祖父の薬

　祖父は、私が生まれたときには既に病気が分かっており、いつも寝室のふとんの上で、寝ていた。

「おじいちゃん寝てるから、起こしたらあかんよ」

　と母や祖母は言っていたようにも思うが、その目を盗んで私が寝室に入ると、いつも祖父はふとんに寝たままでにっこり笑い、やさしく相手をしてくれた。どんな会話があったか、ということはもうほとんど記憶にないが、祖父と二人きりで寝室にいることは私にとって幸福な時間だったという抽象的な印象、とにかく笑っている祖父の顔、それから、私が寝室にいることが母や祖母にばれると連れ出されてしまうから、ばれないように、二人で示し合わせたように、こそこそ、小声でしゃべっていたという記憶。何だかかくれんぼでもしているようで、面白かった。

　そんな祖父の枕もとには、いつも、「薬」が置いてあった。本当は薬ではなく、ヨーグレットというお菓子で、後で聞いた話では、祖父はそれが好きだったらしい。寝たきりの退屈しのぎに嘗めていたのだろう。けれどもそれは、「薬」ということになっていた。恐らくそうしておかないと、私が無限にもういっこ、もういっことねだって歯止めがきかないので、「薬」ということにしたに違いない。薬と言われても、もうおいしいものだと分かってしまっている私はそれでももらおうとして、一粒だけもらったり、一粒を半分に割ったものを貰ったりした。「薬やから、一気に食べたらあかん。今度は夜に一粒や」というようなことを言われ、私は「薬」を貰うためにも、朝、昼、晩と定期的に祖父の寝室に忍び込んだ。「薬」をこっそりもらっていること・上げていることも、母と祖母に対する、私達の共通の秘密だった。「もうあかん、今度は昼や」「また夜になったら一粒と半分」と、小分けにすることで、祖父としてはまた私に遊びに来て欲しかったのだろう、と今では思っている。

　結局死んだのが、私が四つの時だった。全く悲しんだという記憶はなく、通夜や葬式の場にも当然私はいた筈だが、その様子も、おぼろげにさえ覚えていない。ただ鼻に綿を詰められて眠っている祖父の耳元で、母と祖母に聞こえないよう小声で、「あれちょうだい」「ねえおじいちゃんあれちょうだい」と言うのに全然目を開けない祖父にいらいらした、というのが最後の記憶。

　小学校にあがってちょっと経ったくらいの時期に、ふと、ああ、あれは薬ではなく、ヨーグレットというお菓子だったのだと理解し、母の買い物に付いていった際にカゴに入れたり、自分の小遣いで買って食べたたりもしたのだが、･･････おいしいにはおいしいのだが、朝、昼、晩に、一粒とか、半粒とか、祖父の細ったようなごわついたような指で口に入れられ恍惚として嘗めたあれとはどうも違う気がして、食べるたびにがっかりした。案外あれは、本当にヨーグレットではなく、何かの薬だったのかも知れない。　

了

この小説は以前別サイト（note）にて投稿したものをリライトしたものです。