涼亀りり、地蔵に突き飛ばされる
天丘 歩太郎
一話読み切り掌編
りりだよ。
「涼しい亀」と書いて「すずき」「りり」は平仮名あたしが涼亀りり宜しくネ。
中学校でイジメ、っていうのとも違うんだけど、なんだか浮いちゃってて、っていうか沈んじゃってて、本当に水底にまで沈んじゃってて、沈んじゃってたから友達ができなかったのか友達ができなかったから沈んじゃってたのか、日に日に呼吸が浅くなって来て、毎日学校行きたくないな、行きたくないなって思いながら、いや、、ほんとは普通に、楽しくとかまでは行かなくてもせめて普通にネ、学校行きたいなって思って、自分的にはギリギリまで頑張ってみてたんだけど、ある日、五月だった。授業で温帯湿潤気候とか寒帯気候とかいう気候の話しの時に、社会科の先生が、「サバンナっていうのはそうだな、からっとしてて比較的さっぱりしててこのクラスでいうとクドウみたいな感じだな。で、ツンドラっていうのは湿ってジメジメしてて涼亀(すずき)みたいな感じな」って。
クドウっていうのは同じクラスの女の子でとても明るくて友達も多い女の子。悪い子じゃない。涼亀っていうのは私、ジメジメしてるつもりはなかったんだけどネ。でも絶対ジメジメしてない! と否定しきれるほどの自信はない。。
小学校の時は全然そんなことなかったんだけど、中学に上がってから私はみんなから注目されると顔に血がぶわっって上って来て真っ赤になるようになった。らしい。らしいっていうのは真っ赤になってる所を自分では見たことがないからなんだけど、ぶわってなってる感じを自分で感じてるときにはもれなく誰かから、「めっちゃ顔赤いよ?」とか「あ、また赤くなったwっていうかwww あけぇえええええぇwww」みたいなことを言われるからああ、このぶわってなってる時私は顔赤くなってるんだなって自覚した。今はみんなマスク付けてるからノーガードで真っ赤になるよりはマシなんだけど、まあ目の周りとかおでことかは隠れてないからね。フルフェイスのヘルメットがデフォなら良かったのに。ぼん、ぼん、ぼん、って鼓動に合わせて顔が膨らむんだよね。ぼん、ぼん、ぼん、血が顔に集まっちゃってるからなのか足の方の血が足りなくなってくるなんかしなびてくる感じがしてくる震えてくる。人から注目されたり恥ずかしいことになると自分は赤面してしまうんだって自覚してからは赤くならないようにしようしようって思うんだけど思えば思うほど余計些細なことでも逐一赤面してしまうようになって来ててだからツンドラなんて先生に言われたらもう当たり前に茹で蛸。別に先生がそこまで悪意で言ってるんじゃないってのも分かるし、クラスのみんなも殊更はやし立てたり、嫌な意味で笑ったりしてる感じでもなかったから、最初にも言ったようにイジメって感じでもないんだけど、いや別に私いじめられてないし、なんか、小学校の時みたいに天真爛漫に友達としゃべったり絡んだりできてないって言うのは自覚してるけど、それは、何か、たまたま、何かしらのちょっとしたボタンの掛け違いがこのクラスであって、歯車がほんの少しだけかみ合わなくなって一時的に浮いちゃってる感じなだけで、ていうかなんでなん? 何で中学に入って急にこんなおとなしい子になっちゃったんだろ、小学校の時って私どうやってたっけ、どうやって友達としゃべってたんだっけな、なんてその時にはぼんぼんぼんを何とかするのに精一杯で考えてなかったんだけど、頑張れば頑張るほどなんかきゅいーーーーんみたいな音まで頭の中に聞こえてきて、きゅいいいいいんきゅいいいいんきゅきゅ、きゅ、きゅいいいいいいいんみたいなことになって来て、あ、血管が切れるんだ、これ、血が上りすぎて、頭の中の血管がパンクするんだわ、
「スズキピーーーンチ!」
カワイ君の声がものすごく遠くの方から聞こえた気がした。カワイ君はお調子者でいつも面白くもないのに声だけ大きくて、面白くもないのにとにかくめだとうめだとうとしてうるさいだけの男子なんだけど、悪い子じゃない。今回のこの「スズキピーーーンチ!」って言ったのもツンドラって言われて真っ赤になって多分顔が膨張してしまってた私を更に窮地に落とし込もうとしてってことではなくて、どちらかというと笑いにして助けてやろう、って気持ちだったんだと思う。正確にはきっと私を助けてやりたいという気持ちと、自分が目立ちたいという気持ちと半々くらいの所なんだろうな、と思うけど。カワイ君は面白くない子ではあるけど陰湿なことはしないから。だからカワイ君がスズキピーーーンチ、って言ってそれで教室に多少なりとも笑いが起こってくれたら実際わたしもまあ赤くはなっちゃったけどまあまあまあ多少救われたような気もしたんだろうけどずっと言ってるようにカワイ君は絶望的に面白くない子なので今回も滑ってて、全然誰も笑わなかった。なんとか挽回しようとして、「ううぃいいいい」って言った。ホントに面白くない。
ぼんぼんぼぼん、ぼぼぼんぼぼん、私は多分ぼんぼんに気を取られすぎて呼吸がおざなりになってたんだろうね。
気付いたら保健室のベッドに寝てた。過呼吸かな? と保健の先生は言ってた。何かあったの? と聞かれたけどツンドラがどうのの話なんてほぼ初めて会話す大人にしたくないっていうか誰にもしたくないから「特に何もなかったけど朝から調子悪い感じはありました」って嘘ついて、その日はそのまま早退することになった。と言ってももう最後の授業も終わりかけだったからほとんどみんなと変わらないんだけど。
その帰り道にちょっと寄り道して、お地蔵さんに、なんか、両手、合わせて、助けて下さい、そこそこ辛いです、って十円お供えした。お地蔵さんはうすく笑みを浮かべてた。お地蔵さんてよく見たらこんなにかわいい顔してたんだ。かわいい。赤いよだれかけもしてる。くすんでるけど。あと十円だけ上げようかな。どうしようかな。かわいい。一緒に暮らしたい。ぼぉっと見とれてたら、 ベロが、垂れてきた。
あたしの。じゃなくて、
お地蔵さんの。口から。
半笑いの口から、とろっとしたピンクの、何の力もこもってないような、ベロ。濡れてる。
お地蔵さんは石なので、ベロなんか垂れるわけないって思って、けどどう見てもそれはベロで、何かまがまがしいことが起きかかっているのかなともちょっとは思ったけど、お地蔵さんの目は相変わらずうすく笑っているし頬っぺもふっくら丸い。口もとも半開きで、笑みで、その口もとから小さくて平たいベロが垂れている。うーん、怖くない。余計可愛い。かわいすぎるやっぱりあと十円上げたい暮らしたい、でもその前にもう少しだけ見ていたい。見ていよう。と見ていると、いきなりお腹のへそのちょっと上のあたりにとん、と何かぶつかる感覚があって、そのあとカメレオンのように、という言葉があって、皮膚感覚と言語感覚とが混線して、最後に、お地蔵さんがベロをものすごい速さで突き伸ばす視覚情報が来て、つまりカメレオンで、あたしの、お腹に、とんと、当てたってことか、なんて考える前にあたしは後ろによろけていっており、あわわわ、一応暴力を受けたので、あわわわ。
ああ倒れる、尻餅をつく、と思ったらふわっとあたしを受け止めてくれるものがあって、
「なになになになに」
という声の主がノザキさん。ノザキシホさん。同じクラスのどちらかというとおとなしい女の子で、でもおとなしいというだけであたしのように浮いてたり沈んでたりするわけじゃない普通の女の子。今まで一回も話したことはなかったんだけど、「なになになになに。なにしてんの。ん?」っていきなり10回も質問を飛ばしてくる。あたしの腰は抜けていて、自力でしゃんとできないあたしをノザキさんはずっと支えてくれていた。「お地蔵さんにベロで突き飛ばされた」とあたしが言うと、ノザキさんは信じてくれず、「嘘」「本当」「嘘」「本当」「嘘」「嘘かも」「本当に嘘なの」「嘘なのかも」「ほんとは?」「本当」「ほんとのほんとは」「嘘なのかも」シホちゃんとあたしは競うように笑い、転げて。からからと、乾いて。
了
※この小説は以前別サイト(note)に投稿したものをリライトしたものです。
涼亀りり、地蔵に突き飛ばされる 天丘 歩太郎 @amaokasyouin
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