参 後継のため
「そ、それは古今東西に類を見ないことですな」
常陸介が聞いたこともないと驚く信虎の発案というのは―
「そうであろう。武家が家臣を館周辺に集住させる―などという話はわしも聞いたことがない」
そう、譜代・一門から外様に至るまでの家臣を
これまでというのは武田家に限らず、自らの所領に住んで戦や評議などの用件がある時だけ主君のもとに出向くのが一般的である
とはいえ実際、重臣などは一年のうちの多くを主君の近辺で過ごしているため、さほど変化はない
一番変化があるとすれば、その妻子であろう
通常、家臣の妻子は所領にある館で一年のほとんどを過ごすが、信虎はこれを改め、家族全員を躑躅ヶ崎館周辺の屋敷に住まわせようというのだ
家族と共に住むと言えば聞こえはいいが、妻子を主君の近くに留め置くのだから体のいい人質である
「御屋形様のやりたいことは分かりました。ですが…」
「必ず反乱が起こる、であろう?」
「はい」
荻原常陸介が危惧しているのは、集住に反発した重臣らが反旗を翻すことだ
「この常陸介は火の中であろうと水の中であろうと御屋形様と共になら飛び込む所存です。しかし、重臣の中にそうではない者も多くいるでしょう。もしかしたらこれまで忠誠を誓ってきた者たちも反旗を翻すやもしれませぬ」
「うむ。それは重々承知している」
「では、なにゆえそこまでして…」
「後継のためだ」
信虎は言う。自分の子や孫に自らと同じ苦労をさせたくないと
そのためにも、信虎は容易く反乱を起こせてしまう現状を変えたいというのだ
「御屋形様の決意、よくわかりました。将来の安定のため、必ずや成し遂げましょうぞ」
こうして躑躅ヶ崎館の完成に合わせるように、周囲に屋敷が次々と建造され家臣の集住が始まった
この集住システムは武田信虎が先駆者であり、後々に織田信長がそれを採用したことから一気に広まっていくことになる
だが、後の織田信長と比べて支配力の弱い甲斐国である
常陸介が危惧した通り、大規模な反乱が起こる
「ご注進!大井信達、今井信是、栗原信真ら謀反ッ」
完成したばかりの躑躅ヶ崎館に飛び込んできた急報
大井や今井は再三の謀反だが、信虎が気にしたのは栗原信真の名前だ
(常陸介が危惧していたのはこのことであったな)
栗原氏は勝山合戦の折に矛を交えたが、それ以降は信虎に忠誠を誓ってきた
だが、今回の集住策に反発し大井や今井などと共に結託したものである
(ま、想定の範囲内だ。むしろ穴山信風が加担していないのは前向きに捉えるべきだろう)
信虎は今回の反乱に穴山氏が加わっていないことを前向きに捉えた
穴山氏は渋々ながら信虎の集住策に従い、妻子を屋敷に住まわせているという
「よし、主だった重臣を集めろ。逆賊を討伐するための算段を立てる!」
側近に命じて重臣を集めた信虎
広間には勝沼信友、小山田信有、穴山信風、荻原常陸介、
(確かに大井、今井、栗原の離反は痛い。だが、それでもこれだけの面々が集ってくれた。わしが武田家を継いだ頃に比べれば遥かに良い状況ではないか)
信虎は重臣の顔触れを見て甲斐が一枚岩となる日もそう遠くないと実感する
「さて、皆も存じているとは思うが大井、今井、栗原の三氏が謀反を起こした。これらの敵にどう当たっていくか、意見を述べてほしい」
通常、参謀や限られた重臣のみで決定する作戦を敢えて多くの重臣の中で決めようとした信虎
これにより”皆を信頼しているのだぞ”ということを伝えようとしたものである
実際にこの評議では皆が活発に意見を出し、そして次第に考えがまとまっていく
「よし、およその作戦は固まった!皆で決めた作戦だ、必ず成就するであろう」
信虎は意見の最終的な集約を行い、ここに議決された
そして出陣の日を迎え、信虎は将兵を鼓舞する
「皆の者、反乱軍は強敵だが我らは幾度となく彼らを破ってきたではないか。もはや恐れるに足らず。我らの力を見せつけようぞ!」
「おーッ」
こうして躑躅ヶ崎館を意気揚々と出陣する武田軍7千余
それを率いる信虎が重臣と話し合って採った策は、
各個撃破
それなのである―
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