を震わす。


 寝る前に自分がなにをしていたのかまるで思い出せなかった。


 なんで俺はここで寝ころんでいたんだ?



「こ、こわ。脳のなんかか? 明日病院行くか」



 たぶん散歩中に急に意識を失い倒れていたのだ。明らかに尋常な状況ではない。精密検査を必要とするだろう。俺の体に明らかに何かが起きている。



「とにかく帰ろう」



 俺は寒さと恐怖の両方でガタガタ震えながら家路につく。



「つくづく愚かな人間だな」


「ん?」



 声が聞こえた。どこからだったのか。確かに聞こえた。しかし、周囲には誰もいなかった。



「変な空耳だ」



 俺は家に向かって歩いて行った。

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しゃべるネコ @kamome008

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