狂騒、なんとやら

E吉23

第1話

 星空の下、小鳥達は、今日も元気に鳴いている。何を求めて、ピーピーと鳴くのだろうか。

「こんな夜更けには、鳥達のさえずりを聞くに限るね。」

「ふふ、そうね。」

 太陽が沈み、純白に光る三日月が顔を出した夜。二人の男女は、巷で噂になっている大木の下で、小鳥の元気な鳴き声を聞きながら、星空を見つめていた。

 しかし、二人の淡き一時を遮るものが、すぐ近くにいることを、彼らはまだ知らなかった。

 ギャンギャラギャラギャラ、ギターの音が、右耳に入ってくる。

 二人はそれを無視するも、次第に右耳を貫通し、左耳まで貫くほどの大音量にボリュームが上がっていった。

「うるさいなあ。」と、男は音が鳴っている方向に振り向く。

「リリルラー、あぁ、違うな。リャリルラー、か。」

 鶏のトサカのような、赤いモヒカン。その男は、高らかに自分の宝を操り、草原に響き渡らせていた。

「ちょ、ちょっとすみません。」

「何だよ、客人かぁ?」

 青年は、赤い縁のギターを奏でる男に、腰を低くしながら声をかける。

「少しばかり、静かにしていただけませんかね。」

「え、何でだ?これは俺たちの日課なんだけど。」

 ガールフレンドと思しき女性も、静かな時間を楽しみたい様子で、

「私からもお願いします。」

「あー、もう、分かったよ。止めるよ。お二人さんの憩いを邪魔しちゃならんからな。」

 短髪の男はそう言うと、ギターの弦から指をパッパッと離し、演奏を止めた。

「ただし、これだけは言っておく。この草原を、甘く見ない方がいいぞ。」

 睨みつけながら、妙に真剣な様子で忠告をする、赤と黒のギターを手に握る男。しかし青年は、何の事だろうと疑問に思うだけで、特に気にしていない様子である。それよりも、彼女との一時の方が重要だからだ。

「さて、と。これでようやく静かになったな。」

 ウゲレレンゲレレ、ギターの音が止んだと思ったら、今度はベースが声を発する。

「うーん・・・。」

 ツットトトト、トゥツツトゥトゥ。ドラムまで割り込んできた。三人によるセッションが、強制的に始まろうとしていた。

「うるさあい!」

 男は我慢の限界に達し、彼らに怒鳴りつけようと、再び立ち上がる。

「気分を害してしまって悪いね。」

 ベースを弾いている、ロングヘア―の男が、すでに眼前に迫っていた。至近距離で演奏をしていたようだ。

「わ、わわっ。」

 生気があるとは思えない、青白い顔。

「お気に召さなかったかい。悪くないと思うんだがね。主旋律を支えるサポーターってのも。」

「い、いや、そうではなくてですね。」

「私達、二か月前に引っ越してきたの。それで、この町の人に有名なスポットはないかって尋ねたら、この山にある大木を教えてくれたのよ。」

「それで、今日はいい天気だったので、せっかくだし見に行こうという話になりまして。」

「なるほどねえ。ここって、そんな大層な場所なんだなあ。」

「もっとゆっくりしていきたかったので、本音を言えば、静かにしてもらいたいな、なんて。」

「それは、ちと無理な話だな。今の時間帯は、俺らがいないとまずくてな。」

「いないとまずいって、一体どういう事?」

 不穏なことを話すベースの男。そこに、今度は大柄な男が割り込んできた。

「おい、ずいぶんしまりの悪い所で止まっている。早く続けるぞ。」

 細長いスティックを両手に持っている。どうやら、彼はドラムス担当のようだ。

「おっと、そうだったな。ここからサビに入るんだっけ。いい所で切り上げられたものだから、俺も右手が疼いて仕方ないんだ。」


 ギターの男が、唐突に二人に提案する。

「そうだ、ここで出会ったのも何かの縁だ。アンタら、悪い奴には見えないからさ、特別に、俺らのミニライブ、見て行ってくれよ。」

「いやいや、急にそんなことを言われましても。」

「いいじゃないの。私は見るわ。いえ、ぜひ聞かせてちょうだい。あなたたちの音楽を、そのソウルを。」

「オーケイ。それじゃ早速、行こうか!」

「いいだろう、準備は万端だ。いつでも行ける。」

「おっしゃあ、レッツゴーだ。ワーン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー!」

 ギャアアアアン、ギターが告げる、開始の合図。熱狂の幕開け、魂の目覚めの時。彼らはそれぞれ、始まりの刻を異なる呼び方で、己の色を表す形で呼んだ。


 三曲歌い終えた頃、カップルの女性が、木の周辺に注目していた。

「ところで、さっきから気になっていたんだけど、あなたたちって、どこから電力を得ているの?あれほどの大音量なのに、どこにもコードが見当たらないんだけど。」

「ああ、地下にある。」

「地下に?」

「地熱発電って知ってるか?俺たちは、この付近の地面の熱を利用して、日々演奏会しているの。」

「本当かしら?正直信じられないわ。」

「ええ、そんなあ。本当のことなのに。」

「信じなくて大丈夫だ。今日以降、俺らと関わることはなくなるだろうから。」

「どういうことですか?僕たちはこの下の街に住んでいるので、会えればいつでも会えますよ。」

「ああ、気にしなくていい。それよりも、気になっているはずだろ、俺たちの日課ってやつ。」

 ドラムの男が、不自然な流れで話題を変える。今日以降関わることはなくなる、とは、一体どういうことなのか。

「んで、さっき話した日課についてなんだけどよ、近ごろうるせえ輩がこの辺に住み着いてさ。俺らはこうやって毎晩演奏して、そいつらを追っ払ってんのよ。」

「うるさい奴らって、あなたたちのことではなくてですか。」

「そう言うなよ。俺たちだって、生きるのに必死なんだ。」

 何の情報も得られぬ会話をしていると、四人組の中年の男達がずかずかと山に現れた。

「おいおいおい、またお前らか。毎晩、うるさい思いをしている俺らに、どれだけ迷惑かければ気が済むんだよ。」

「またか、ってのは、こっちのセリフだよ。あんたらもさ、静かに生きようなんてつまらないことを言っていないで、もっと派手に生きてみろよ。」

「僕らは、ピアノの静かな旋律のような生き方がしたいんだ。君たちのような生き方では、心が休まりやしない。いつか心が破裂してしまうだろうね。」

「あの、あなたたちは?」

「僕らは、この付近に住んでいる者で、いっつも彼らに手を焼いている被害者の集いです。」

「違うだろ、あんたらが俺らの住みかに、勝手に入ってきているんだろうが。」

「僕らは、30年前からこの地域に住んでいるんですよ。」

「なら、俺たちは、31年以上前から、ここで生活しているんです。あんたらよりも、ずっと長く!」

 まるで子供のような、くだらない口喧嘩。ドラムの男によれば、月に一度は起きるいつもの光景であるそうだ。

「何年もの月日が流れようと、あいつらは出会う度にこうやってくだらない喧嘩をする。言い合いなどせずとも、とっくの昔に勝負はついているというのに。」

 かれこれ、二十分が経過した。お互い、声が乾いてきている。

「大体、君たちは何なのさ。まるで我が物顔をして、皆の憩いの場を踏み荒らしてさ。」

「荒らしているのはお前らの方だっての。俺らの居場所なんだよ、ここは。」

「二人とも、さっきもそれは聞いたよ。あなたたちの言い分はよーくわかったから、ここはひとまず抑えて、落ち着いて。」

 青年は、二人の間に入れるか不安ながらも、何とか落ち着かせるために割って入った。しかしながら、双方譲る気はないようで、何一つとして状況は好転しない。

「お前たちは聞いてないのか?この大木を伐採する話を。」

「ああ。全く、耳に入っていないよ。というか、立ち退き予定日はいつなんだ?この木を切り落としたら、あんたらはいつ去ってくれるんだい?」

「寝ぼけているのか。いいか、去るのは俺らではなくお前達の方だ。」

「あんだってえ?」

 三人組の背後にいる、大柄な木こりとおぼしき人が、堅苦しい文言が連ねられた紙一枚を、パラッと突き出した。

「ここに、土地の権利書がある。この山の所有者が亡くなって、今度は我々が管理することとなったんだ。」

「ああそうかい。それがどうした。アンタらが管理者なら、俺らはこの木の居住者だ。俺らがいる以上、この木は切り倒せないことになっているんだよ。」

「なにい?所有権を持っていないのに、よくそんな口が利けたな。」

「あんたこそ、四十年そこそこしか生きていないくせに、俺らにそんな口をきいていいのかよ、おおう?」

「また始まったか。」

 ベースの男が、ふと、キョロキョロと周囲を見回している。

「ところでよ、もう演奏を停止してから四十分経つけど、大丈夫かい?」

「そうだね。日課の邪魔をしてしまって悪かった。」

「だろ?そろそろ、あいつらが目を覚ます頃だからな。」

「え?」

 遠くから、グルル、グルルというそこから湧くようなうなり声が聞こえてくる。

「ねえ、何か聞こえない?」

「そうだね。獣、かな。」

「あーあ、だから言ったのに。」

 茶色い毛に被われた、四つん這いの大きな獣。

「来てしまったな。俺らがここに居なければならない理由の一つが。」

 二人は一目散に逃げだす。だがその背後には、二メートルほどある熊が、血肉を求めて彼らに迫っている。

「いやあ!こんなところで死にたくないよ!」

「うわああ!喰われるぅ!」

「おい、走って逃げると逆効果だ!背中を向けた奴から狙うんだぞ。」

「なら、こいつをお見舞いしてやるよ。」

 ガンギョン、ガンギョン、先程とは違うギターのけたたましい音が、熊の鼓膜を刺激する。

「こっちに来いよ。お腹、空いているんだろう?」

 ギターの男は、飢えに餓えてつり上がった目をしている熊を誘き寄せるべく、避けられぬ戦いを予感させるような曲を奏でている。

「動物ってのは、音に敏感でな。人の叫び声をかき消せる程の大きい音をならせば、そっちに釣られるんだ。」

 その言葉の通り、二人を追っていた熊は、山中に向けてギターをかき鳴らす男の方を向き、のしっ、のしっと身体の向きを変えた。

「何をする気なんだ?まさか、あの実には毒があるというのか?」

「動物にとっての猛毒である、あんたらと一緒にしないでくれや。」

 のっそのっそと、ゆっくり近づく熊。ギターの男は一切動じることなく、餌を手に取るのを待っている。

「それ、食べな。今朝取れた、リンゴの実だ。うまいぞぉ?」

 餌を口に入れた直後、つり上がっていた荒々しい目が、子犬のようなつぶらな瞳へと急変した。クゥンという可愛らしい声で、ありがとうと伝えている。

「お前らも、さっさと帰った方がいい。このガンゾウはまだおとなしい方だから。」

「ガンゾウって?」

「この熊の名前だよ。ずっと住み着くもんだから、俺らが名付けたんだ。」

 今度は、木の左側から、キーキーと耳を刺すような鳴き声をあげながら、百近いコウモリがバサバサと羽を鳴らしながら、生き血を求めて現れた。

「もっと危険な奴は、この草原の外からやって来るんだ。俺たちも、相当手を焼いている奴らがな。」

「もう来てるよ。毎度毎度、よく飽きないよなあ、一滴の血もあげないってのにさ。」

「身体中をカラカラにさせられるのは嫌なので、僕は退散するよ。君たちも早く去るべきだ。手遅れになる前にね。」

 白いコートで身を覆いながら、木こりの仲間の一人はすぐに去っていった。

「たしか、コウモリって、夜行性なんだよな。」

「そうだ。こんな時間に大人しくしているわけがない。」

 この大木から約50㎞離れたところにある洞窟には、生物の血を吸い生きるコウモリがいるという噂がある。しかし今は、それが事実として、彼らの眼前に存在している。

「仕方ない。いつものあれ、やるか。」

 ベースの男は、一番低い弦の中でも、とびきり低い音域を奏でる。どうやら、このコウモリたちが最も苦手としている音だそうだ。

 ドゥーグ、ドゥーグ、人の耳に辛うじて聞こえる、地面から振動しているかのような低音。いや、底音。

「うーむ、しっかし、なんでわざわざここまで飛んでくるんだろうか、あのコウモリども。」

「半年前から、あの辺で埋め立てが始まったらしい。彼らも居場所を求めているんだろうな。」

「のんきに話していないで、何とかしてくれよ、あんたたち!」

「騒ぐな。いま、そいつが何とかしているところだろうが。」

「こいつらの耳に毒を流し込むのは、正直心苦しいけれど。」

 グゥングゥングゥングゥン、先程の長い鈍い音から、鋭く短く刻まれた胎動のビートへと変わる。八分の一という短音を弾く彼の眼は、血に飢えたコウモリと同じ、ハングリーな人間の生を求める眼をしていた。

 その男の眼力に、残った三人の内、木こり以外の二人は腰を抜かしてしまう。普段から衝突している割に、彼らのことをよく観ていたわけではないようだ。

「とっとと帰りな。還りたくなければな。」

「へ、へぇい。」

 彼の言葉に気圧され、二人はそろりそろりと逃げようとする。だが、コウモリたちの眼は、彼らを見逃してはくれなかった。

「へぇぅわぁ!俺の血はドロドロで、お前らが飲んでもうまくねぇぞ。だからみのがしてくれぇ!」

「まぁ、おやつ代わりにはいいんじゃねぇか。腹八分目にしておけよ。人間もお前たちも、健康には気を付けないとならないからな。」

 グユゥゥン、ベースから鳴る音なのか判別できないような、低い慟哭が響く。その音は、まるでトンネル内で反響する、車のエンジン音のようである。

「なんてな。いくら俺でも、見捨てるなんてことはしないさ。」

 コウモリたちは、その音に反応し、何処かへと去っていく。向かう先は、方角からして、彼らの住み処であろう。二人の男は、その隙に逃げ出すことができた。

「あいつらの居所に、連日連夜、車?が押し掛けてきては、解体作業をしているんだ。その起動音を鳴らしてしまえば、怯んで遠ざかるものさ。」

 ベースのヒモをかけ直しながら、どっこいしょと地面に腰を掛ける。見た目は若いが、スタミナはルックスに追い付いていないようである。

「さて、自然をぶっ壊した悪影響は、これで終わりじゃないぞ。そろそろ、闇に溶け込みやすいあいつらがやって来る頃だな。」

「今度は何だよ。熊、蝙蝠と来て、次は何が来るってんだよ。」

 ホーホー、という奥ゆかしいフクロウの鳴き声が、カーカーという不吉な鳴き声に変わる。漆黒の闇に溶け込む鳥、カラスのお出ましだ。

「カラスってよ、その気になれば人の死体まで食っちまうらしいからな。たまに聞く話で、道路に転がっている猫とかの死骸を食べることもあるそうで。俺らも食われねえように気を付けねえとな。よく用心しておけよい、こいつみたいにな。」

 タングン、タングン、タングン、タングン、ドラムスの鼓動がハリケーンを巻き起こす。

 よく見ると、ドラム用のスティックで、カラスを追い払い、人が落ち着けるリズムを同時進行で刻んでいる。

「いつ見ても、器用なものだな。あの鳥どもに当てないようにスティックを振り回しながら、もう片方の手と残った脚でビートを刻んでいやがる。」

「はぁぁ・・・。」

 完全に腰が抜けている。カラスは賢い生物として知られており、獲物を吟味して、その日の食事にありつく。彼らがこの地に現れるようになったのは、今までいた住み処がなくなり、エサが採れなくなっていたことと、この大木に生る木の実が絶品であることがきっかけであるという。

 淡々とカラスの猛攻を片手で弾き、もう片方の手でドラムスを弾いているその光景は、椅子に座ったまま曲芸を繰り出す芸人のように見える。ダダンと、力強く脚で打撃音を繰り出し、黒きハンターどもを威嚇する。

「これで理解できただろう。お前たちが、この木を伐採してはならない理由が。人間どもの勝手な都合で、動物たちは住処を奪われ、街に乗り出してしまうんだ。アンタらも動物たちのエサになりたくなければ、とっとと、この木の伐採計画を中止することだな。」

「人様が勝手な都合で、土地を荒らし回ったツケは、こうやって払う必要があるんだよ。分かるか?」

「は、はい。よく分かりました。直ちに市長に取り止めるよう伝えてまいります。だから、命だけは取らないでぇ!」

 すたこらさっさと、木こりのような大男は逃げていった。

「そろそろいいだろう。」

 男の背が見えなくなったのを確かめると、ツットゥントトン、先程より力強く中央のドラムを叩く。すると、カラスたちがバタバタと、上空へ逃げ出すように飛び去った。

「不思議だよな。普通なら人間の言うことを聞かないカラスが、リズムを暗号化しただけで従順になるなんてな。」

「五年前に、ここのすぐ近くに住み着いていた放浪者が、今の俺と同じやり方で鳥を飼い慣らしていたんだよな。その人はもう、会えないところに行ってしまったけれど、こうしてあの人と同じビートを刻む限り、あの人の魂は生き続けるんだ。」


「さて、彼らも大人しくなったことだし、帰ろうか。」

「そうだな。まったく、変な輩の相手は腰に悪いのう。」

「じじくさいな、いつもいつも。」

 大木の木の幹に、彼ら三人しか知らない扉がある。その戸を開け、階段をゆっくりとコツ、コツと降りていく。するとその先には、木と土でできた壁に囲まれ、電球の明かりがともった、彼らだけの秘密の部屋があった。

「あの二人、この秘密を知ってしまった以上、怖くなってこれなくなるんだろうなあ。寂しくなるぜ。」

「どうだかな。今までも何度かライブを見てもらった事はあったが、ああいった猛獣に追いかけ回されても懲りずに来る人だっていたぞ。」

「俺としては、来ない方が幸せなような気がしてならないんだ。あの光景がフラッシュバックして、俺たちのライブを楽しめなくなるかもしれん。そうなるのはごめんだ。」

 パチッと、照明の色を切り替える。先程まで白一色だったのが、橙、緑、青の三色が混ざり合うイルミネーションのように変化した。

「そういえば、俺たちって、いつからここに住んでいるんだっけ?」

「この木が植えられてからだから、100年ぐらいか。」

「植えられたんじゃなくて、いつの間にか生えていたんだよ。ほら、150年前にさ、ここから近いところにある山が噴火したでしょ。その後しばらくして、何もなかったはずのところに木の芽が生えて、他にもいくつも植物が生まれ、今みたいな草原が出来上がったんだ。」

「そうだっけか。噴火で被災した方々への供養を込めて植えられたって、街の人が話していたぞ?」

「それは、また別の木だ。もっともその木はこの街の人を弔うためのものではなく、二つ離れた町に向けて植えられた奴だが。」

「ややこしいな。んで、その木って、今もあるのか?」

「三年前に寿命が尽きて、伐採されたそうだ。」

 150年前の噴火。それは、彼らが生まれる少し前の話である。元々、この地はひどく寂れた土地であり、人が住んでいるような気配がなかったという。さらに言えば、今彼らがいる草原も、草木が生えるような地面の構造をしておらず、大木が生えるなど現実では起こりようがなかったのだ。

「それが、何故に噴火の後になって、こんな緑に囲まれた土地に変化したんだ?」

「それについては、俺たちにもわからない。一説には、木の芽が既に生えていて、火山灰や地熱が肥料になり、数年かけてこの壮大な緑が芽生えたと言われている。」

「ほーん。ただ、普通に考えて、火山灰が肥料になるか?」

「それは俺も同感だ。自然についてはよく知らないが、少なくとも植物が育つ環境を作れるとは思えないな。」

「まぁ、当事者が誰もいないから、確かめようがないんだ。俺らが知らないのも無理はないよ。この木の生前の話なんてさ。」

 アンプの電源を落とし、音がしない空間に変え、彼らは何処かで手に入れた布団に横たわった。

「しかしよ、俺らってさ、自分の歳もわからなくなってきてるよな。大丈夫なのかな。」

「知らんよ。100年以上生きていたら、忘れることの一つや二つ、誰にでもある。そんなことを考えても、俺たちの音楽は老いないんだから、心配無用だ。」

「そうだな。それよりも、その山が噴火しないことを願うばかりだな。」

「俺らはあくまでも、地熱を使わせてもらっている立場にあるんだ。さっき話した150年前の噴火が最後だという情報もあるから、いつ噴火してもおかしくはない。」

「まあ、この星が終わるその日までは、のんびり騒がしく生きようじゃないか。」

「コードは抜いたか?」

「今抜き終わったとこだよ。そんじゃ、おやすみ。」

 彼らは、いつ来るかわからない終焉の時を待ちながら、暖かみに包まれた部屋の中で眠りについた。

 外は、太陽の日差しがさんさんと照りつけ、人々が活動し始める時間となっていた。

 現在、午前8時。彼らのステージ開始までチクタク、チクタクと、時は狂奏を待ちわびながら進み続ける。

 そして、彼らと共に生きている大木は、日差しを浴びて、今日も雄大にして狭い世界を、ただ静かに見つめている。


「ところで、俺たちって、何て名前だっけ?」



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