第2話 第1章:序章――なぜ今「見る自由」なのか?



第1章:序章――なぜ今「見る自由」なのか?


絵を見る自由は、誰かの権力を脅かすのだろうか?


私たちは、何気なくスマートフォンを手に取り、SNSを開く。タイムラインを流れる美少女イラスト。AIで生成された精緻な線、輝く目、戦場の背景、涙を流す少女の姿。その一枚の画像が、ある国では“国家侮辱”とされ、ある国では“歴史修正主義”と糾弾される。

そしてそのイラストが、アーティストの元に、あるいは翻訳者や投稿者の元に、無言の圧力や集団通報という形で「見せるな」という意思をぶつけてくることがある。


一体いつから、見るという行為が、こんなにも危ういものになったのか?


欧州では「ヘイトスピーチの温床」として、日本では「表現の自由の象徴」として、イラストというメディアは異なる視線にさらされている。

かつて、目にすること、語ること、描くことさえ命懸けだった民族たち――ロシア、セルビア、アルメニア。彼らの歴史を辿ることで、「見る自由」がどれほど切実な願いであるかを、私たちは思い知ることになる。


この本は、美少女イラストを擁護するための弁明ではない。

これは、表現の「受け取り手」としての私たちが、何を見て、何を見ようとせず、何を見ないよう強制されているのかを問い直す試みだ。


なぜ、イラストを見ることが「戦い」になってしまうのか。

なぜ、その戦いに巻き込まれた者たちが、声をあげると同時に沈黙していくのか。


私たちはただ、美しい絵を見たいだけなのに。

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