第8章 新入社員

 黒岩の家を訪れてから数ヵ月、留美には、黒岩から着ぐるみパーティーへのお誘いが何度かあったが、仕事が忙しいとか、出張とか、何かと理由をつけて断っていた。かおりへも何度か連絡があったがやはり断っていたようだ。その後、黒岩は、あきらめたのか、俳優の仕事が増えてきて忙しくなったのか、誘いもなくなってきていた。

 かおりは、特撮の監督と飲み友達となり、着ぐるみを試着させてもらえたようだ。さすが、かおり。仕事もプライベートも卒なくこなしていく。

 留美は、その後、何度か着ぐるみの仕事が回ってきたが、着ぐるみを着ても幻想を見ることはなくなり、普通に仕事をこなしていた。

 そして、留美の事務所には、年下の新入男子社員が入ってきていた。一流の国立大学を卒業したエリートで、またフットサルをやっていたらしく体格も良く、さらに性格も良さそうだった。なぜプランニングに配属になったのか留美には判らなかった。何より、その新人はどうも留美に気があるのではないかと、留美は感じていた。留美もまんざらでもなかったが、留美に気があるという確証がなく、年上の自分から言い出すのもどうかと迷っていた。

 留美は、その新人が川島とお昼ご飯に行っているすきに、新人が使っていたマウスを手に取り、額に当てて目をつむった。そして、それは現れた。それは、手に映画のチケット2枚を握りしめ、仕事に集中している留美をじっと見つめている新人の幻想であった。


おしまい

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